俗な麒麟児
日本民俗学会第八十二回年次大会
口頭発表
会場は、六月の終わりにしては妙に湿気の強い午後だった。
地方会場として借りられた公立文化センターの大会議室には、長机が規則正しく並び、前方には演台とスクリーン、横にはパイプ椅子が折り重なるように置かれている。学会特有の、紙と汗とプロジェクターの熱が混じった空気が漂っていた。民俗学会の発表というのは、華やかさとはあまり縁がない。むしろ、地道で、慎重で、実証を重んじる。神楽の所作の変遷、漁撈儀礼の地域差、縁起物の流通圏、戦後民間信仰の都市的変容。そうした堅実なテーマが午前から粛々と続いており、参加者たちも、ある程度疲れていた。
その流れの末尾に、やや異物めいたタイトルが差し込まれていた。
「江戸都市空間における“潜勢化した強者”の民俗学―地域化された暗殺技術伝承とその現代的残存について―」
プログラムを見た段階で、何人かは眉をひそめていた。なかには、休憩時間に「あれは発表枠の使い方としてどうなんですかね」と言った者もいた。だが、発表者名を見た瞬間、その場の何人かは口をつぐんだ。
東相模辺土大学人文学部教授 鵺野玄理
四十八歳。
関東の外れ、県境の山裾にへばりつくように建っている小規模私立大学――東相模辺土大学――の教授である。世間的知名度は高くない。偏差値も高くない。文学部と地域共創学部だけを持つ、学生数も少ない大学だ。けれど民俗学の狭い世界では、この大学名は、「あの鵺野がいるところ」として妙に通っていた。
鵺野玄理は、奇抜な見た目で知られていた。
今日は墨染めに近い黒の和洋折衷ジャケットを羽織り、下は細身の灰色のパンツ、足元は革の地下足袋めいた特注靴。耳には小さな銀の耳飾りが片方だけ光り、左の前髪の一房だけが不自然なくらい白い。丸眼鏡の奥の目は妙に鋭く、痩せた顔には神経質そうな線が刻まれている。大学教授というより、地方劇団の演出家か、あるいは戦後前衛芸術の生き残りのように見えた。学会の保守的な空気の中では、見た目だけで十分に浮いている。
しかし、この男が単なる色物でないことは、学会の古参ほどよく知っていた。
鵺野は学部生の頃から異常だった。
十九歳で書いた最初の論考「山窩伝承における“移動する境界”の位相」は、民俗誌の読み方と空間論を無理やり接合したような荒削りな文章だったが、その着眼だけで数人の研究者を黙らせた。二十二歳の修士論文「諏訪縁起における狩猟神話の“儀礼的偽装”について」では、神話と猟師習俗と村落内の沈黙の構造を一続きに論じ、三十代の研究者たちが数年かけてようやくたどり着くような論点を先に出してしまった。博士論文「供犠・変装・通過儀礼――近世村落における“死の代理実践”の比較民俗学」は、今も一部では引用される。もっとも、それは引用されると同時に、「鵺野はまたやりすぎた」と苦笑も添えられるたぐいの本だった。
彼がこれまで発表してきた論文や著書の題名を挙げれば、その気質はよくわかる。
『犬神筋と家憑き筋の間――憑きもの論の統計的裏切り』
『隠れ巫女の地誌学――敗走する祭祀者たちの定着と変装』
『近世関東における“消えた芸能者”の追跡』
『河童譚はなぜ溺死体を語りたがるのか』
『門前町の夜と死体――近世都市周縁の供養実践再考』
『山の怪異はなぜ帳面に記されないのか――村役人文書の沈黙について』
『民俗学者は何を“見なかったこと”にしてきたか』
どれも題名だけ聞けば胡散臭い。だが中身を開くと、調査量が異様に多く、史料の拾い方が執拗で、読者は反発しながらも最後にはどこかで頷かされてしまう。だから鵺野玄理は、学会の異端児であると同時に、学会が完全には無視しきれない麒麟児でもあった。
スクリーンに最初のスライドが映る。
白地に黒い明朝体で、こう出た。
「強者は、いつから闇に潜ったのか」
ざわ、と空気が揺れた。
司会が短く紹介する。
「それでは、東相模辺土大学の鵺野玄理先生にご発表いただきます。発表四十分、質疑十分です。よろしくお願いいたします」
拍手は、申し訳程度だった。
鵺野は演台へ歩いた。無駄な動きがない。細い指でノートパソコンを一度だけ叩き、マイクの高さを調整する。その仕草には、奇抜な見た目に反して妙な古風さがあった。
「東相模辺土大学の鵺野です」
声は低く、よく通った。
「本発表では、江戸期以降の日本において、戦場を失った“強者”がいかに都市へ潜勢化し、地域に応じた暗殺技術の担い手として再編されたか、その民俗学的可能性について論じます」
前列にいた初老の研究者が、さっそく腕を組んだ。
鵺野は気にした様子もない。
「まず、本発表は、一般にいう陰謀論を語るものではありません。むしろ逆です。記録されにくい技術、語られにくい実践、そして“公的史料が沈黙することそれ自体”を、民俗学がどこまで対象化できるか。その試みです」
そう前置きして、彼はスライドを送った。
江戸古地図。武家地、町人地、寺社地、水路、坂地。色分けされた都市空間が現れる。
「江戸時代、周知のとおり、戦国期のような表だった戦争は失われました。泰平の世です。武力の大規模運用は、原理的には幕府の独占へと向かう。では、そのとき、戦うことでしか生きられなかった者たち、あるいは戦闘技術それ自体は、どこへ行ったのか」
少し間を置き、彼は会場を見た。
「私は、消えたのではなく、潜ったと考えます」
何人かが、早くも苦笑した。
「戦場がなくなれば、強者は不要になる、と我々は簡単に言います。しかし実際には、技術はそう簡単には滅びません。むしろ用途を変える。戦国の武辺は、江戸に入ってから、護衛、警邏、奉公、火消、運搬、隠密、そして非公式な“処分”の技術へと変質する。つまり、表だった戦争がなくなった代わりに、政治と暗殺という暗闘が生まれたのです」
そこで次のスライド。大名屋敷の平面図、参勤交代列の図、奥向き構造の模式図。
「江戸の権力者たちは、もはや野で槍を交える必要がありませんでした。彼らは屋敷の中で争う。人事、婚姻、養子、改易、進退、側近、奥向き。表に出ない政治の闘争は、しばしば表に出ない暴力を必要とする。大名屋敷は、その意味で、もっとも洗練された戦場の一つでした」
彼は淡々と、しかし熱を帯びていく。
「このとき使われたのが、闇に潜った強者たちです。重要なのは、彼らが忍者のような漫画的存在としてではなく、**都市の職能と地形に溶け込んだ“地域化された技術者”**として存続したという点です」
ここで、添付資料にあった一覧を思わせる地図が映る。麹町、日本橋、京橋、赤坂、麻布、牛込、小石川、本郷、浅草、下谷、本所、深川。それぞれに印がつき、組織名めいたものが並ぶ。会場が少しだけざわつく。
「私はこれを、便宜上、江戸暗殺十二系譜と呼んでいます」
後方で、誰かが鼻で笑った。
鵺野は構わず続ける。
「麹町には、礼法・作法・屋敷勤めに紛れる潜入型が育つ。資料群ではこれを“式部組”系統と呼びうる。彼らは屋敷内潜入、無音殺法、自然死偽装、襖越しの近接処理を特色とし、武家屋敷の内部秩序に最も近い位置で殺しを担う。日本橋には、荷運び、帳簿、人流、旅程管理を利用する情報暗殺型――“荷改組”系統。京橋には河岸と職人仕事に擬態した実務型――“河岸組”。赤坂・麻布には坂地特有の機動と転落誘導、すなわち“坂落組”“坂狩組”。牛込には崖地と寺社裏を利用して退路を断つ“崖端組”。小石川には庭園構造を殺意へ変える“庭詰組”。本郷には書物・薬・香・文書を武器とする“書院組”。浅草には雑踏へ溶ける“祭紛組”。下谷には葬列と寺町の静けさに紛れる“弔隠組”。本所には火事場と混乱を読む“火盗組”。深川には水路と舟運に特化した“舟影組”――こうした区分です。」
その瞬間、会場の数人はもう聞く前提を手放したような顔をした。
だが鵺野は、そうした空気こそ想定済みなのだろう。むしろ少し口角を上げた。
「ここで『そんな組織が本当にあったのか』と問うのは、やや順番が違います。民俗学的にはまず、なぜこうした体系化が可能なほど、地形・職能・暴力技術の結びつきが想像され、あるいは伝承されうるのか、そこを見なければならない」
彼は指を立てた。
「江戸は均質な都市ではありません。麹町の武家地と浅草の門前町と深川の水路地帯では、人の歩き方も、音の消え方も、死体の隠れ方も違う。これは比喩ではなく、都市民俗そのものです。ならば、その都市に寄生する暴力技術もまた、均質ではないはずです」
スクリーンには、各地域の簡単な説明が次々と出る。
麹町――番町、武家屋敷、奥向き、格式。
日本橋――五街道起点、物流、帳場、宿。
京橋――河岸、職人町、水路。
赤坂――坂、石垣、武家通り。
麻布――坂地、裏道、機動。
牛込――崖線、寺社、退路遮断。
小石川――庭園、築山、池泉。
本郷――学問、医家、書院、薬。
浅草――門前町、縁日、雑踏。
下谷――寺町、葬列、墓地。
本所――火災、避難路、混乱。
深川――堀割、船着場、夜舟。
「たとえば麹町です。ここは武家地と屋敷地の性格が強い。雑踏よりも静けさ、喧騒よりも礼法が支配する場所です。そこで発達するのは、派手な斬り合いではなく、“格式内処分”です。音を立てず、死因も乱れも残さず、屋敷の秩序を壊さない殺し。これは、武家地の民俗的空気を考えれば、むしろ自然な帰結です」
会場の後ろから、椅子の軋む音がした。
「日本橋は逆です。商流と人流の中心。ここでは斬るより先回りが重要になる。荷改め、飛脚、旅程、帳面。帳尻を合わせるように人を死なせる技術です。京橋ではそれがさらに水路と職人仕事へ寄る。工具偽装、水路搬送、荷船処理。深川へ行けば、もはや主戦場は陸ですらない。舟、堀割、河岸、夜舟。陸の剣術ではなく、舟足と水の流れを読む暗殺術になる」
彼は言葉の端に、妙な陶酔を滲ませていた。だがそれは単なる演技ではない。鵺野玄理という人間は、本気でこれを考え抜いてきたのだ。だから聞き手は嫌でも分かってしまう。分かってしまうからこそ、なおさら鼻白む者もいる。
「門前町を見ましょう。浅草です。ここでは『誰が殺したか分からない』こと自体が技術になる。祭礼、縁日、芝居町、見世物、露店。視線が分散し、人が多く、熱気が濃い場所ほど、姿を消す技術は洗練される。これが“祭紛組”系統です。一方で下谷・寺町へ移ると、同じ人混みでも質が違う。葬列、法要、寺参り、夜間の静かな往来。そこでは、殺気を消すこと自体が武器になる。“弔隠組”です。生の喧騒を使う浅草と、死の静けさを使う下谷。これは対照的でありながら、都市民俗として極めてきれいな対応を示しています」
前列の女性研究者が、配布資料をめくる手を止めた。面白いと思ったのか、呆れたのか、まだ顔には出ていない。
鵺野はさらに先へ進む。
「本郷は知識の町です。学寮、書院、医家、文人。ここで発達するのは“知で殺す”技術でしょう。薬、香、紙、文箱、筆筒。剣の流儀ではなく、習慣と精神を読む流儀です。火災の多い本所には、火盗流のような攪乱型が似合う。火をつけるのではなく、火事で人がどう逃げ、どこで詰まり、どこが死角になるかを読み切る。民俗学はしばしば祭礼の道筋を追いますが、避難の道筋だって十分に民俗です。そこへ殺意が寄生しないと、誰が言えるでしょうか」
会場の空気はもう、二つに割れていた。
一つは、「まったく相手にする必要のない妄想だ」とする冷笑。もう一つは、「妄想にしては妙に地形感覚がよすぎる」という不快な引っかかり。
鵺野は、まさにその引っかかりを狙っているようだった。
「さて、ここで近世末に話を移します。黒船来航です」
スライドが変わる。浦賀、品川、横浜周辺の古図、異国船、兵士の図像。
「開国期、海外の兵士や観察者たちは、日本の軍制の旧弊をしばしば記録しました。しかし同時に、私はごく断片的ながら、*“日本の殺し方は正面戦ではなく、奇妙なほど局所的で、しかも都市空間に適応している”*という印象を示す周辺記述に注目しています」
ここで、会場から露骨な咳払いが起きた。
鵺野はちらりとそちらを見たが、止まらない。
「もちろん、ここに明確な『暗殺組織の存在証明』があるわけではありません。そんなものが残るなら、そもそも本発表は不要です。私が言いたいのは、外国軍人の目には、日本の武技はしばしば“奇妙に異端な局所技術”として映ったのではないか、ということです。坂地、水路、屋敷、雑踏、火事場。つまり日本の暗殺技術は、戦列歩兵の論理から見れば、理解しがたい異端だった」
彼の眼が強くなる。
「黒船来航の折、彼らは銃砲の優位を確信していました。しかし、近代軍制の優越と、局所的な暗殺技術の異様さは両立します。むしろ近代化の過程で、こうした技術はますます地下化し、秘匿され、伝承の形を変えたと考えるべきでしょう」
スクリーンの最後の大見出しが映った。
「技術は、今も死んでいない」
さすがに、会場の何人かが笑った。
鵺野はその笑いを待つように数秒黙り、それから口を開いた。
「はい、ここが今日もっとも笑われる箇所です」
数人が、本当に笑った。
「ですが、私はここを本気で言います。こうした地域化された暗殺技術は、完全には消えていない。もちろん、江戸と同じ形ではありません。現代の企業社会、政治世界、金融と人事の闘争へ寄生するかたちで、細々と、しかし連綿と残っている。私は、それを*“現代暗部における技術伝承の微細残存”*と呼びます」
会場の後ろで、誰かが小声で「もうだめだ」と言った。
鵺野は構わない。
「企業間の闘争、と申し上げました。もちろん、ここで私が言うのは漫画のような斬り合いではありません。人事の事故、情報流出の先回り、不自然な失踪、病死のように処理される局面、監視の死角を踏まえた接近、物流と会計を利用した封殺。こうした現代的な現象が、江戸の組織名をそのまま名乗るなどと言うつもりはない。ただし、地形・職能・沈黙・痕跡管理という四要素の連関は、驚くほど変わっていません」
彼は最後に、いくつかの図を映した。高層オフィス街、政治家会館周辺、湾岸物流地区、再開発された下町、旧華族地の高級住宅街。江戸の地域性と現代東京の空間性が、重ね合わせるように示される。
「都市は上書きされる。しかし、完全には消えない。私はそう考えます。坂は坂として残り、水は水として残り、屋敷地の作法は高級住宅地の沈黙へ姿を変え、門前町の雑踏は観光とイベントへ、寺町の静けさは葬祭産業と墓地再編へ、本郷の知はアカデミアと医療の複合地帯へ、本所の混乱は災害都市の避難動線へ――つまり、暗殺技術が寄生しうる都市民俗の条件そのものは、いまだ衰えていないのです」
そして、最後の一文を読み上げた。
「我々民俗学者は、語られる祭祀と祝祭だけでなく、語られない処分と消去の技術にも、いつか目を向けねばならない。なぜなら、共同体は祝うだけでは維持されず、しばしば“見なかったことにする技術”によっても維持されるからです」
発表は終わった。
拍手は、最初よりさらに薄かった。
司会が「では質疑に移ります」と言う。だが最初に手を挙げたのは、案の定、七十前後の保守的な民俗学者だった。郷土神楽と講組研究で知られる人物である。
「大変刺激的なお話でした」
この前置きの時点で、たいていの場合、後には否定が来る。
「ただ、率直に申し上げて、民俗学的実証の範囲を超えた推測が多すぎるのではないでしょうか。組織名も、体系も、技術の連関も、ほとんど先生の構想に見えます。これを学術発表として成立させるには、あまりに飛躍が大きい」
「ご指摘ありがとうございます」
鵺野は平然と答えた。
「私も、飛躍の大きさは自覚しています。ただ、飛躍しなければ見えない対象がある、というのが本発表の立場です」
会場の空気が少し冷えた。
次の質問者は、もっと直接的だった。
「それは要するに陰謀論とどう違うのですか」
数人が苦笑する。
鵺野は一拍置き、答えた。
「陰謀論は、すべてを説明したがります。私の話は逆で、説明されないものの偏りを見ています。何が残り、何が残らないか。その偏りの先に、都市空間と暴力技術の結びつきを仮説的に置いた。違いはそこです」
「いや、でも結局、証拠はないわけでしょう」
「公的に整った証拠は、ありません」
「じゃあだめじゃないですか」
笑いが起こる。
鵺野も少しだけ笑った。しかしその笑いは、自嘲ではなく、相手の世界の狭さに対する軽い倦みを含んでいた。
「民俗学というのは、本来、証拠が残らないものの残り方を見る学問だと思っていたのですが、最近は違うのかもしれませんね」
その返しに、会場の空気がぴりっとした。司会が慌てて次の質問へ移そうとする。
さらに数問、似たようなやりとりが続いた。史料批判が甘い、概念規定が曖昧だ、発表というより文学的想像力に近い、など。どれも正論ではあった。正論であるだけに、鵺野の発表の危うさも際立った。
結局、会場の多数はこの発表を「面白い与太話」以上には受け取らなかった。陰謀論だ、という空気が支配的だった。真正面から相手にする価値はない、という薄い侮蔑もあった。
だが一方で、何人かは帰りの廊下で、口には出さずともこう思っていた。
――もし、全部が嘘なら、あそこまで地域差がきれいに立ち上がるだろうか。
その引っかかりだけが、鵺野玄理の勝ち筋だった。
◆
発表後、夕方の控室はひどく蒸していた。
文化センターの楽屋を転用した狭い控室には、折り畳み机と流し台と、古びた鏡があるだけだ。窓の外では、地方都市の初夏の夕方がだらだらと明るかった。遠くで蝉が一匹だけ気の早い声を出している。
鵺野は椅子に腰を下ろし、ジャケットを脱いで背もたれに掛けた。
「ひどいもんだな」
ぼそり、と言った。
「まあ、予想はしていたけど、ここまで“はいはい陰謀論”で片づけられると、さすがに少し腹が立つ」
対面にいた若い女が、苦笑した。
彼女は綾小路澪、二十六歳。東相模辺土大学大学院博士課程後期の院生であり、鵺野研究室の実質的な助手でもある。肩口で切り揃えた黒髪、淡いブラウスに紺のカーディガン、細い銀縁眼鏡。顔立ちは整っているが目立つタイプではなく、図書館の長机にずっといても違和感のない静かな雰囲気の女だった。発表資料の整理、史料撮影、調査メモのデジタル化、旅費精算、半分秘書のような仕事まで引き受けている。
「先生、でも、今日はだいぶ刺さってた人もいましたよ」
「刺さるのと、認めるのは別だ」
鵺野は髪をかき上げた。白い一房が指の間で揺れる。
「だいたいさ、民俗学者っていうのは、口では境界とか周縁とか沈黙とか言うくせに、本当に沈黙してるものが出てくると、『いやそれは証拠が』って逃げるんだよ。もちろん証拠は必要だ。そんなの分かってる。でも、“証拠がきれいに残らないように設計された技術”をどう扱うか、それを考えるのがこっちの仕事だろうに」
綾小路は頷くふりをした。
実際には、彼女も内心ではかなり胡散臭い研究だと思っている。
鵺野の仕事の八割は鋭い。異様に鋭い。民俗空間の読み方、語られなかったものの拾い方、史料の行間にある沈黙の扱い、そのへんは本当に天才的だと綾小路は思っている。だが残りの二割、とくに今回のようなテーマになると、先生は明らかに自分の仮説に酔いすぎる。地形と伝承と記録の欠如をつなぐところまではまだ分かる。けれどそこから「現代日本の企業間・政治闘争に伝承される暗殺技術」まで飛ぶのは、さすがに飛びすぎだ。
それでも綾小路は、鵺野を見捨てる気にはなれない。
研究者としての異様な勘と、誰も見ないものを見ようとする執念だけは、本物だからだ。
「まあ、先生の話って、早すぎるんですよ」
綾小路はペットボトルの水を差し出しながら言った。
「十年後とか二十年後に、あの時の話ちょっと分かるかも、ってなるタイプのやつです」
「慰め下手だなあ、きみ」
「慰めてますよ、これでも」
「十年後二十年後って、その頃には僕はもっと変な話してるよ」
「でしょうね」
綾小路は少し笑った。
鵺野も、つられて口元を緩める。
「でも、本気で思うんだよ」
教授はふと真顔に戻った。
「江戸があれだけ複雑な都市空間を持っていて、しかも武家地、町人地、寺社地、水路、坂地があれほどくっきり分かれているのに、暴力技術だけが均質だったなんて、そんな馬鹿な話はない」
「そこは分かります」
「だろう。しかも明治以降、警察制度ができて、軍制が整って、表向きの暴力は国家に回収された。そうなったあと、なお消えずに残る技術は、もっと地下に潜るしかない。企業でも政治でも、表に出せない処理ってのはある。ある以上、それを担う手つきが、ゼロから毎回自然発生するはずがないんだ」
「……はい」
綾小路は曖昧に頷いた。
本当は、「先生、そこから先が危ないんです」と言いたかった。けれど言わなかった。疲れている時の鵺野玄理に正論をぶつけても、余計に面倒になるだけだと知っている。
「学会の人たち、今日ぜんぜん乗ってこなかったですね」
「乗ってこなくていいんだよ。あの人たちは、たぶん“認めたくない”んだ」
「何をですか」
「共同体が、祭りや祈りだけじゃなく、見えない処分でも維持されてきたかもしれないってことを」
鵺野は流し台の曇った鏡を見た。そこには、奇抜で疲れた四十八歳の男が映っている。異端児、変人、麒麟児。いろいろ呼ばれてきたが、本人にはそのどれもが半分しか当たっていない気がしていた。
「民俗学って、結局、共同体をちょっと愛しすぎてるんだよな」
小さく言う。
「だから共同体の暗い技術を見るのが苦手なんだ」
綾小路はその横顔を見た。
この人は、本当にそう信じているのだろう。学会に嫌われても、自分が見たと思っているものを引っ込める気はない。そしてたぶん、だからこそ厄介なのだ。
「でも、先生」
綾小路は少しだけ柔らかい声を出した。
「今日のタイトル、あれはさすがに喧嘩売りすぎです」
「いいタイトルだろ」
「いいか悪いかで言えば、面白いですけど」
「だろう」
「でも“暗殺技術伝承”は強すぎます。せめて“非公然的暴力実践”とか、もう少しぼかしたほうが」
「ぼかしたら、あの人たちは安心して聞いちゃうじゃないか」
「安心して聞かせるのも技術ですよ」
鵺野は少し黙り、それからふっと笑った。
「きみは将来、たぶん僕よりちゃんとした研究者になるな」
「褒めてます?」
「かなり褒めてる」
「じゃあありがとうございます」
綾小路はそう言ったが、内心では少し複雑だった。ちゃんとした研究者、という言い方には、鵺野自身がちゃんとしていないという含みがある。そして実際、ちゃんとしていない。だが、ちゃんとしていないからこそ、ほかの誰にも見えない線を引けることもある。
控室の外で、撤収を促すスタッフの声がした。
学会は終わる。参加者たちはそれぞれの宿へ帰り、夜には懇親会で別の発表の噂話をするだろう。今日の鵺野玄理の発表は、その席でたぶんこう語られる。
「いやあ、面白かったけど、完全に与太話だよね」
「でも鵺野先生らしかった」
「東相模辺土大だから許されるんじゃないですか」
「論文にはしないでほしいなあ」
だがその一方で、何人かの記憶には、あの十二系譜の地図が嫌な形で残り続けるだろう。麹町、赤坂、深川、本郷、下谷。地形と沈黙と殺意が、妙にぴたりと噛み合った感触だけが、消えずに残る。
綾小路は荷物をまとめながら、ふと訊いた。
「先生」
「ん?」
「本気で、今も残ってると思ってるんですか。その、江戸以来の暗殺技術みたいなの」
鵺野は立ち上がり、ジャケットを羽織った。
答えるまで、少し間があった。
「思ってるよ」
軽く言うでも、劇的に言うでもなく、ただ普通にそう言った。
「だって、消えた証拠もないからね」
綾小路は苦笑した。
「それ、研究者がいちばん言っちゃだめなやつじゃないですか」
「そうだね」
鵺野は笑った。
「でも、きみも少しは考えたろ。もし本当に、地形ごとに殺し方が違っていて、それが今も残ってるとしたら、ちょっと面白いなって」
綾小路は返事をしなかった。
ほんの少しだけ、考えた。考えてしまった。そこが嫌だった。胡散臭いと思いながら、完全には笑い切れない。それが鵺野玄理という男の一番厄介なところだ。
「……先生は、人を巻き込むのがうまいです」
「民俗学者は、昔からそういう商売だよ」
教授はそう言って控室のドアを開けた。
夕方の廊下は長く、窓の外はまだ薄明るい。学会参加者の何人かが遠くで談笑している。誰もこちらを見ていない。見ていても、せいぜい「ああ、あの変な発表をした先生だ」と思う程度だろう。
鵺野玄理は廊下の先を見ながら、小さく舌打ちした。
「ま、いいさ。そのうち、嫌でも分かる時が来る」
「何がですか」
「共同体ってやつが、何で本当に維持されてきたのか」
綾小路はその背中を追いながら、やはりこの人は少し危ない、と改めて思った。
けれど同時に、どうしようもなく目を離しがたいとも思っていた。
学会の参加者たちは、今日の発表を陰謀論だと鼻で笑った。相手にしなかった。研究として扱うには飛躍が大きすぎるし、実証も足りない。そう判断した。それは、たぶん学術的には正しい。
だが、正しいということと、無害であるということは、必ずしも同じではない。
その日の夕暮れ、関東の外れにある小規模大学の異端教授と、その教え子の博士課程院生だけが、まだ細い糸の先に何かを感じていた。
それが本当に歴史の残滓なのか、狂気の仮説なのか、あるいはその両方なのか。
まだ誰にも分からない。
分からないまま、物語はその暗い核を抱えて、静かに先へ進んでいく。




