第三章 コミュ障陰キャぼっちでもライブはできますか? 第七十七節
突き放す、もう二度と振り返らないように
「……へ?」
直前、真凛の放った言葉の意味は不思議なぐらいすんなりと理解できた
ただその言葉を飲み込みたくないと心の奥が拒絶する
「バンド、辞めるって、どう…いう…」
「そのままの、意味…だよ」
小さくて消えてしまいそうな声、それなのにはっきりと耳の奥から頭の中までその意味が届いた
「どうして…」
「私ね、ピアノ…弾けなくなったんだ」
ピアノが弾けない、これまでの真凛の様子を見ればそれは誰にでも分かることだった
それが真凛にとってどれぐらい辛いことなのか私には分からない
分かったなんて例え慰めでも言ってはいけない
「次のライブはムリでも、真凛ならまた、弾けるように」
「ならないよ!」
「…っ」
真凛は叫けぶようにそう言った
突然の出来事に驚いた私は後ずさりする
「ならないんだよ… もう、私のピアノなんて…だれも、誰かのために弾いてもなんの役にも立たない! 結局自分が傷つくだけ もうイヤなの!」
わなわなと首を横に振りながら真凛は頭を抱えて言った
「ママが言ったの…私がピアノを弾けば成実叔父さんも元気になるって、また頑張ろうって思えるって… それなのに… 叔父さんは、死んじゃって…」
「それって…」
大倉くんから見せてもらったニュースサイトの切り抜きを思い出す
真凛の叔父さん、小林成実さんはもともとうつ病を患っていてそれによる自殺だったと書いてあった
もしその通りならピアニストだった彼を励ますために弾いたピアノで逆に傷つけてしまったと、そう真凛が思っても無理はないと思う…
「でも、真凛のせいじゃ…」
「私のせいだよ… 中学の時もそう、最初からあの子に譲っていれば良かったんだ 私なんかが伴奏をしたから… だからあの子は私を…」
「真凛…」
もしかしたら今、私の目の前にいる真凛が本当の真凛なのかもしれない
明るくて、社交的、なんでもできて完璧な陽キャ
中学の頃、遠目から見ていた彼女と高校に入って同じバンドメンバーとして知り合った彼女私が知っている小林真凛はたったそれだけ、上辺だけしか観ていなかったんだと思う
本当は誰よりも優しくて、繊細で、弱くて…きっと心の弱さだけなら私とそんなに変らないんじゃないかな それなのに私は…
「ごめん…」
彼女の手を握る
「へ?」
「ごめんね… 私、ちゃんと真凛のこと見てなかった、分かったつもりでいただけだった」
真凛の手は冷たい
たぶん私の手もそこまで温かくはないと思う
「真凛の気持ち、なにが辛いとかどうしてつらいとか分かったなんて言えないよ けど、どうしたらいいのか一緒に考えることぐらいなら…」
「もう、ほうっておいてよ!」
繋がれた手を無理やりほどいて真凛は私を突き放した
いつもなら後ろに倒れたかもしれない、きっと盛大にコケて頭を壁か床に打っていた
けど今は違っただって…
だって、真凛の力があんまりにも弱かったから
「ほうっておいててって言ってるの! 私のことなんて… 私なんて…」
「…ごめん」
これ以上、真凛にかける言葉が見つからなかった
これ以上、真凛と話すことが正しいのか分からなかった
ただ力なく私は…
病室を後にした…
病室から走り去る彼女を見つけて彼女の頭には二つの考えが思い浮かんだ
彼女がどうしてそんなことをしたのかなんとなく分かったから
一つは彼女を追いかけてあの子のことなんて気にしなくていいと傷ついた彼女を慰めること
もう一つは…
「まったく… これで二つ目ですからネ」
「この国の言葉で言うならば敵に塩を送る…というやつでしょうカ…」
ため息まじりに彼女は呟いた




