第三章 コミュ障陰キャぼっちでもライブはできますか? 第六十六⧺66.5節
焦りとは時に人を追い詰める爆弾だ
落ち着きとは時に人を惑わせる果実だ
冷静とは時に人をヒトではない何かに変える思考だ
罪悪感とは
人が罪から逃れるために自らに与える逃げ道だと
かの魔女は呟いた
「ごめんもう一回」
真凛の声で演奏が止まった
「ごめんもう一回」
再開してまもなく再び音が止まった
それからもう一回、もう一回と何度も繰り返した
けれど何度繰り返しても真凛は上手く弾くことができなかった…
ここ数日、ずっとこんな調子だ
真凛の実力なら弾けるはずの曲がまるで弾けていない
それどころかピアノにすら触れなくなってるみたいだった
前回のライブ、その打ち上げの帰り道で大倉くんから聞いた話…
真凛の叔父さんが亡くなってそのせいでピアノが弾けなくなってるんじゃないかって話が頭から離れてくれなかった
ただの推測でしかないけどなんとなくそれが理由なんじゃないかなと思ってしまう
「ねえ、少し休まない?」
「だねー 気分転換も大事だもんな」
綾乃が休憩を提案して天城くんがそれに賛同する
もちろん私もそれに反対する理由はなかったし大倉くんは知らないうちにどこかに行ってしまってた
「大倉くん、どこ行ったんだろ…」
「トイレかそれか下の自販機に飲み物でも買いに行ったかじゃない? 俺もトイレ行きつつエナドリでも買ってくるかな」
不安そうな私に気を遣ってくれたのかあるいは本当に行きたかったのか分からないけど天城くんはそういうと音楽室を後にした
綾乃と真凛、そして私の三人が音楽室に残される
休憩中なのに真凛はピアノから離れることはなくじっと鍵盤を見つめていた
66.5
頭の中では分かっていた
リズムも次に叩く鍵盤も黒鍵か白鍵かクレッシェンドなのかデクレッシェンドなのかも
譜面は頭の中に入っている
ドレミの音階、CなのかBなのかコードの種類と進行さえ
そうこんなのは私にとって『あたりまえ』のことなんだ
(『あたりまえ』ってなんだっけ?)
できることが当然でやればやっただけ成果がでる
今までだってそうだった
私が弾いたピアノでみんなが笑顔になった
ママもパパもそれから
(でもおじさんは笑わなかった)
それからクラスのみんなも喜んでくれた
(だって他にピアノが弾ける他人なんていなかったからいたとしても私の前ではそんなこと言えなかったから)
だからあんな風に恨まれた
ピアノが楽しかった、好きだった
(でも今は違う)
ピアノを褒められて嬉しかった
(あの子が殺したようなものだな)
頭が痛い
「…ん …りん …真凛? 大丈夫?」
「あ、ああ うん」
視線を上げると不安そうにこちらを覗き込む顔があった
綺麗な黒髪と整った容姿、宝石みたいな瞳と花のような佇まいは大和撫子といった感じで
(私とはまるで正反対だ)
綾乃に対してそんな曖昧な返事をした
(頭が痛い/身体が熱い)
「顔色悪いけど今日はもうやめにする?」
「大丈夫だから… もとから生理痛重いほうだしたぶん今回もソレ…」
なんとかそれらしい言い訳をしてみせる
(自分でもなにを言ってるのか分からない…)
「でも…」
「大丈夫…」
頭痛は酷くなる一方だけど時間がない
とにかく今は練習をしないと、ちゃんと弾かないと
(なんのために?)
「それ…は」
もう一人の自分に言い返そうとしたら現実との区別がつかなくなった
アタマガイタイ
「真凛!? 真凛!? りん!? ん!?」
誰かの叫び声だけが聞こえる視界はもうない
そして消えかけた意識はやがて記憶の中に誘われる…




