第三章 コミュ障陰キャぼっちでもライブはできますか? 第九十四節
幻日、今際ノ誤リ
その日から私は別人のようにピアノを弾くようになっていた
それまで言われるがまま弾いていたピアノに自我や意思が芽生え始めた
あの子のようになりたい…松子という目標が私を突き動かしているみたいだった
以外にも私とピアノの相性は良かったらしい
自分の意思でピアノを弾くようになった私は見違えるほど上手くなっていった
松子が出ていたようなコンクールでも入賞することが多くなっていって先生や家族からも褒めてもらえて、次第にそれは自信に繋がっていった
それからしばらくして私と松子っは同じコンクールに参加することが多くなった
コンクールには同じような年頃の子たちが出場する、だから私と松子が同じコンクールで競い合うことも必然だった
そして私は松子に敵わなかった
当然だ、松子と私とではピアノと向き合ってきた年数も技術も何もかもが違う
それでも私ははじめて心のどこかで悔しいと思った、松子と同じ所に立ちたいと思った
だから努力して、松子の弾き方を真似したり今までのコンクールの演奏を何回も見返したりして、そして… はじめて私は松子に勝った
「花音はいいよね… 弾くたびに上手くなってさ」
「…えっ」
五年生最後の発表会で松子にそう言われた
この時にはもう私のほうが松子よりもコンクールで表彰されることが多くなっていた
ちょうどその日のコンクールで松子はコンディションが悪かったのか全力を出し切れていないように感じた
だからだろうか、控室でいつになく弱気で松子は打ち明けた
「私なんか、どれだけ練習しても花音みたいになれない」
「そんなこと…」
「そうだよ きっとそう…私は花音みたいな才能なんてないから」
ぬ根の奥がどうしてかは分からいけどそっと何かが凍れたような気がした
何かとても大切なものだ
松子のその言葉で私は自分が勘違いしてたことに気が付いた
私は松子に勝ちたかったわけじゃない、松子と競痛かったわけでもない
ただ松子みたいに上手くなりたかっただけ
ただ松子と一緒にピアノが弾きたかっただけだったんだ
でもそれに気がつた時にはもう遅かった
松子は次第に私から離れていくようになった
そうして月日が流れて学年が一つ上がった
相変わらず私と松子はお同じコンクールに参加することが多かったけど結果は変わらなかった
そんなある日、私達は中学生も参加するような少しだけ大きなコンクールに出ることになった
もともとレベルが高いコンクールだったからそこまでいい成績が取れるとは思ったなかったし実際そうだった
けど、そのコンクールで優勝したのは私達より一つ年下の女の子だった
「すごいね、あの子…」
きっとその言葉は心からの賞賛だったんだろう
「なに言ってるの?」
怒ったような、信じられないものを見たような目で彼女は言った
「…松子?」
どうしてそんなことを言うんだろうと不思議に思って彼女のほうを見る
ふいに目が合った
「なんで… なんで負けたのにそんな顔してるの!」
「…あっ」
その言葉が心からの賞賛ではなかったことに気が付いた
私よりもピアノが上手な子がいる。つまりそれは松子よりも上手いということで…
『これで松子は私よりあの子のことを意識する、そしたら私は今度こそ松子と一緒にピアノが弾ける…』
そんな黒い感情の裏返しだったことに
「花音は悔しくないの? 負けて… それで…」
叫ぶように松子は言った
「でも、私は誰かと競うためにピアノはしてないから…」
まるで言い訳をするみたいに私は言葉を取り繕う、でもそれは逆効果だった
「っ… それって私なんかじゃ勝負になってなかったってこと?」
「そんなことっ…」
松子の手を掴んで何かを訴えかけようとする、中身のない空っぽな何かを…
けどそんな言葉さえ聞こえていない松子は私の手を強引に振りほどいて言った
「絶交する…」
「あっ… ちょっと…」
松子は振り向かずただまっすぐに歩く、そして
「もう二度と私に関わらないで」
ただ一言、静かに吐き捨てた
事情により次回更新は2026年3月2日深夜(予定)となります




