第三章 コミュ障陰キャぼっちでもライブはできますか? 第六十一節
キミはあの時のことを覚えているだろうか?
「やっぱりユゥさんてあの楠五月だったの!?」
「てことはお母さんはあの楠杏奈!?」
教室中から歓声が上がった
メイリンちゃんを取り囲むように人だかりができて姿が見えなくなっている
「えっと… これは…」
「蓬ちゃんは知らない? 楠五月、モデルでたまに海外の映画とかにも出てた…」
「ごめん、ちょっとよく知らない…かな」
綾乃もメイリンちゃんが何者なのか分かっているようだったけど私にはピンとこなかった
たいしてファッション誌を見たことがないし海外の映画も見ないからだろう
「そんなよもちに説明してあげよう!」
「わっ 宇佐美さん!?」
突然背後から声をかけられて驚いた
振り返ると宇佐美さんが立っていた、その隣には腕を組んだ佐藤さんまでいる
「楠五月、日本人で知らない人はいない大女優である楠杏奈の娘 上海を中心に子役として活動していて世界的なファッションショーや映画、ドラマへの出演 最近だとアイドルグループのオーデイションにも参加して最終選考まで行ったもののそれを辞退 ちなみに父親は世界的に有名な物流企業であるA&ZのCEOであのショッピングサイト、ユニゾンの創設者でもある」
まるでウィキペディアの説明文みいたいな口調で佐藤さんが早口に話した
「もう それあーしが話そうとしてたことじゃん!」
「だってあんたに喋らせたら一々話しが脱線するじゃん」
自分のセリフを盗られた宇佐美さんはそうだけど…と呟きながらふてくされている
そんな彼女をよそに佐藤さんが私に視線を向けた
「それで蓬ちゃんはほんとに知らないの? あの子のこと」
「あ、はい… その、A&Zなら知ってるんだけど…」
メイリンちゃんとリムジンに乗った時に車体の下のほうに小さいけれど会社のロゴが印刷されているのが見えた
もしかしたらメイリンちゃんと関係があるのかもとは思ったけどほんとに関係があったなんて…
それもお父さんがCEO…
「ちなみにあの子が出た映画だと去年やってたカントリー・コードとかがあるけどそれも知らない?」
「あ、うん… すみません…」
宇佐美さんが言ったのは去年公開されたミステリー映画だ
ミステリーと本格ホラーをかけ合わせた物語らしく日本でもかなり話題になっていたけどちなみにホラーが苦手な私はまだ観ていない
「あとは… あー一応なんかのアニメで声優やってなかったけ?」
「そういえばそうだったような… なんてアニメだっけ?」
アニメなら分かるかもと思ったけど肝心のタイトルが分からなかった
宇佐美さんと佐藤さんはどちらも思い出せないようだった
するとまたしても背後から声がした
宇佐美さんでも佐藤さんでも近くにいた綾乃ですらない声はたった一言
「クライマギナ」 とだけ告げた
「真凛!?」
驚いた顔で宇佐美さんが叫ぶ
真凛は近づくと私に耳打ちするように言った
「クライマギナのナズナ・キララ」
「あっ」
唯一その役名だけは私にもわかった
クライマギナは深夜帯に放送されていたロボットアニメでそれまでのロボットアニメとは違って細かい心理描写や恋愛描写が注目を集め裏の覇権とまで言われたアニメだ
かくいう私も従来の戦争描写中心の作風に今時の恋愛描写とキャラデザを上手く取り入れる手法に惹かれて夜な夜なリアタイしていたほどだ
真凛が言ったナズナ・キララは一話だけ主人公のライバルキャラの恋人として登場したキャラクターだけどその悲惨な生い立ちと恋人の身代わりに死んでしまうというベタな展開と設定から高い人気を誇っていた
「なになになんの話?」
迫ってきた宇佐美さんを片手で制し真凛は言った
「別に さっき言ってたアニメの名前を言っただけだけど?」
「ふーん てか真凛目の下のクマやばくない?」
「ほんとだー てかなんかメイクも雑くね?」
真凛の顔を見た二人が心配そうに口にした
真凛はそれを大丈夫だからとだけ言って再び私のほうに振り向いた
「あの… 真凛…」
あの時のこと、なんて言ったらいいのかわからくて戸惑っていたら真凛は
「とりあえず、なんともなさそうでよかった」
「心配かけてごめん」
「…もう、ダイジョウブだから…」
力なく笑った彼女の呟きと同時に朝のHRの始まりを告げる予鈴がなった




