第三章 コミュ障陰キャぼっちでもライブはできますか? 第九十三節
想間燈
あるギタリストはギターのことを死んだ木だと言ったらしい
私にとってのピアノもそうだった
ただ鍵盤を押すたびに決められた音を跳ね返すだけの道具、そのはずだった
小学生の頃、特に習い事もせずなににも興味を示さなかった私を母はピアノ教室に通わせた
理由は分からないけどたぶん、教育熱心な祖母の圧からだったんだろう
ピアノどころか音楽にすら興味がなかった私にとってそれは苦痛でしかなかった
週に二回、決められた時間に決められたことをする、まるで誰かの命令で動くロボットみたいな気分だった
それが嫌でピアノをやめようとした時、彼女に出会った
「もしかして花音?」
「えっ…」
レッスンが終わって教室から出た瞬間、急に声をかけられた
「私のこと覚えてる? 去年まで同じクラスだった田村松子だけど」
「あ、ああ うん…」
私に声をかけてきた女の子、田村松子のことはもちろん覚えている
クラスが同じで家も近いからよく遊んでいた、もっとも五年生になるタイミングでクラスが分かれて最近はあんまり会ってなかったけど…
「花音もピアノ始めたの?」
「うん… お母さんに言われて…」
「そうなんだ ねえ花音は次の発表会には出る?」
「それは… まだかな…」
教室に通い始めてまだ三か月、まともに曲も弾けない自分が発表会に出るなんて無理だったし出るつもりもなかった、だって…
「ピアノ、楽しいって思ったことまだないから…」
練習が嫌だったし練習しても上手くならない自分も嫌だった
だからピアノは苦痛、他の子みたいに楽しんで弾くなんて到底無理なんだ
思わず出た本音に口をつぐんだ
「なら、次の発表会見に来てよ」
「えっ…」
「きっと他の人の演奏を聞いたら変わると思うから それに私の演奏を見たら花音だってピアノが弾きたくなるよ そしたらきっとピアノが好きになるからだから」
「…いけるかどうか聞いてみる」
まっすぐに目を見てそんなことを言われた私は断ることができなかった
松子は嬉しそうに喜んでいたけど私の心境は複雑だった
どうせ他の人の演奏を聞いても惨めになるだけ…
そんな暗い考えと捻くれた感情ばかりが積もったけどただ唯一、松子の演奏だけは気になった
普段学校では目立たない松子がどんな演奏をするのか、それを見て、聞いて、もしかしたら松子と自分を比べて傷つくかもしれないでももしそうなったとしても…
あんな風に自信で満ちた瞳で言った松子のことがもっと知りたくなってしまったんだ
次の日曜日に発表会はあった
発表会といいつつ小さなコンクールみたいな形式で行なわれたそれは何人ものスーツ姿の大人が一人一人の演奏を審査していた
当然、誰の演奏もただ上手くて私のピアノ都は比べ物にならなかった
けど松子が言っていたようにピアノに対する見方を変えるような演奏は一つもなかった
「次で最後…」
十数名にも及ぶ発表会は終りを迎えようとしていた
やっと終わるというのにどこか物足りなさがあった
もしかしたら松子が言っていたようなことを期待していたのかもしれない
結局、私にピアノは向いていないんだとそう思った時だ
今まで観てきた誰よりも完璧な演奏だった
そしてそれ以上に観客を引き込む何かがあった
きっとそれは感情なんだろう、無機質な機械的な演奏ではなくきちんと感情が籠った人間らしい演奏
楽譜通りの音がなっているだけじゃない、鍵盤を叩く強さから音の伸びまでが正確にコントロールされている
歌も歌詞もない曲なのにまるで歌うようなそんな音…
その全部を聞き終わった時、私は…
ピアノの側に立った一人の女の子から目が離せなくなっていた




