第19話 「結奈との約束の日」
日曜日。
朝九時。
悠斗は駅前の時計台の下に立っていた。
今日は結奈との約束の日だった。
二人きり。
そう考えるだけで少し緊張する。
「待った?」
聞き慣れた声。
振り返る。
結奈だった。
淡い水色のワンピース。
肩まで伸びた黒髪が風に揺れる。
学校では見られない私服姿に、悠斗は少しだけ見とれてしまった。
「悠斗くん?」
「え?」
「どうしたの?」
「いや……」
言うか迷う。
しかし。
「似合ってる」
結奈の目が少し大きくなる。
そして。
ふわっと笑った。
「ありがとう」
少し照れている。
それを見て悠斗も照れた。
二人は並んで歩き始める。
向かう先は市内の大きな公園だった。
途中。
「懐かしいね」
結奈が言う。
「何が?」
「こうやって二人で歩くの」
「昔も歩いたのか?」
結奈は小さく笑う。
「覚えてない?」
「……少しだけ」
最近。
本当に少しずつだが記憶が戻り始めていた。
夕焼け。
公園。
泣いている女の子。
そんな断片。
「そっか」
結奈は少し嬉しそうだった。
公園へ到着する。
広い芝生。
ブランコ。
滑り台。
そして。
一本の大きな桜の木。
その木を見た瞬間。
悠斗の胸がざわついた。
「ここ……」
「思い出した?」
結奈が静かに尋ねる。
悠斗は木を見上げる。
頭の奥が熱くなる。
小さな男の子。
小さな女の子。
夕焼け。
泣き顔。
笑顔。
そして。
『また会おうね』
その言葉。
記憶が一気につながった。
「……結奈」
「うん」
「思い出した」
結奈の目が揺れる。
「本当に?」
「ああ」
悠斗はゆっくり頷いた。
「お前、よく泣いてた」
「ひどい」
「本当だろ」
「否定できない」
二人は笑った。
しかし。
次第に空気が静かになる。
結奈は桜の木へ手を添える。
「私ね」
「うん」
「ずっと怖かった」
その声は小さかった。
「忘れられてるんじゃないかって」
「……」
「もう覚えてないんじゃないかって」
十年間。
その不安を抱えていたのだろう。
「でも」
結奈は悠斗を見る。
「今日、思い出してくれた」
目が少し潤んでいた。
「それだけで嬉しい」
悠斗は胸が締め付けられる。
結奈の十年間。
その重みが伝わってくる。
「ありがとう」
そう言う結奈の笑顔は綺麗だった。
昼。
二人は近くのカフェで昼食を取った。
穏やかな時間。
笑い合う時間。
学校とは違う結奈の一面も見えた。
意外と甘い物が好き。
映画が好き。
怖い話が苦手。
そんな些細なこと。
でも。
悠斗には心地よかった。
夕方。
帰り道。
川沿いの遊歩道。
夕陽が水面を赤く染めている。
そして。
結奈が立ち止まった。
「悠斗くん」
真剣な声。
悠斗も足を止める。
「私ね」
「うん」
「今日誘ったのは」
深呼吸。
そして。
「もう一度ちゃんと伝えたかったから」
風が吹く。
結奈の髪が揺れる。
「十年前から好きだった」
「……」
「でも」
「?」
「今は違う」
悠斗を見る。
真っ直ぐに。
「十年前の約束だから好きなんじゃない」
「……」
「今の悠斗くんが好き」
その言葉は重かった。
十年間の想い。
だけど。
過去だけではない。
今も。
ちゃんと恋をしている。
それが伝わる。
「私は待つ」
結奈は微笑む。
「でも」
「?」
「ずっとは待たない」
意外な言葉だった。
「え?」
「だって」
少しだけ笑う。
「美雪ちゃんも本気だから」
悠斗は驚く。
結奈は続ける。
「だから悠斗くんも逃げちゃダメ」
その言葉が胸に刺さった。
逃げていた。
答えを出すのが怖くて。
誰かを傷付けるのが怖くて。
ずっと。
「……ああ」
悠斗は頷く。
「分かった」
結奈は安心したように笑った。
その時。
スマホが震える。
悠斗のスマホだった。
画面を見る。
送り主は――
美雪。
『今、少しだけ会えない?』
短いメッセージ。
だが。
そこには普段と違う何かがあった。
悠斗の表情を見て。
結奈も気付く。
「美雪ちゃん?」
「ああ」
結奈は少しだけ寂しそうに笑った。
でも。
すぐに前を向く。
「行ってあげて」
「結奈」
「大丈夫」
本当は大丈夫じゃないかもしれない。
それでも。
彼女は笑った。
恋のライバルだからこそ。
逃げたくなかった。
悠斗は頷く。
そして走り出した。
美雪のもとへ。
一方その頃。
MIYUKI'sカフェ。
閉店後の店内。
美雪は一人で窓の外を見ていた。
テーブルの上には一枚の封筒。
そして。
その表情は今まで見たことがないほど真剣だった。
「今日、言わなきゃ」
小さく呟く。
それは恋の告白ではない。
もっと大切な。
悠斗に隠していた秘密だった――。




