第三章 コミュ障陰キャぼっちでもライブはできますか? 第九十節
幼日、今生ノ過
「なんで… なんであんたがそんなこと知ってるの!」
静寂に包まれた店内に響く怒声、それが自分のものだということはすぐに理解できた
幸い私達しか客は居なかった、だからと言って怒鳴っていいわけじゃないけど…
「…ごめん」
「答えになってない」
ただ謝罪の言葉を口にしただけの花音に余計に腹が立った
そもそも私と雅さんが付き合っていたことは同じバンドのメンバー以外知らなかった
知らないはずだったんだ、にもかかわらず花音はそれを知っていた
つまり私と雅さんの関係を花音に話した誰かかがいるわけで…
「誰から聞いたの?」
「…だれからも聞いてない」
「嘘でしょ? 恋?それとも桜?あるいは惠?」
詰め寄るように花音に質問をぶつける
けれど彼女はまるで表情を変えることなく言った
「誰からも聞いてない… 聞かなくても分かったから…」
「は? 言ってる意味が分からないんだけど」
そう言って私は今度こそ席を立って見店の外に出た、これ以上は無駄だとそう思ったから
私が花音と出会ったのは小学校五年生の頃、ピアノ教室でだった
三年生の頃から通い始めた私はいくつかの小さなコンクールで優勝してピアノには自身があった
だから五年生になって始めたばかりの花音が自分には勝てるわけがないと勝手にそう思い込んでいた、それなのに…
花音は私のことなんてすぐに追い越してどんどん上手くなっていった
最初の頃は私も追い越されないように、追いつけるように努力した、花音になくて自分にあるものがなんなのかを考えて表現に取り入れた
けど現実は残酷だ
小学校六年生の春、私ははじめてこの世界のしくみを理解することになる
花音が負けた
それも私にではない、私達より年下の五年生の女の子だった
噂だと親戚が有名なピアニストらしい
才能というものだろうか、私ははじめて努力では追いつけないものがあることを知った
私は天才でも神童でもない、ただの人間なんだとそう突きつけられた気がした
そこに悔しさはなかった
当然だ凡庸な私は負けるべくして負けたんだから
でもただ一つ、どうしても許せないことがある
それは…花音が負けたことを何とも思っていないことだった
「すごいね、あの子…」
きっとその言葉は心からの賞賛だったんだろう
「なに言ってるの?」
「…松子?」
不思議そうにこちらを見つめてくる瞳と目が合った
その瞬間、抱えていた想いが溢れだした
「なんで… なんで負けたのにそんな顔してるの!」
「…あっ」
花音は笑っていた、負けたのにそれも私にじゃない年下で天才で花音と同じくらいピアノが上手な女の子に負けたのに…
凡庸な人間が天才に負けるのとはわけが違うはずなのに…
「花音は悔しくないの? 負けて… それで…」
「でも、私は誰かと競うためにピアノはしてないから…」
「っ… それって私なんかじゃ勝負になってなかったってこと?」
今まで追いかけてきたものに全部否定されたみたいだった
その言葉は私の心を簡単に貫いた
「そんなことっ…」
私の手を掴んで何かを訴えかけている
けどそんな言葉さえ聞こえていない私は花音の手を強引に振りほどいて言った
「絶交する…」
「あっ… ちょっと…」
振り向かずただまっすぐに歩いた、そして
「もう二度と私に関わらないで」
ただ一言、静かに吐き捨てた




