第四章 コミュ障陰キャぼっちにも青春はありますか? 第六節
こんな怪物が愛を持ったところでそこに意味はあるのでしょうか?
「はぁ、はぁ はぁっ…」
まともに息もできないまま私は会場の外に飛びだしていた
どうして彼女がここにいたのか分からない
分かりたくもなかった
けど彼女から謝られた時、胸の奥が一気に重くなったのを感じた
あれがぶつかってしまったことへの謝罪だってことは分かってる
分かっているんだそれなのに…
もしも同じようにあの頃のいじめを謝られたら許してしまいそうな自分がいた
本当は許したくなんてないのに
できるだけ彼女を傷つける言葉を並べてそれでも彼女が泣いて謝っても許すつもりなんてなかったのに・・・
それなのに一瞬の迷いから過去、彼女が侵した罪を全てなかったことにしてしまいそうな自分がいることに耐えられなくなったんだ
「ほんと…最低だ…」
蚊帳ノ蓬は泣いていた
それは先輩が亡くなって悲しいからではなかった
ただ自分の弱さと醜さを目の当たりにして悔しくて情けなくて辛くて痛くてどうしようもなかったからだ
自分が傷つくことでしか涙を流さない自分にも失望して
頭の中も胸の奥もその全てがぐちゃぐちゃになって…
蹲ってその場から動けなくなっていた
「どうかされましたか?」
頭の上のほうからそんな言葉が落ちてきて、私は空を見上げるみたいにしてその音を辿った
すると目の前には背の高いとてもきれいな女の人が立っていた
赤毛が混じった明るい色の髪を長く伸ばして、翡翠のように綺麗な瞳の女性だ
日本人、ではなさそうだなと直感的に感じる
それほどまでに日本人離れした容姿とオーラを放っている
しかし彼女は流暢な日本語で私に語りかけてきた
「泣いて、いるのですか?」
「あっ いや… これは その…」
指摘されて焦って目元を拭った
いきなり知らない人に話しかけられた上にこんなふうにめちゃくちゃに泣いているところまで見られたことに恥ずかしさを感じてどう取り繕おうか必死に考える
ふいに私はその人に抱きしめられていた
「へ?」
「とても、懐かしい匂いがします ずっと探していたような、始めからこうしていたかったような…」
「あの…」
どうしてこんなことになっているのか、まるで理解ができなかった
振りほどこうにも彼女の力は強く私なんかの力では到底無理だった
それに彼女に抱きしめられていることに不快感はなく、むしろずっとこのままでもいいとさえ思って維しまうほどに心地よかった
「とても悲しそうな匂いがしますね」
「……えと」
「抱えこむ必要はありません あなたからはあの子と同じ匂いがするから分かります」
彼女の言う匂いとはきっと直感的なものなんだろう
具体的な根拠もない、勘みたいなものかもしれない
それなのにその言葉は意味が理解できなくてもどこか納得してしまうようなそんな説得力があった
「きっとあなたは誰のことでさえ赦してしまう」
「……」
「自分が傷つくほうを選んでしまう だって」
それはきっと私が弱いからだとそんな言葉が頭に浮かんだ
けれど彼女はそんな私の頭を撫でながら言った
「あなたは、優しいから」
「へ・・・?」
「痛みを知っているあなたは自分を傷つけた相手ですら傷ついてほしくないとそう思うのでしょう… そう、願うのでしょう」
その言葉は暖かくて、凍り付いた私の心をまるで溶かすみたいで
けど、
この人は、出会ったばかりの私のことをどうしてそんな風に思うんだろう
ずっと昔に出会ったことがあるみたいな不思議な感覚がある
本当に会ったことがあるのか私には分からなかったけど
「魔女の匂い…」
何かに気が付いた様子の彼女は私をその腕から解放すると辺りを見渡していた
「せっかく会えたというのに… 残念です」
「あのっ…」
「すみません 私はこれ以上、此処に居てはいけないようなのです」
申し訳なさそうに頭を下げた彼女は胸元から小さな小包を取り出した
そこから何かを取り出すとキラキラと光る砂のような灰のような粉を辺りに撒いた
それから祈るように手を組んで呟く
「神に祈りを素の血に誓いを遍く祈りは我が魂と共に、我が血族に散らされた尊き命がいつかまた還って来られるよう願います テンプル・D・ソレイユ」
僅かな沈黙が流れた後、彼女は私の手を取ると言った
「彼女のこと、私に謝る資格などありませんがそれでも申し訳ありませんでした」
「あ、えと…」
「せめて私がもう少しだけでも早ければ…」
なんの話しなのかさっぱり分からないけど質問するタイミングはなかった
「あなた以外の魔女が側にいる以上、この場に留まるわけにはいかないのです」
「魔女…ですか?」
「無礼をお許し下さい」
私の問いかけには何も答えず彼女は手を離すと出口のある門のほうを向いた
「あのっ… 最後に一つだけ… あなたの名前は…」
どうしてそんなことを聞いたのかは自分でも分からなかった
けれど聞かなくちゃいけない気がした
その言葉を聞いた彼女は少し驚いた様子で私を見た
「まさかあなたから名前を聞かれる日が来るなんて…」
それから彼女は少しだけ答えを探すみたいに考えたみたいだった、そして…
「壊離、今はそう読んで頂ければと思います」
「壊離…さん」
彼女の名前を自分の口と声で音にするとどこか懐かしい気がした
「…やっぱりあなたは、変わってますね」
「へ…」
そういうと壊離は私の首もとに顔を近づける
彼女の吐息が耳元から伝わる、そして柔らかい感触が首を伝って全身に響き渡った
「これは…」
「吸血姫に首元を見せるなんて不用心ですよ まぁあなたの血は飲めたものではありませんけどね」
どこか恥ずかしそうな笑顔を浮かべながら言った彼女はもう一度振り返って私に背を向けた
「今度こそお別れです、さようなら… ○○○○○○□□□」
それはまるで夜風に溶ける霧のようにかすかに漂う鉄の匂いと共に消えた
残ったのは彼女のぬくもりと
僅かに漂う血の匂いだけだった




