第三章 コミュ障陰キャぼっちでもライブはできますか? 第七十節
租借、嚥下、消化、吸収
音楽祭から一週間が経った
なんの変哲もないいつも通りの朝、私は扉を開いて教室に入った
「……」
それまで聞こえていた話し声が止んで私に視線が集まる
いつもなら私が教室に入っても誰も気にしないのに…
奇妙な静寂に胸騒ぎを覚えつつ、私は何も言わずに自分の席に座った
それからすぐに教室に笑い声や話し声が戻ってきて少しだけ安心する
おかしな所でもあったかな…
そう思った私は鞄から鏡を取り出して自分の姿を映した
寝ぐせや制服に乱れはなかった念のためスカートの裾も確認したけどおかしなところは見つからなかった
自意識過剰、教室が静かになったのはタイミングが悪かっただけなのかな…
そう考えると急に恥ずかしくなってくる…
もうこのことは気のせいってことにして忘れよう…そう思った時だった
「見てよアレ、鏡なんて見て自意識過剰じゃない?」
「ねー ほんとどんだけ自分が好きなんだか…」
私が聞こえるかどうかひそひそと囁くような声が聞こえた
「あの…」
声が聞こえた方向、私の斜め後ろの席に居た二人組に声をかけようとした
けど声をかけたのはいいけどその後の言葉が続かない
「どうかしました?」
「あ、えと… 一時間目って体育だっけ?」
「そうだけど? 体操着でも忘れたの?」
「あ、いえ… すみません…」
そのまま引き下がるわけにもいかなくて適当な質問でその間を埋めた
「なにアレ?」
「さっきの、聞かれたんじゃないの?」
そのまま自分の席に戻る私の背中に声が刺さった
誰かから投げかけられた言葉という名の食事は心という胃を満たす存在だ
けれどちゃんとそれを消化するには言葉の意味を租借(理解)しなくてはいけないしその言葉の味(感情)には好き嫌いがある
この時、私に刺さった言葉はまるで吐瀉物のように嫌悪感を感じるもので、それは無理やり心の中に流し込まれた
その言葉を租借できるわけもなく原型を留めたまま消化してしまう
当然、私はその不快感に耐えられなかった
「はぁ… はぁ…」
教室を飛びだしてトイレに逃げ込んだ
今まで他人から向けられたことのない悪意を受けて私の頭はなにひとつ理解が追いつかなかった
それはまるで突然、普段から食べている食事に毒を盛られるのと同じことだった
「私… なにか悪いことしたかな…」
記憶を巡らせて今までのことを思い出した
あの言葉を放った二人とはほとんど話したことはない
もちろん同じクラスにいるのだから多少の会話はしたことがある
けど友達かと言われると肯定できないぐらいには関りの薄い相手だ
今まで二人から恨みを抱かれるようなことはしていないとはっきり断言できる
それなのに今日になって突然、あんなことを言われるなんて…
普通に生きていたのに突然他人から殺意を持って接しられたような恐怖感…
胸の奥がスッと冷たくなってこんなにも自分は弱かったのかと自覚させられた
「はぁ… はぁ…」
泣き出しそうな思考を必死に押さえつけてなんとか堪える
たった一瞬の出来事なのに頭の中で言葉が何度も巡った
そのたびに零れそうになる涙を押さえて何度も深呼吸する
それでも止まらないふあんと恐怖に苛まれながらその場からチ上がれないでいると朝のHRを告げる予鈴が鳴った
「行かないと…」
このままサボるわけにはいかない…そう自分に言い聞かせてトイレを出た
なんとか教室の前まで来たけどもしもまた…さっきにみたいに鳴ったら…
教室に入った時のあの妙な視線と悪意に満ちた囁きに手が震える
「小林さん? どうかしたの?」
「あっ…」
背後から声をかけられて振り返るそこには担任の先生が立っていた
「どうかした? もうすぐHRだけど」
「…なんでもないです」
先生の顔を見て少しだけ安心した私は教室の扉を開いて中に入った
入る瞬間に思わず足が止まりかけたけどさっきとは違って全員の視線があつまることはなかった
その日はそれ以上の悪意にさらされることはなくて
朝、自分に向けられた言葉や視線はやっぱり気のせいだったのかなとそう思った
けどこの時の私はなにも理解してなかったんだ
このクラスに味方なんて誰もいないことを…




