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第11話:最大の敵

【シーン1:不穏な放課後】


 修学旅行から戻った十一月。京都で見た紅葉のような鮮やかな思い出を胸に、二年B組はかつてないほど穏やかな季節を迎えていた。


 教室では、進路希望調査の紙が配られ、生徒たちは少しずつ「卒業」や「進級」という未来を意識し始めている。一軍も二軍も三軍もない。今のB組は、誰とでも笑い合える、陽だまりのような場所になっていた。


 けれど、その平和は、薄氷の上にある脆いものだった。


 放課後。田中悟たなか さとるは、図書室で作業を続ける鈴木すずき 悠太ゆうた古賀美紀こが みきより一足先に、一人で校門を出た。


「今日は、早く帰らなきゃ」


 軽い足取りで歩く悟の心には、かつての「学校への恐怖」など微塵もなかった。自分には帰るべき教室があり、守ってくれる仲間がいる。そう信じて疑わなかった。


 だが、校門を出てすぐの街灯の下。見慣れない濃紺の制服を着た、大柄な三人組の男たちが、悟の行く手を塞ぐように立っていた。


「えっ?」


 悟が足を止めた瞬間、中心にいた剃り込みの入った男が、低く濁った声を出した。


「おい、お前が、二年B組の田中だろ?同じクラスに『鈴木悠太』がいるはずだ。あいつを今すぐここに呼んでこいよ」


 悟の背中に、冷たい汗が流れた。


「鈴木くんに、何の用ですか...?」


 悟は震える声で言い返したが、男は冷たく笑い、悟の胸ぐらを乱暴に掴み上げた。


「『ある子』が教えてくれたんだ。鈴木は今、お前みたいな弱そうなガキと仲良く『おままごと』をしてるってなぁ」


 その言葉に、悟は凍りついた。自分たちの内部事情を、なぜ他校の不良が知っているのか。


 男たちは、かつて悠太に返り討ちにされた連中の仲間だった。悠太が静かに暮らしていると聞きつけ、最も大切な「居場所」を壊すために、復讐の機会を狙っていたのだ。


 その少し前、誰もいなくなった教室。


 二軍の井上ゆかり(いのうえ ゆかり)は、自分の席で静かにカバンを整理していた。彼女はいつも通りの、春風のような穏やかな笑顔を浮かべている。


「ゆかり、何してるの? 早く行こうよ」


 親友の外村蛍そとむら ほたるが入り口から声をかける。ゆかりは「ごめんね、今日用事があるから、先に帰って」と答えたが、その瞳の奥は、非常に冷たく見えた。


 井上ゆかり。彼女は、このクラスで誰よりも「秩序」を愛していた。


 一軍が輝き、二軍がそれに従い、三軍が影に隠れる。そんな、美しく残酷なカーストこそが、彼女にとって最も心地よい「教室の形」だったのだ。


 けれど、悠太たちがその調和を壊した。


 一軍のくすのき 瑛太えいたが圏外の連中と肩を並べ、石田いしだ 優成ゆうせいのような同じ二軍が三軍と笑い合う。そんな「ぐちゃぐちゃな平和」が、彼女には吐き気がするほど不快だった。


(一度壊れたものは、もっと大きな暴力で壊すしかないのよ)


 実は、他校の不良グループに悠太の現在の状況と、彼が最も大切にしている「田中悟」という存在をリークしたのは、彼女だった。


 ゆかりは、自分が手を汚すことはしない。誰かと誰かを対立させ、自分は安全な場所でその破滅を眺める。それが、彼女の本当の「姿」だった。


「鈴木くん。あなたが作ったこの偽物の平和、壊させてもらうから」


 ゆかりは、カバンから取り出したスマホを操作し、ある番号に短いメッセージを送った。


『ターゲットが校門を出たよ。後は、予定通り進行してね♡』


 送信ボタンを押した瞬間、彼女の顔には再び、完璧な「笑顔」が戻った。


「今日は、楽しくなりそう」


 校門前では、悟が不良たちに囲まれ、絶体絶命の危機に陥っていた。


 そして図書室にいる悠太と美紀の元には、まだこの悪意の渦は届いていない。


【シーン2:狙われた仲間たち】


 古賀こが 美紀みきは、図書室の窓際の席で分厚い専門書を広げ、その傍らでタブレットを操作していた。


その対面では、鈴木すずき 悠太ゆうたが、進路希望調査の白紙の用紙を前に、珍しく考え込むような表情でペンを止めていた。


「…鈴木くん。手が止まっている。何か問題?」


 美紀が顔を上げずに問いかける。美紀にとって、悠太の僅かなペンの停止は、どんな緻密なデータよりも彼の内面を物語っていた。


「いや。俺みたいなタイプが、将来何ができるのかなって思ってな。今までは、ただ卒業までやり過ごせればいいと思ってたけど、今は、少し違う」


 悠太がそう言って少しだけ口角を上げた、その時だった。



 図書室の重い扉が、ドォン! と大きな音を立てて開いた。



 入ってきたのは、三軍の山本やまもと 一誠いっせいだった。彼は膝をつき、肩で激しく息をしながら、必死にこちらを指差している。顔は青ざめ、目には恐怖の色が浮かんでいた。


「す、鈴木くん! 大変だ。田中くんが!」


 悠太と美紀が同時に立ち上がる。山本は震える足で二人の元へ駆け寄ると、手に持っていたものを机の上に置いた。それは、田中たなか さとるのスマートフォンだった。


「校門のすぐ近くで、黒い車が止まって、見慣れない制服の、ガラの悪い連中が田中くんを無理やり押し込んで! 僕は何もできなくて。でも、これだけは拾ったんだ!」


 山本の告白と同時に、美紀が素早くスマホを起動させる。ロック画面には、一通のメッセージが表示されていた。


『鈴木悠太へ。お前の大事な連れを預かった。西通りの解体工場まで一人で来い。警察に言えば、こいつの命はないと思え』


 その文字を目にした瞬間、悠太の全身から激しい怒りと後悔が溢れ出した。


「俺のせいだ。あいつら、まだ俺を狙ってやがったのか」


 悠太の拳が、みしみしと音を立てて握りしめられる。


「行って来る」


「待って、鈴木くん!」


 美紀が、これまでにない強い声で悠太を呼び止めた。


「一人で行くのは、最悪の選択」


「わかってる! でも、俺が行かなきゃ田中がどうなるか!」


 悠太が図書室を飛び出そうとした、その時。


 入り口の扉に、人影が立ちはだかった。


「冷静になれ」


 そこにいたのは、一軍のリーダー、くすのき 瑛太えいただった。


 彼はいつも通り、一寸の乱れもない制服姿で、冷静な瞳を悠太に向けていた。その隣には、バスケ部の押尾おしお じん、そして顔を引きつらせた芦田あしだ しょうが立っていた。


「楠。どいてくれ。俺は今、急いでるんだ」


 悠太の殺気立った声にも、瑛太は動じない。


「山本から話は聞いた。鈴木。お前、一人で行かせるつもりはない」


「関係ないだろう!これは俺の過去の因縁だ」


 悠太が撥ね退けようとしたが、瑛太は静かに、けれど氷のような冷徹さで言い放った。


「関係あるよ。田中は、俺たちの仲間だ」


 その言葉は、熱くなっていた悠太の頭を冷やすのに十分な重みを持っていた。


「そうだぜ、鈴木! 俺は田中のこと、認めるんだからな!絶対、助けてやる」


 押尾が大きな掌を打ち合わせる。


「おい、なんで俺まで」


 最後尾で、蚊の鳴くような声で文句を言っているのは芦田だった。


「芦田、お前も2年B組の一員だからな」


 瑛太が振り返らずに告げる。芦田は「ケッ、 行きゃいいんだろ!」と、拳を握りしめた。


「…作戦、立案済み。みんな、聞いて」


 美紀が、タブレットを四人の中心に置いた。


「正面からは、鈴木くんが一人で行くフリをして時間を稼ぐ。その隙に、身体能力の高い押尾くんが、工場の裏から潜入して田中の拘束を解除。楠くんと芦田くんは、周囲に配置。スマホのスピーカーを使って、警察が来たように見せかけて陽動。相手が怯んだ隙に、鈴木くんが決める」


 美紀の緻密な指示は、四人の頭を一つに繋ぎ合わせた。


「了解。古賀は、ここに残って、連絡担当をして欲しい」


 瑛太の指示に、美紀は小さく頷いた。


「…うん。…鈴木くん。絶対に、田中を連れて帰ってきて」


 悠太は深く息を吸い込むと、瑛太、押尾、そして芦田を見た。


「分かった。よし、行くぞ。田中を取り戻しにな!」



 夕闇が迫る放課後。



 四人の男子は、大切な一人を救うため、最強のチームとなって図書室を駆け出した。

 

 その様子を、物陰から見つめていた井上 ゆかり(いのうえ ゆかり)は、動き出した破滅への展開に、不敵な笑みを浮かべた。


「馬鹿な連中。あんなガラクタみたいな絆、無惨に壊してあげるから」


 ゆかりの呟きを置き去りにして、四人の足音は力強く、解体工場へと向かって響き渡っていった。


【シーン3:決着と、影の支配者の失墜】


 町の外れ、錆びついた鉄の匂いが立ち込める解体工場。


 夕闇の中、田中たなか さとるは、冷たいコンクリートの床に置かれた椅子に縛り付けられていた。


「おい、鈴木はまだかよ。仲間を見捨てて逃げたか?」


 他校の不良グループのリーダーが、悟の頬をなぶるように叩く。


 悟は恐怖で全身を震わせながらも、必死に前を見据えていた。


「…鈴木くんは、来るよ。き、君たちが、いくら汚いことをしても、僕たちの絆は壊せない!」


「ハッ、絆だぁ? おめでてー、ガキだな」


 リーダーが拳を振り上げた、その時だった。


 工場の正面入り口の重い鉄扉が、重低音を響かせて開いた。


 逆光の中に立つのは、鈴木すずき 悠太ゆうた、ただ一人。


「待たせたな。田中を放せ。用があるのは俺だろ」


 悠太の声は低く、そして驚くほど冷徹だった。不良たちがニヤニヤと悠太を囲む。彼らの数は五人。体格も悠太に劣らない。


「一人で来いっていう約束、ちゃんと守ったみたいだな。よし、まずはその生意気なツラを拝ませてもらおうか」


 不良たちが一斉に悠太へ襲いかかろうとした瞬間。


 工場の天井付近、廃材の山が激しく崩れる音がした。


「(今だっ!)」


 上空から舞い降りたのは、バスケ部特有の跳躍力を活かした押尾おしお じんだった。


「らぁぁっ!」


 押尾は着地の勢いのまま、悟を見張っていた一人を体当たりで弾き飛ばす。


「なっ、なんだ!? 一人じゃなかったのか!?」


 パニックに陥る不良たち。悠太はその隙を逃さず、一番手前の男の懐に飛び込み、鋭い正拳突きを叩き込んだ。


 工場の外では、くすのき 瑛太えいた芦田あしだ しょうが、古賀こが 美紀みきの指示通りに動いていた。


「芦田、準備はいいか?三、二、一、開始だ」


 瑛太の合図で、芦田がスピーカーにして、サイレンの音を鳴らす。


「警察!? クソっ、マジかよ! 逃げるぞ!」


 もともと数と暴力でしか優位に立てない不良たちは、この「公的権力」という最大の恐怖に一瞬で戦意を喪失した。


「逃がすかよ!」


 悠太がリーダーの胸ぐらを掴み上げ、壁際に叩きつけた。


「暴力でしか繋がれねえお前らに、俺たちの居場所は壊させねえ。消えろ!」


 悠太の殺気立った視線に、男は悲鳴を上げて這いずるように逃げ出していった。


 その混乱を、工場の二階にある古い事務所の窓から、冷ややかに見下ろしている影があった。井上 ゆかり(いのうえ ゆかり)だ。


 彼女は、自分が作り上げた「完璧な作戦」が、思いのまま進んでいることに、笑みを浮かべた。


「馬鹿ね。あんな不良たちはただの駒よ。私の本当の狙いは、これなんだから」


 その指先は、スマホの画面にある「拡散」のアイコンに置かれている。


 画面の中で静止しているのは、悠太が激情を剥き出しにして、不良の胸ぐらへ掴みかかっている姿だ。


これをネットワークの海へ放り出せば、彼は瞬く間に「問題児」の烙印を押され、学校という居場所には戻れなくなるだろう。再び、誰の声も届かない、冷たくて暗い孤独の檻へと突き落とされるのだ。


 ゆかりの唇が、歪んだ達成感に震える。


 だが、その指が液晶を叩こうとした、刹那のことだった。


「もう、やめようよ。ゆかり」


 静寂を切り裂くように響いたのは、穏やかだが、岩のように揺るぎない意志を秘めた声だった。


 驚愕に肩を揺らし、ゆかりが弾かれたように振り返る。そこには、いつの間にか背後に立っていた親友の外村蛍(そとむら ほたる)の姿があった。逆光の中で立つ彼女の瞳には、ひび割れた心を覗き込むような深い哀しみと、それでも親友を闇から掬い上げたいという、切実な祈りが宿っている。


「蛍? なんで、あんたがここに」


「ゆかりが、自分の傷を癒すためにクラスを壊そうとしていること、ずっと前から気づいてたよ。小学校のとき、一番信じていたはずの子に裏切られたこと。あのことを、今もたった一人で抱え込んでいるんだよね?」


「黙って! あんたに何がわかるっていうのよ!人間なんて、最後にはみんな裏切るのよ。優しい顔をして近づいてきて、一番大事なときに手を離すの。だったら、壊される前に、私の方から全部壊してあげたほうがずっとマシじゃない!」


 ゆかりはスマホを握りしめ、剥き出しの敵意を向ける。


 けれど、蛍は一歩も引かなかった。怯えることも、目を逸らすこともせず、ゆっくりと歩み寄る。そして、震えるゆかりの手を、包み込むように優しく、その細い指で握りしめた。


「私は、絶対に裏切らない。ゆかりがどれだけ悪者になろうとしても、世界中を敵に回したとしても、私はあなたの隣にいるって決めているから。ねえ、ゆかり。思い出してみて。今のクラス、本当は心地よかったんでしょ? 鈴木くんたちが変えてくれたあの温かな空気が、ゆかりだって嫌いじゃなかったはずだよ」


 ゆかりの脳裏に、ノイズのような勢いで記憶が溢れ出す。文化祭の準備で、慣れない作業に四苦八苦しながら、みんなと一緒に馬鹿笑いしたあの日。西日に照らされた教室の、騒がしくて、けれど不思議と安らげたあの時間。


「あんなの、全部、嘘よ…ただの、まやかしなんだから」


「嘘じゃないよ。あの時のゆかり、本当に楽しそうに笑ってたもん。隣にいた私には、ちゃんと伝わってた。あれが本物のゆかりだって、親友だからわかるんだよ」


 蛍の手の温もりが、ゆかりの氷点下まで冷え切った指先へと、じわじわと溶け出していく。その熱が、頑なに閉ざしていた心の鍵を、優しく壊していった。


 ゆかりの手から、ふっと力が抜けた。スマホが滑り落ちる。彼女は呆然と蛍を見つめ、やがてその大きな瞳から、大粒の涙が溢れ出した。


「私、怖かったの。いつか形あるものが壊れてしまうのが。取り残されて、また独りぼっちになって、誰も信じられなくなるのが、ただ、怖かっただけなの!」


 糸が切れたようにその場へ泣き崩れたゆかりを、蛍は精一杯、その細い体で強く抱きしめた。


「一人になんてしないよ。私がずっと隣にいてあげる。だから、もう自分や他人を傷つけるようなことはしなくていいんだよ。これからは、もっと一緒に笑えるって、私が約束するから」


【シーン4:共闘の残り香】


 解体工場の重い鉄扉が、夜風に煽られてギィと鳴った。


 先ほどまでの怒号と暴力の気配が嘘のように、工場の外は静まり返っている。十一月の夜気は冷たく、激しく動いた後の火照った体には、それが驚くほど心地よく感じられた。


「ありがとう、みんな...」


 くすのき 瑛太えいた押尾おしお じんの二人に両脇を支えられた田中たなか さとるは、安堵と恐怖の反動から、まだ涙が止まらない様子だった。


「安心していいよ、田中。もう大丈夫だから」


 瑛太が落ち着いた声で励まし、押尾が「お前、あいつらの前でも根性見せてたな! かっこよかったぜ!」と、大きな手で悟の背中を優しく叩く。


 彼らがゆっくり歩き出していく中、鈴木すずき 悠太ゆうただけは、工場の入り口で自分の拳をじっと見つめて立ち尽くしていた。


 また、力を使ってしまった。


 けれど、以前のように「やってしまった」という暗い後悔はない。自分の拳は、今度こそ大切な仲間を守り抜き、そしてクラスの未来を繋ぎ止めたのだ。


 そこへ、一人の人影が近づいてきた。


 悠太の前に、突き出すようにして立ちはだかったのは、芦田あしだ しょうだった。


 芦田は、手に持っていたスマホを弄り、気まずそうに視線を泳がせている。鼻の頭を赤くし、どこか不機嫌そうに見えるその表情は、彼なりの照れ隠しであることは明白だった。


「おい、鈴木」


 芦田が、ようやく絞り出すように口を開いた。


「勘違いすんなよ。俺は別に、お前たちを助けに来たんじゃねえ。瑛太に言われて、しぶしぶ、そう、本当にしぶしぶ付いてきただけだからな」


「わかってる」


 悠太が短く、けれど穏やかに返すと、芦田はさらに顔を赤くして、まくし立てるように言葉を続けた。


「それに、お前みたいな化け物が一人で暴れて、怪我して帰ってきたら、クラスがまた騒ぎになって、いい感じの雰囲気が台無しになるだろ? だから、様子を見に来ただけなんだよ!」


 悠太は、自分を必死に否定しようとする芦田の姿を、ただ静かに見つめていた。一年前の自分なら、この態度に苛立ちを感じていたかもしれない。けれど今は、芦田が抱えている不器用な正義感や、彼なりの友情の形が、手に取るように理解できた。


「でもよ」


 芦田の声が、少しだけ低くなった。彼はチラリと悠太に視線をやり、ボソリと呟く。


「お前、マジでえぐかったな。正直、ちょっとだけ、見直したぜ...」


 芦田はそこで一度言葉を切り、今度ははっきりと悠太の目を見て言った。


「田中も、無事でよかったな!」


 芦田はそう言って、初めて自分から一歩踏み出すと、悠太の右肩を「ドン」と軽く、拳で小突いた。

 それは今までの威圧でも、嘲笑でもない。


同じ、一つの目的のために共に戦った「対等な仲間」に対する、精一杯の挨拶だった。



 悠太は驚いたように目を見開いた。


 芦田の手の感触は、思っていたよりも熱を帯び、力強かった。


 悠太は少しだけ俯き、それから、これまでクラスの誰にも見せたことのないような、フッと力の抜けた静かな笑みを浮かべた。


「サンキューな、芦田」


「なんだよ、改まって、恥ずいだろう」


 芦田が以前のように騒ぎ立てるが、その声にはトゲも毒もなかった。二人の間に流れる空気は、もはや「敵対」でも「恐怖」でもない。クラスメイトとしての「対等」な距離感。


 十一月の夜空には、雲一つなく、澄み切った月が浮かんでいた。


 かつて透明な壁で隔てられていた二年B組。その境界線は、この夜、解体工場の錆びついた匂いと共に、完全に消え去った。



次回最終回です!!

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