§4 ♪ 萩坂47
章立のやり方がよく分からなくて悩んでいます。どうしたらいいのかな。
ルイはこくりと肯くと、話し始めた。
「萩坂47、4期生の早瀬瑠衣。20歳です」
言い慣れたリズミカルな口調。何かがあるたびに繰り返す枕詞のような自己紹介。
話しながら手をくるくる回す
「……」
新木は何の反応も示さない。
やっぱり萩坂47を知らないんだ。うんざりした気分でルイは思った。
ルイはアリサを肘で軽くつついた。
スイッチが入ったようにアリサも続ける。
「同じく萩坂47の寺田惟紗です。21歳です」
無表情なままだ。
「あの、その萩坂って何?」
「アイドルグループです。紅白にも出場していますよ。私たちも出たんですよ」
とルイ。
「後ろの方だけど」
とアリサ。
「へぇ、紅白歌合戦ね。すると二人は歌手なのかな?」
二人は顔を見合わせる。
「萩坂47ですよ。ほんとに知りませんか? 聞いたことぐらいあると思うけど」
「残念ながら。ほら、ここは辺境だからね。で、その47というのは、人数なのかな? その忠臣蔵みたいな」
「いえ、人数じゃなくて……」
新木は手を振った。
「あ、いいよ。どうせ分からないから。君たちは紅白に出るくらいの人気アイドルの一員だってのは分かった」
新木は二人の一般人にはないかわいさは理解できた。でもここでは何の役には立たない。
オレはおっちゃんで若い女の子は苦手だし、おまけにここは戦場だから。
新木は彼女たちの少し上の方に視線を上げた。
二人の上に2024年2月3日と数字が浮かんでいる。
「なるほど、じゃあ僕が知らないのも無理ないか。ここはね、ちょっと時差があるんだよ」
「時差?」
ルイが呟く。
アリサが低い声で聞いた。
「わたしたちがエレベーターに乗ったのは、2024年2月3日でした。ここの時間は違うって言うんですか?」
「みたいだね」
ルイがヒジでアリサをつついた。
「どういうこと?」
「新木さんが萩坂を知らない理由です。新木さんがいつから来たかってことです」
「えっ?」
「オジさんだから芸能界に興味がないだけじゃないの」
新木はコーヒーを吹きそうになって危うく耐えた。
「まあ、それもあるけどね。時差は後で。説明しないといけなくなるから。でもね、実際、その正確な仕組みは僕にも分からないんだ」
彼は両手を一旦外に振ってから、また真ん中に戻した。
「話を戻すよ。ここは海王星軌道で地球からは45億キロも離れている。光でも4時間は掛かるんだ。なぜここにいるかって言うと、近くに次元の特異点があって、別の宇宙との境目になっているんだ」
二人はぽかんと口を開けた。何のことかさっぱり分からない。
アリサが質問した。
「宇宙の境目ですか? ブラックホールみたいな」
「うん。鋭いね。多分、その辺りだ、と思う。思うというのは、僕にもよく分かってないから。なのでそれ以上は聞かないでね」
しょうがない。二人は肯いた。
「で、境目の向こう側の別の宇宙の知的生命体と戦争状態にあるんだ。それがオラーク軍。もちろん正確な名称は人類には発音できないのでこれも適当。それが敵軍なんだ」
「敵軍?」
「味方の軍もあるので、安心して。こちら側、いわゆる天の川銀河側は、銀河帝国軍だよ。ダサい名前だけど、これも便宜上ってわけ。人間には正確に発音できないからね」
ルイは頭を振った。わけが分からない。今さらだけど。
「銀河系を統一する帝国があるんですか?」
「うん。あるみたいだね。われわれの知っている帝国とはずいぶん違うみたいだけど、気にしても仕方がない。われわれはそこの正規軍、つまり銀河帝国軍ってわけだ」
ルイがいやそうな顔をした。
「うわ、スターウォーズでは敵軍だ」
「ええ、ダークサイドに転がり落ちたみたいです」
とアリサ。
ははは、と困ったように新木が笑った。
「まあ、仕方がない。われわれには選びようがないから。だって銀河帝国内に地球があるんだから。それにスターウォーズはもの凄い過去だったけど、こちらは今の話。もちろん多少の時差はあるだろうけどね」
新木はコーヒーをひと口飲んだ。
「いいね。では哨戒勤務の話をするよ。この船は海王星軌道にある特異点の周囲を回っている。特異点というのは、空間が捻れて別の空間と繋がってしまっているそんな点だ。君が言ったようにブラックホールとセットになっているんだ」
ルイは勘弁してくれ、と思ったが、アリサは肯いている。
「ブラックホールの専門的な説明は勘弁してくれ。僕にはできないし、しても意味はない。で、特異点はブラックホールが生んだ『どこでもドア』だと思えばいい。ドアを開けると、とんでもないところと繋がっているあの『どこでもドア』」
彼女たちはあの猫型ロボットがポケットから出すアイテムを思い浮かべた。




