13年後の悟と美紀の結婚式~読み切り~
都内ホテルの披露宴会場。
入り口のウェルカムボードには、山本 一誠が描き下ろした二人の似顔絵が飾られていた。
その横に立つ小森 葵は、今日の主役二人の衣装を自ら仕立てた満足感からか、晴れやかな笑顔を見せている。
「悟、鼻の下伸びすぎだぞ!」
そう言って高笑いしながら、新郎の肩を叩くのは押尾 仁だ。プロバスケ選手としての風格を備えた彼に、IT企業社長の石田 優成が「今日くらいは許してやれよ」と苦笑しながらグラスを差し出す。
新婦・美紀の隣には、海外からこの日のために帰国した世界的モデルとして名を馳せる佐々木 小鳥がいた。
「美紀、世界一綺麗だよ。悟くんにあげるの、ちょっと勿体ないくらい」
小鳥が瞳を潤ませると、横にいた森本 澪が「本当にね」と優しく頷く。
会場の隅では、建築デザイナーとして独立した芦田 翔が、鈴木 悠太と並んで酒を飲んでいた。
「あいつら、本当に結婚したんだな」
芦田の呟きに、悠太は静かに頷く。
「ああ。二人が幸せそうで何よりだ」
かつての敵対心は消え、二人の間には戦友のような信頼が流れていた。
余興では、二児の母となった村田 悠亜がマイクを握り、場を盛り上げる。
「それでは、新郎新婦の馴れ初めを...あ、ゆかりん! 蛍っち! シャッターチャンスだよ!」
悠亜に呼ばれた井上 ゆかり(いのうえ ゆかり)と外村 蛍は、カフェの経営で培った手際の良さで、友人たちの笑顔をカメラに収めていく。その一角では、大森 大地が「次は俺のBARで二次会だ」と周囲に触れ回っていた。
そして、会場の最後方に一人、カメラを構える男がいた。楠 瑛太だ。
世界を飛び回る写真家となった彼は、完璧を求めるかつての鋭さを捨て、ただ愛おしそうにレンズ越しに親友たちを見守っている。彼がシャッターを切った瞬間、そこにはカーストも境界線もない、最高の笑顔だけが写し出された。
披露宴の終盤、マイクの前に立った悟は、少し震える声で感謝を述べた。
15年前、誰の目も見て話せなかった少年は、今、しっかりと前を見据えていた。
「本日は、僕たちのために集まっていただき、本当にありがとうございます」
悟の声は、静かだが凛としていた。
「十三年前、新婦、美紀ちゃんと出逢った教室。あの頃の僕は、自分に価値があるなんて思えなかった。でも、僕を変えてくれたのは、今日ここに来てくれた2年B組の仲間たちです」
悟の視線が、円卓を囲む仲間たちをゆっくりと巡る。
「みんなが僕を認め、対等な友人として接してくれたから、僕は自分の足で歩き出すことができました。そして、鈴木くん!」
最前列で少し照れくさそうに酒を飲んでいる鈴木 悠太に、悟は真っ直ぐに語りかけた。
「あの図書室で、君が僕の手を引いてくれなかったら、今の僕はここにいません。君は僕の、生涯のヒーローです」
悠太は鼻をすすり、乱暴に頭を掻いた。会場からは温かい拍手が沸き起こる。
最後に、悟は隣に立つ古賀 美紀を見つめた。
「そして、美紀ちゃん。僕を信じて、今日この日を一緒に迎えてくれてありがとう。小説家としての君も、僕の前でだけ見せる少し不器用な君も、全部愛しています。一生、君の背中を支え続けることを誓います」
会場が感動の溜息に包まれ、涙ぐむ小鳥や澪、悠亜の姿が見えた。誰もが、完璧な感動のフィナーレだと思った、その時だった。
マイクをスッと自分の方へ寄せた美紀が、新妻らしいお淑やかさ、ではなく、いつもの鋭い眼差しで悟を横目で見た。
「悟。スピーチは及第点だけど、一つだけ訂正させて」
会場が静まり返る中、美紀は淡々と告げた。
「『一生背中を支える』なんて、そんな謙虚なことは言わないで。あなたがいないと、私は締め切りどころか、ゴミの分別すらできないんだから。これからは文字通り、私の『心臓』として24時間フル稼働で働いてもらうわよ。覚悟しなさい」
一瞬の沈黙。そして――。
「あははは! やっぱり美紀だ!」
「悟、頑張れよ! 過労死するなよ!」
大森や芦田が腹を抱えて笑い出し、会場は一気に爆笑の渦に飲み込まれた。感動の涙を拭っていた仲間たちも、最後には美紀らしい「支配宣言」に完敗し、笑顔で二人に拍手を送った。
悟はタジタジになりながらも、「精一杯、勤めさせていただきます」と深く一礼した。
それは、世界で一番幸せな、敗北宣言だった。




