§10 訓練初日午前
朝、6:00ジャスト。
ブザーが鳴り響き、ベッドが揺れた。
うわ~
ルイは大きく欠伸をした。
寝心地のいいベッドだったが、途中に何度も中断はあったが、熟睡感はあった。
「おはようございます」
アリサの顔。
目が腫れぼったい。つまりルイもそのはずだ。
夜中にずいぶん泣いたせいだ。もちろんお互いにそれには触れない。
洗顔と着替えを済ませて、食堂に行った。
ロッカーには、パンが一個とミルクのような飲み物のコップがあった。
――食事時間は10分です。これはパンと牛乳に見えますが、栄養価、エネルギー量は遥かに高く、消化吸収もよいので、ご安心を。
ルイが苦情を言う。
「食事の楽しみは大切だよ」
――そんなものは訓練兵にはありません。夜だけは多少考慮しています。
「分かったよ」
アリサもあきらめたように食べている。
パンはパンの食感だったが、ミルクは濃厚だった。
トレーニングルームは食堂と向かい側にある。
「移動距離が少なくていいね」
ドアが開くと、中は小学校の教室二つ分ぐらいはありそうなほど広い。
「間取りって関係ないですよね。ただこの辺りに固めただけみたいな」とアリサ。
「確かに」
とルイも思う。この船(哨戒艇というからには船だろう)はどのくらい広いのか、見当も付かない。
「あ、あれ}
カプセルベッドのようなものが整然と並んでいる。
50台くらいはありそうだった。
「ここはなに?」
ピムリンにルイは尋ねた。
――トレーニングルームです。
「あのカプセルベッドでトレーニングするのに?」
――その通りです。午前中は脳と身体のチューニングをします。
「脳と身体のチューニング?」
――そうです。人間はみんな脳も含めた神経がいろんなところで微妙にずれています。まずその調整をします。そのことで午後からの訓練効率が上がります。
「具体的にどんなことをするの?」とアリサ。
――カプセルの中に浮遊しながら眠ります。
二人はハイタッチをした。
どんな苛酷な訓練かと思っていたが、眠っていればいいだけらしい。
――まあ、そう思っておけばいいでしょうね。
ピムリンは小さな声で言った。
カプセルは長さ二メートル半、幅60㎝、高さ50センチ。
中にベッドが入っている。
「訓練服を脱いでから入ってください」
仕方がない。
ルイは言われるままに、訓練服を脱ぎ、裸でベッドの上に横たわった。
ベッドが変形し、彼女を半ば包み込んだ。
次に半透明のカバーが両側から出てきて、真ん中でぴったりと合わさると、その境界は消えた。ベッドの下から生暖かい液体が静かに溢れ出し、すぐに顔まで及んだ。
あっと思ったが、もう液体の中だった。不思議なことに呼吸ができる。
液体は鼻から入り、気管を通って肺まで達しているはずだが、感覚的には新鮮な空気を吸っているのと変わらない。
なんでもありだな、とルイは半分諦めながら思った。
液体はカプセルに満ちた。
ルイはゆっくりとベッドから浮上したが、それ以上、浮きもせず、沈みもせずに、真ん中辺りでゆらゆらしている。
液体と一体化したようだ。
気持ちいい。
目を開けると、夕方、プールに潜って空を見上げたような暗い橙色の世界だった。
今にもルイは眠りに落ちそうになった。
このまま眠ってもいいのかな。変な訓練だ。
――起きてください。
ピムリンの声だ。
気がつくと、カプセルの中の液体はすっかりなくなっていて、ルイはベッドに横たわっていた。
「ねぇ、どこか故障したの?」
さっき目を閉じたばかりなのだ。
――いえ、もう五時間経っています。午前中の訓練は終わりました。
起き上がると、夏の日、一日中、海で泳いだような心地よい疲労感があった。
横のカプセルからアリサがこちらを向いている。
白いほっそりとしたアリサ。生まれたてのヴィーナスみたいだ。
そう思った瞬間、自分も裸だということに気づいた。
慌てて横にある訓練着を身に付ける。
「あれ、眠りそうになったとたんに起こされたと思ったけど、違うみたいですね」
「そうだね」
ルイはカプセルの縁に腰を掛け、床に足を下ろした。
立ち上がろうとしてふらついた。
「なんか身体に力が入らない。泳ぎ疲れた時みたい」
「えっ、もうこんな時間」
アリサがブレスレットを見て驚いている。
ルイも見た。11:50だった。
「わ、もう5時間近く経っている」
――午前の訓練は無事終了しました。
少し疲れが残っていると思いますが、最初なので、許容範囲です。安心してください。昼食の時間です。
二人はすっかり空腹になっていることに気づいた。




