第三章 コミュ障陰キャぼっちでもライブはできますか? 第七十八節
魔女、探偵、魔法使い、そして…
私の人生の分岐点に立つものはいつだって…
病室を飛びだして行く当てもなく彷徨った
それからどこかの角を曲がった所で自販機を見つけて立ち止まる
喉が乾いてたわけじゃないけどとりあえずお茶を買って側にあった椅子に座った
「ほんとうに私って…」
何もできなかった、真凛がバンドを辞めるなんて言った時もピアノが弾けなくなったって打ち明けた時だって何も言えなかった
だから真凛に寄り添おうとしたけどダメだった…
「やっぱり…私なんかには…」
ムリだったのかな…バンドをするなんて
そんな言葉が零れかけたその時だった
「蓬ちゃん?」
ふと自分の名前が呼ばれた気がして顔をあげる
すると目の前には心配そうな顔をした綾乃が立っていた
「綾乃…どうして…ここに?」
「あ、えと… 実は迷子になっちゃって… メイリンちゃんも坂本さん?もいないからうろうろしてんだけど、そしたら蓬ちゃんを見つけたからつい…」
「そう、なんだ…」
力なくつぶやいた声が綾乃に気づかれないように取り繕った
綾乃には心配をかけたくなかったから、真凛のこともバンドのことも私がなんとかしないと…
「もしかして…蓬ちゃんも迷子とか?」
「へ?」
綾乃はその顔に別の色の不安を浮かべながら言った
「あ、いや… 違うけど…」
「そっか、よかったー」
私の言葉を聞いて綾乃は安心したみたいに胸をなでおろして見せる
「この病院、広いでしょ? だから一度迷ったら一生出られないかと思っちゃった」
「そんなことは…ない、と思うけど…」
綾乃の言葉は大げさに言ってるみたいに聞こえたけど本人はいたって真面目らしい
目を背けながら言った私に迷子になってどれぐらい不安だったかを必死に訴えかけてくる
けどその仕草や言動の一つ一つがかわいらしく思えて…
不思議とさっきまでの落ち込んだ気持ちも少しだけ和らいだ
「でも、蓬ちゃんと会えてよかったよ このままだとほんとにミイラになるところだったんだから…」
「う、うん… そう、かもね…」
隣に座った綾乃の言葉にそう呟く
「ところで、蓬ちゃんは大丈夫?」
「…だいじょう…」
「嘘、だよね?」
私が最後まで言い切る前に綾乃は言った、それから隣に座った私の目を見る
まっすぐな朱い相貌が私の目を掴んで離さなかった
まるで御伽噺に出てくる蛇の女神に魅入られたように
「嘘、なんて…」
「蓬ちゃんの大丈夫って言葉が信用できないことぐらい私、知ってるから」
「あ、えと…」
ぐうの音も出ない…昔から家族によく言われた言葉だ
私は頑張り屋でなんでも我慢しようとするからほんとに大変なときに周りが気が付かないってことらしい
私自身はそんなことないって思っていたけど小学生の頃の盲腸とか心臓の発作とか自分が我慢したせいでとんでもないことになった記憶があるからその通りなんだろう
綾乃がどうしてそのことを知ってるのかは分からないけどその言葉は私を逃がしてはくれなかった
「その…」
「真凛のこと?」
「…」
否定してもたぶん嘘だってバレるけど肯定することもできなくて…
しょうがなく沈黙を選択した(それもきっと綾乃に前では無駄だけど)
「やっぱり、そうなんだね…」
「でも、これは私がなんとかしなくちゃいけない問題で…」
「バンドの問題…だよ」
綾乃の朱色の瞳は私を離さなかった
「真凛は私達のバンドメンバーでしょ? だったら、その真凛を助けたいって気持ちは私だって同じだよ」
「だけど…」
言い淀んだ私に綾乃は続ける
「それに私もバンドメンバーなんだから頼ってほしい…」
「あ…」
綾乃が私の手を握った
温かくて優しくて、どこか懐かしい気がする
「バンドなら楽しいことや嬉しいことだけじゃなくて辛いことも苦しいこともちゃんと一緒に背をわせてほしい」
きっとその言葉は私が真凛に言いたくて言えなかった言葉、そして私が誰かから言ってほしかった言葉だった
「綾乃は…すごいね…」
「…」
私はたぶん生まれて初めて自分から人を頼ることにした
「真凛が…そんなことを…」
さすがに真凛の件については綾乃もショックを受けたらしい
「…うん、でも私は真凛にバンドのこともピアノのことも諦めて欲しくなくて… でもなんて言ったらいいのかも分からなくて…」
頭の中で迷路みたいに絡まった気持ちをできるだけ解きながら言葉にした
「そっか… でもさ蓬ちゃん」
「…うん」
綾乃は何かを考え込んだみたいだったけど私のほうを向きなおして言った
「蓬ちゃんは真凛に言いたい言葉、それか気持ち…想い、みたいなものがもう決まってるんじゃんないかな」
「あ、えと…」
胸の奥にあった妙な引っ掛かり…みたいなものが取れる感じがした
けどその引っ掛かりの原因が分からない
「蓬ちゃんは真凛にどうしてほしいの?」
「…バンドもピアノも…やめてほしくない
「ならその気持ちを伝えればいいって私は思う」
たしかにそうだろう、そうかもしれない、きっとそうだ…
けどそれは真凛が自分の中の痛みと向き合うことで、それを強要することは私には…
「もっとわがままになっていいと思うよ」
「あ、えと…」
「真凛に遠慮なんてしないでちゃんと気持ちを伝えるべきだと思う」
綾乃は私の目を離さないまま続けた
「それに真凛もそれを望んでるんだと思う」
「…だとしたらそれは、私じゃなくて綾乃のほうが…」
「蓬ちゃんじゃないとダメ、だと思う…」
なぜかは分からないけど綾乃少しだけ寂しそうに言った
その瞳の映す色に引き込まれそうになる
「……わかった も一回だけ真凛と話してみる…」
綾乃の言葉の中に感じた答えを頼り、私はもう一度だけ真凛と向き合うことを決めた




