§9 長い一日の終わり
二人は隣の食堂に入った。
確かに居室の広さと廊下の長さ。食堂の広さが合わない気がする。
「絶対に重なってるよね」
空間が重なるって、どういうこととルイは思ったが、
「ええ、でもそれより」
アリサが途方に暮れた声を出した。食堂には誰もいないのだ。
「ピムリン、新木さん、あっと大尉殿かいないけど、どうしたの?」
――大尉殿は自室で食事されます。将校ですので。
ルイはぶつぶつ言う。
「流行らないリゾートホテルみたいだな。部屋も食堂も面子が変わらない」
遠慮がちにトウジがアリサに声を掛ける。
――食事はあそこから出てきます。
壁際のロッカーの扉が開くと、いい匂いが流れてきた。
トレイの上に、ワンプレートでサラダ、肉、パン、スープなど。横にはフォーク、ナイフ、スプーン、お箸まであった。
さらに横の扉が開く。
空のグラスと、ミルク、野菜ジュース、水の入った透明ポットが並んでいた。
「なるほど、食べ物はいいね」
「ツアーのケータリングとあまり変りませんね」
「デザートもあるはずだな」
二人はテーブルに運んで、席に着く。
いただきます。
ひと口食べてみた。
「うまい、というか、まあまあの味だね」
「いや、おいしいですよ」
「アリサの舌は当てにならないけどな」
ともかくこの味なら文句はない。二人は喜んで食べた。
食事を終えて、コーヒーを飲み、小さなケーキ(やはり用意されていた)を食べた。
ルイはピムリンに聞いた。
「もしかしたらテレビはあるの」
――ありますが、ライブラリーに入っている分しか見ることができません。
「海王星軌道まで電波が届くとは思ってないよ」
――2020年までの百年間の音楽、映画、演劇、文学、絵画などの各データが用意されています。
「ほう、それはすごい。じっくりと吟味させてもらおうじゃないの。何しろ一年間だ」
ルイがうれしそうに言うと、アリサが眉をひそめた。
「明日からの訓練ですよ」
「おっとそうか」
「ナメない方がいいと思います」
ピムリンの声。
――訓練は明日の朝からです。
アリサはトウジに聞いた。
「スケジュール表みたいなものはないの?」
――あります。
目の前の空間にタブレット大のスクリーンが浮んだ。
指でピンチするとちゃんと大きくなる。
6:30から食事 7:00から訓練 12:00から食事と休憩 13:00から17:30まで訓練。18:00から夕食。以下自由時間 23:00消灯。
「なるほど、スマホよりはちょっとかしこいね」
ルイは褒めたが、ピムリンは何も答えない。気を悪くしているらしいことはなんとなく伝わってきた。
ルイは小さく悲鳴を上げた。
「げっ、訓練が9時間以上もあるじゃん。なんてブラックなんだ」
「ライブ前みたい。でも夕食後はゆっくりですね」
「たり前だよ。それくらい」
トウジが説明する。
――その時間のかなりの部分は復習に使うことが推奨されます。
「うわ、自主練か。まさにライブ前だな」
――訓練期間中にはある程度のレベルに達することが期待されています。
二人はうんざりしたように顔を見合わせた。
「どこも一緒だね」
二人は自室に戻り、順番に入浴した。
シャワールームが浴槽付きに変形したのは驚きだった。
温かいお湯の中、ルイは足を伸ばすと、慌てて言った。
「泣いてたまるか」
でもやっぱり涙が溢れてきて、湯気がミストのようになった。
二人は、明日に備えて、早い目にベッドに入った。
ベッドに入ってカーテンを引くと、薄暗くなった。外からの光は遮断されるようだ。同様にして音も。必要以上に静かになった。
なるほど、これなら一人部屋と変らないな、とルイは思った。
ベッドのライトを消すと真っ暗になる。慌ててライトを薄闇程度にした。
音もない。しんと静まりかえっている。
これは眠れない、とルイは確信した。アリサのベッドにいくか。
その時、何かの気配を感じた。
見ると、薄明かりの中、カーテンからアリサが顔を突っ込んでいる。
「今日だけ、横で寝てもいいですか」
願ってもない願いだ。
「いいよ」
アリサがベッドに入り込んできた。
ベッドは横にどんどん広がる(どんな仕組みだ)が、あまり意味はなかった。
二人がぎゅうぎゅうにくっついて眠ったからだ。
暖かく柔らかい身体はお互いに安心感を与えた。
細かい振動が伝わってきた。アリサがすすり泣いている。
ルイも泣きたくなった。
二人は抱き合って静かに泣いた。やがて眠りの大波が二人を包み込んだ。
いよいよ訓練が始まります。それと哨戒艇の不思議さも分かってきます。




