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編集者・田中悟の奮闘記 〜読み切り〜

 都心にある中堅出版社・文芸部。


 フロアには電話の呼び出し音と、積み上げられた資料の山、そして締め切りに追われる編集者たちの殺気が充満していた。


「田中! 古賀先生の新作、進捗はどうなってるんだ!」


 編集長の野太い声が飛ぶ。悟は受話器を肩で支えながら、必死にキーボードを叩いた。


「す、すみません! 今、プロットの最終調整に入っています!」


 悟の担当作家であり、私生活では妻、古賀こが 美紀みき


 彼女は今や、その冷徹なまでの観察眼を武器にしたミステリー小説で、文芸界の旗手となっていた。仕事の上では「古賀先生」だが、家を一歩出れば、悟にとっては大切な「美紀ちゃん」だ。



 その日の午後。受付から呼び出しがあった。


「田中さん、写真家の楠さんがお見えです」


 ロビーへ向かうと、そこには世界中を旅する写真家らしい、自由で洗練された空気を纏ったくすのき 瑛太えいたが立っていた。かつてカーストの頂点で完璧を演じていた「瑛太」は、今では嘘のない瞬間を切り取る芸術家として、悟の勤め先から写真集を出す仲だ。


「瑛太くん、久しぶり。次の企画の打ち合わせ?」


「ああ。忙しそうだな、目のクマがだいぶ酷いぞ」


 瑛太は不敵に笑い、悟を社内のカフェスペースへと誘った。


「美紀との仕事、順調か?」


 コーヒーを啜りながら、瑛太が核心を突く。悟はがっくりと肩を落とした。


「公私混同しないって決めてるけど、美紀ちゃん、仕事モードの時は、ずっと厳しいんだ。昨夜も『この描写には必然性がないわ。悟、あなた私の何を見てきたの?』って」


「相変わらずだな」


 瑛太は楽しそうに目を細めた。


「悟。彼女が厳しいのは、悟を信じているからだ。他の編集者なら、彼女の言葉に萎縮して終わる。だが悟は、最後に必ず彼女の想像を超える答えを持ってくる。だろ?」


「瑛太くんは、昔から僕らのこと、よく見てるよね」


「写真家だからな。真実しか映らないんだ」


 瑛太はそう言って立ち上がり、悟の肩を軽く叩いた。


「恋の相談ならいつでも乗るが、写真も小説も、悟が作る本の中でしか輝かない。しっかりしろよ、編集者」


 瑛太と別れ、悟は再び戦場のようなデスクに戻った。


 深夜。ようやく静まり返ったフロアで、美紀から一通のメールが届く。


『プロット修正完了。今の私は、あなたの「編集者」としての意見が一番欲しいわ。あと、夕食のハンバーグ、冷めちゃったけど冷蔵庫に入れてあるから。帰りにアイス買ってきて』


 悟の口元に、自然と笑みがこぼれた。


 厳しい「先生」の言葉の裏にある、不器用な「美紀」の愛情。


「よし。最高の作品にしてやるぞ」


 誰かに決められたルールではなく、自分たちが選び、守り抜いた「未来」。


それを、更に特別へと昇華させるため、二人で紡ぐ想いを一冊の書に綴る。



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