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最終話:俺たちの教室

 三月。


校庭の桜のつぼみが、はち切れんばかりに膨らみ始めた頃、2年B組は最後の日を迎えようとしていた。


 かつて、この教室は目に見えない「壁」で分断されていた。一軍、二軍、三軍。そして、そのどれにも属さない「圏外」の3人。


 けれど今の教室に、そんな壁はどこにもなかった。


「悠太、次のクラスも一緒になれるといいな!」


 一軍のバスケ部エース、押尾仁おしお じんが、鈴木悠太すずき ゆうたの肩を親しげにバンバンと叩く。


「やめてくれ。お前と一緒だと、また暑苦しい特訓に付き合わされそうだ」


 悠太は苦笑いしながらも、その表情は以前よりずっと柔らかい。圧倒的な威圧感で周囲を遠ざけていた面影はもうなかった。


「俺は絶対、一緒は嫌だけどな!」


 その光景を見ていた一軍の暴れん坊、芦田翔あしだ しょうが、笑みを浮かべながら話に割って入る。


 しかし、押尾が「また照れ隠しか? 翔」と屈託なく笑いながらその首に腕を回すと、芦田は顔を赤くして暴れた。


「ちげーよ、このバスケ馬鹿! 離せよ!」


「ははっ、そう言うなって。照れてるの丸わかりだぞ」


 図星を突かれたのか、バツが悪そうにそっぽを向く芦田。


その意地っ張りだがどこか真っ直ぐな姿を見て、悠太は、柄にもなく吹き出したように笑った。



 教室の反対側では、田中悟たなか さとるが机を囲んで笑っていた。かつては知略を悪用して卑怯な罠を仕掛けていた二軍の石田優成いしだ ゆうせいや、大森大地おおもり だいちも、今では悟という一人の人間を、対等な友人として認めている。


「悟、春休み、お前の家、遊びに行ってもいいか?」


 大森が悟の肩に腕を回し、声をかけた。その表情には、以前あったような嘲笑の色は微塵もない。


「いいよ、大地。でも、あんまり騒ぎすぎると母さんに怒られるからな」


 悟は屈託のない笑顔で答えた。かつてはクラスの視線に怯えていた彼が、今は大森の腕の重みさえ心地よさそうに受け入れている。そのやり取りを横で聞いていた石田が、少しだけ照れくさそうに口を開いた。


「なら、僕も行こうかな。一応、君たちが羽目を外しすぎないか監視役が必要だろうし」


 かつての冷徹な「策士」が、柄にもなく便乗する。悟は「石田くんまで!」と顔を輝かせた。



 窓際の席では、古賀美紀こが みきが静かに本を閉じていた。その隣には、雑誌モデルとして活躍する佐々木小鳥ささき ことりがいる。


「美紀、またお勧めの本リスト送ってよね」


 小鳥が甘えるように言うと、美紀は眼鏡のブリッジを指で押し上げ、少しだけ口角を上げた。


「…ええ。小鳥の読解力が、春休み中に退化していなければの話だけど」


「ちょっと、酷くない!?」


 そんな軽口を叩き合えるほど、二人の距離は縮まっていた。そこへ、ちょうど、横を通り掛かった小森葵こもり あおいに、小鳥が明るく声を掛けた。


「あ、葵! こないだ作ってくれた衣装の写真、事務所の人に見せたら、凄く褒めてたよ」


「えっ? 本当に?」


 小森は驚きに目を見開いた。衣装制作においてプロ顔負けの技術を持っていた。文化祭での活躍以来、小鳥は小森の才能を誰よりも高く評価していた。


「うん。今度、事務所の企画で衣装のアイデアを出してくれないかって頼まれたんだけど、どうかな?」


「やりたい! 私、精一杯頑張る!」


 小森の瞳に、かつてなかったような自信の光が宿る。



「山本っち、これマジで神!」


 一軍の陽キャギャル・村田悠亜むらた ゆあが、山本一誠やまもと いっせいの描いた設定資料を覗き込み、心底感心したように声を上げた。


 素直に感激する悠亜を見て、山本は少し緊張を解き、鞄の奥から大切に保管していた秘蔵の限定グッズを開いてみせた。


「おぉっ! なにこれ? ちょー、凄そうなんだけど」


 悠亜が目を輝かせると、そこにクラス委員の森本もりもと みおが通りかかった。


「あ、それ、私知ってるよ。『君と視た世界の色彩』のアニメの限定グッズだよね?」


「えっ、森本さん、知ってるの?」


 山本が驚いて顔を上げると、森本は優しく微笑んだ。


「うん。実は私も、この作品のファンなんだ。今度、そのグッズの話、詳しく聞かせてくれるかな?」


「う、うん! もちろん!」


 三軍のオタクと呼ばれていた山本の瞳には、かつてないほど誇らしげな光が宿っていた。



その賑やかな輪のすぐ隣では、井上 ゆかり(いのうえ ゆかり)と外村そとむら ほたるが女子のグループに混ざり、楽しそうに笑い合っていた。


 そんなスクールカーストが無くなった賑やかな教室を、一人静かに眺めていたのは、楠瑛太くすのき えいただった。


 四月の頃、この教室を支配していたのは、息が詰まるほど重苦しい空気だった。瑛太自身、その頂点に君臨しながら、誰にも弱みを見せられない孤独という名の「完璧」を演じ続けていた。


 だが、今目の前に広がる景色は、どうだ。一軍も三軍も関係なく混ざり合い、誰もが自分の言葉で語り、笑っている。かつて自分が守ろうとしていた秩序よりも、今のこの無秩序な賑やかさの方が、ずっと眩しく、そして心地よかった。


「何、黄昏れてんだよ。お前らしくもない」


 不意に背後から声をかけられ、瑛太は意識を現実に引き戻した。振り返ると、そこにはポケットに手を突っ込んだ、悠太が立っていた。


「鈴木か。少し、四月のことを思い出していただけだよ。お前がこの教室の『壁』をぶち壊す前のことさ」


 瑛太の言葉に、悠太は鼻で笑って隣に並んだ。二人の視線の先には、楽しげに笑うクラスメイトの姿が映っていた。


「なぁ、鈴木」


 ふと、瑛太が視線を教室に向けたまま、隣の悠太に語りかけた。


「なんだ?」


「ありがとうな。この教室に風穴を開けてくれて」


 瑛太の口から零れた、飾り気のない本音。


「何言ってんだよ。本当は、お前もこういう景色を望んでいたんだろう?」


 悠太は、窓から差し込む陽光に目を細めながら、ぶっきらぼうに返した。誰かを支配したり、誰かに怯えたりするのではなく、ただ一人の学生として笑い合える、当たり前の日常。


「そうかもな」


 瑛太は自嘲気味に、けれど清々しい表情で笑った。



(カースト壊滅宣言 〜俺たち3人が教室のルールを書き換える〜・完)



如何でしたでしょうか?一軍、二軍、三軍、その何処にも属さない一匹狼達が手を取り合い、クラスを仕切っていた見えない壁を壊すストーリー。


数十年後のアフターストーリーも用意していますので、良ければご覧下さい。


カースト壊滅宣言 〜俺たち3人が教室のルールを書き換える〜を読んでいただき、本当にありがとうございました!

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