第三章 コミュ障陰キャぼっちでもライブはできますか? 第九十八節
失った代償
とても抽象的な言い方をすれば噴水のように血が湧き出した
まるで物理的な法則を無視するみたいに倒壊してすぐそこにまで迫った天井に向けて血は噴き出している
転がった頭部と力の抜けた歪な胴体、それを見ても不思議と悲鳴は出なかった
ただの高校生がこんな非日常的な光景を目の当たりにしてもなお冷静さを保っていられたのはこれでやっと助かったのだと安堵したからで…
しかしこのくるった世界はそんな希望すら易々と打ち砕いたのだった
「うっ… ぐっ」
この状況で具体的な勝ち負けの基準がなんなのかそもそもそんなものが存在するのかさえ分からなかった
だけどたしかにに勝ちを確信していた、私だけじゃなくあの黒服の男もそれおは間違いなかったのだ
しかし…
「この程度で私が死ぬと思ったのかしら? かわいいわね」
「首を飛ばす程度じゃ死なないと思ってはいましたが… まさかカウンターがあったなんて…」
太く、長い、爪のようなもので胸を貫かれた男は何食わぬ顔でそう答えた
「あなた…ああ、そう、なるほど…」
「なんです? そんなに私のなにが面白いんですか?」
何かに気が付いたらしい女は妖艶な笑みで呟いた
それを見た男は表情を替えることもなく聞き返した
「だってあなた、身体の中身をだいぶ弄られてるでしょう?」
「……」
「火葬屋…だったかしら? いつの時代にもいるものね、私達の在り方を否定しておきながら平気な顔で同族を弄ぶ異常者… まったくこれだからニンゲンは…」
女の嘲笑に充てられて男は静かに黙ったままだった
それから深く深呼吸をしている
何度も何度も繰り返している
「図星だったかしら? まあそこまで気にすことでもないでしょう? だってこれから死ぬんだか……」
地面に転がった頭のまま話していたその女は最後の一文字を言い切る前に灰になった
髪の毛の一本すら残さないように真っ白な灰は真っ黒な暗闇に消えていく
「怒りという感情ほど無益なものはありません 怒りは争いを産みやがて憎しみになるそしてそれが悲しみとなりやがて怒りに変化する」
どこかで聞いたことがあるような一文をまるで自分に言い聞かせるみたいに呟いている
繰り返し、何度も何度もだ
やがてそのつぶやきが小さくなると男は花音を掴んだままだった女の右手を切断した
地面に取れた花音のことは気にも留めず女の身体だったものを盛大に蹴り飛ばした
「お前になにが分かるんだよ」
ただ一言そう呟いた後で肉片は音を立てて粉々になった
「レディの身体をそんな乱暴にするなんて酷い人ね」
とてつもない悪寒と共にその存在は再び姿を現した
「大人しく死んでくれませんか?」
「誰かに死ねって言われて死ぬなんてニンゲンでもしないでしょう?」
「確かにそうですね 死んでくれないなら殺すしかない」
男の胸には分かりやすい大きさで風穴が空いていたけどまだ動けるみたいだった
一方で女のほうは先ほどまでと違い首と胴は繋がっているしどこも欠損していない
「いい加減、守りながら戦うのも疲れたでしょう?」
「いいえ、全然」
「強がらなくていいのよ こんな風に会話を続けてるあたり、お仲間の応戦が来るのを待っているのかしら? それとも私の隙を突こうとしてる?」
男の呼吸に合わせるようにゆっくりと歩を進めている
その様子を見ていた花音は私にだけ聞こえるように言った
「松子、私が囮になる」
「なに言ってるの?」
「あれの目的は私それは彼も分かってるはず、でも松子と私を守るために全力が出せてない だったら私が囮になるのが一番確実」
私に質問の隙を与えずに淡々と花音は言った
そして
「ごめん…」
「っ…」
みぞおちの辺りに強い衝撃を受けて私の意識は遠のいていった




