第三章 コミュ障陰キャぼっちでもライブはできますか? 第九十六節
人類餐禍
「私は松子のこと、昔から憧れてた」
かすれた声で花音は言った
「松子のピアノは…温かくて、優しくて、楽しそうで 私、も…いつかそんな風にられたらって… 思ってた」
「…そんなことない 私のピアノなんて」
「私が松子からピアノを奪った 私がピアノを弾いたから松子は…」
その声は私の旨を深く突き刺した
まるで割れたガラスみたいにゆっくりと丁寧に突き刺すみたいに
「私は… 私がピアノをやめたのは…花音のせいなんかじゃ…」
「松子…」
花音はゆっくりと私の手を掴んだ
「花音?」
「私、松子には幸せでいてほしかった ずっと笑っていてほしかった 松子が笑ってくれるなら私が一緒にいられなくても… 松子が私のこと、好きじゃなくてもいいって思ってった」
それは花音が今まで私には決して見せてくれなかった本心だった
段々と体温が抜け落ちてくる彼女の手とは対照的にあふれ出るような感情はとても強いものでそして私の胸の奥をさらに抉る
「松子が幸せなら雅さんと付き合っててもいいって思ってた」
「…」
「松子が好きなのは雅さんで私じゃないから…」
もしも自分が同じ立場だったら諦められただろうか
誰かの幸せを願って自分を犠牲にできただろうか
きっとそれは無理だった
私ならそんなことには耐えられなかった、けど花音は自分の幸せや願いよりも他人である私を優先した
私にはたとえ何度生まれ変わったとしても選ぶことができない選択を花音はしたんだ
それを理化した瞬間から私の心の中には澱のような重く苦しい罪悪感に似た何かが芽生え始めた
「それでも… 私は、松子のこと諦め…られなくて…だから…」
「あらあら まだ生きてたの?」
どこからかそんな声が聞こえた
こつんこつんと地面を規則的に叩く足音が聞こえる
メトロノームみたいに正確にリズムを刻むその足音はあまりにも正確でどこか嫌悪感を抱いてしまうほどに機械的だった
「まったく、悪い子ね ちゃんと契約通りにしていればこんなことにはならなかったのに」
「でも、私は…」
姿の見えないその声に花音は何かを訴えかけていた
「それでも契約は契約、先に破ったのはあなたなのだからその代償は払ってもらわないと」
「…騙していたの?」
「騙すも何も聞かれなかったから答えなかっただけ どうせ聞かれても私達に関わった以上は引き返すことなんてできない」
うっすらと影が見えるけど姿は依然として分からなかった
まるで私と感音が同じ幻覚を見ているみたいなそんな感じだ
「なら、私だけでよかった どうして松子まで…」
「契約を破ったあなたには決定権も拒否権もありませんよ」
こつんこつんと足音が近づいてくる
さっきまで規則的だったそれはいきなり狂いだしたかのように不規則になってそして…
冷たいまるで刃のよう何かが私の首元を掠めそうになった瞬間、唐突に押し倒された
ちがう、後ろに惹かれたんだ
そのまま地面に腰を着いた私が見上げると一人の若い男が立っていた
「なんとか、間に合いましたか」
男は加えていた煙草に火を点けると
「吸血姫、次こそは殺します」
男はそう一言だけ呟いた




