-月日が傷を癒すはず- Part 19
分厚い瓦礫へと背中を押し付けながら、ルフトジウムは荒い呼吸を繰り返す。崩れた壁面の向う側では未だ銃声が断続的に響き、鉄板に叩き込まれたエネルギー弾が火花を散らしている。飛び散る破片が頬を掠め、コンクリートの粉が口の中へと入り込む。拘束ロープによって背中側へと固定された腕が痺れ、ルフトジウムは苛立ちと一緒に口の中の破片を吐き捨てた。
「っ、はぁ……。
クソ……!」
少しでも頭を出せば即座に銃弾が飛んでくる。特殊部隊の連中は全く焦っていない。瓦礫越しに放たれる射撃は牽制などではなく、獲物を追い詰めるための圧力だった。逃げ道を防ぎ、呼吸を乱し、判断力を削る…。彼女が汗って飛び出す瞬間を連中は待っている。
「ルフトジウムさん、マジでどうしましょう……」
隣でカンダロが小さく震えている。真っ青な顔面には脂汗が浮かび、その頬には粉塵が張り付いている。綺麗にしていたシャツもすっかり汚れてしまっていた。彼は拘束具を付けられた手で拳銃を握ってはいたが、その震える銃口ではまともに敵を倒すこと等出来ないだろう。
「……参ったな、ほんと。
“AGS”本社に連絡とかしても……まぁ、意味はねえよな」
「はい……。
むしろ虚偽報告として僕達の立場がヤバくなる可能性しかありません……」
「何とかしてみる」
「何とか……って……!?
いや、何とも出来ないんじゃ――」
次の瞬間、瓦礫の角が弾け飛んだ。コンクリート片がカンダロの頬を掠める。
「ひっ!?」
小さな悲鳴を上げたカンダロの頭をルフトジウムは咄嗟に抑え込んだ。
「静かにしてろ。
舌噛むぞ」
「す、すいません……」
「お前の事まで気遣ってる暇ねえんだよ、こっちは」
吐き捨てるように返しつつ、ルフトジウムは反射でカナシタの言動を伺った。彼は応急手当を受けていた。ハルサが食い破った皮膚からの出血を止める為に包帯が何重にもまかれている。そしてその後ろではカナシタを噛んだハルサが運ばれていた。銀灰色の長い髪の毛を垂らし、力なく揺れる尻尾。右だけ生えている翼が淡い光を残したまま静止していた。彼女はそのままドローンの下へと引きずるように連れていかれる。
「俺達の死体は見るまでもないって事かよ。
あの野郎……全部かっさらっていくつもりだな」
上空から降下してきたドローンの下部ハッチが開き、内部の輸送スペースが露わになる。風圧で粉塵が流れる中、ロープに繋がれたハルサがその中へと押し込まれて行く。
「おい、少しは丁寧に扱え。
そいつはなんせ“特注品”だぞ」
カナシタの声が響く。ルフトジウムの顔に青筋が浮く。ハルサはぐったりとして動かない。
連れていかれる――。
「どうするんですか……?」
「どうするか聞いてばかりじゃなくて、少しはお前も考えろ!
何とかするしかねぇだろうが!」
そう毒づきつつルフトジウムは視線を巡らせる。少し離れた床の上、崩れた鉄骨の脇にデバウアーが転がっていた。粉塵にまみれ、瓦礫を少し被っていたがあれぐらいなら簡単に引っ張り出せるだろう。距離にして十メートルも無いが、その間には何本もの射線が走っていた。
「まさかあれ取りに行くつもりですか?
自殺ですよ!?」
ルフトジウムは瓦礫影から半身を乗り出した。瞬間、敵の銃口がこちらを向く。再び身を引いた瞬間、先程まで頭があった場所へ無数の弾丸が叩き込まれた。
「ちっ……!」
「無茶ですって!」
連中からしたらどれだけ時間を使おうがかまわないのだろう。時間がないのはこちらの方。彼らは焦って行動するのを虎視眈々と狙っているのだ。ルフトジウムは呼吸を整えつつデバウアーの位置をもう一度把握し、その周辺の状況を呑み込んでいく。
「カンダロ、下手に動くなよお前」
「え?」
ルフトジウムは次の瞬間には影から飛び出していた。筋肉が一気に膨張し、床を蹴った脚がコンクリートを砕く。兵士達の銃口が追従するよりも早く、白い影が低く滑っていく。背後を裂く様に弾丸が走る。火花が散る。十メートルという距離が長く感じる。デバウアーが目の前に来る。腕を伸ばす。
「ッ……!」
滑り込むようにして柄を掴み、その勢いのまま瓦礫の裏へと身体を投げ込んだ。床にいくつもの弾痕が並び、瓦礫が抉れていく。
「はっ、はっ、はっ……!」
肺から熱を孕んだ空気が抜けていく。一瞬だけ全身から力が抜け、ルフトジウムは背中を瓦礫に付けて大きく何度も呼吸を繰り返す。この一瞬でかなりの体力を消耗した、だが希望は掴んだ。ルフトジウムは片手でデバウアーを固定し、もう片方の拘束具へと刃を差し込んだ。本来ならデバウアーの持つ熱で拘束具は簡単に切れるはずだったが、電源が落ち、刃の熱が冷めてしまっている今、中々切れない。しかもこの拘束具、おそらく特殊繊維と金属線が何層にも編み込まれているのか、拘束具は異様に堅い。普通の刃なら欠ける。しかし熱が無いとはいえデバウアーの刃先は食い込み、少しづつ繊維を裂いていた。
「急いでください!」
「言われなくてもわーってる!!」
弾丸の嵐は止まらない。そのままルフトジウム達が隠れている瓦礫を削り取っていくつもりなのだろう。破片が頭へと降り注ぐ。ルフトジウムは体を丸めながら拘束具へと力を込める。腕の筋肉が軋む。薄くなった瓦礫を銃弾が貫通し、ルフトジウムのスーツを掠める。ルフトジウムは額に汗を浮かべながらありったけの力を込める。そして、バチンという音と共に拘束具が千切れた。
「っしゃ!!」
解放された腕を振り、血液を戻す。血流が止まり、冷たくなっていた腕が熱を帯びていく。ルフトジウムはデバウアーを構え、銃弾からの盾にしつつカンダロの元へ戻るとすぐさま彼の拘束具へと刃をぶち込んだ。
「うわ、危ないですよ!!?!?
もう腕!そこは腕!!」
「黙ってろ!!」
無事にカンダロの拘束具が解ける。慌てて身を起こしたカンダロとルフトジウムは体勢を整えお互いの背中を預け合う。その時、兵士達の動きが変わる。じわじわと進んでいた包囲網が狭まり始める。唯一の逃げ場となる脱出口の方には特に多い人数が配置されている。ルフトジウムはデバウアーの銃口を敵へと向け引き金を引く。しかし、銃弾は当たらない。
「当たってません!!」
「わーってるよ!
うるせぇな!!」
もう飛び出すしかない。ルフトジウムは覚悟を決めた目で、拳銃を撃つカンダロの肩を叩いた。
「カンダロ、いいか。
振り返るなよ。
俺が道を作るから、お前は先へと行くんだ」
「!?
でもそれって――」
「死ぬつもりはねえよ。
でもここで二人してくたばるつもりもねぇ」
「…………」
カンダロの拳銃で敵の一人が負傷する。包囲網に穴が出来るかと思いきや、全くその気は無い。ルフトジウムはデバウアーの残弾を確認し、刃の温度が上がってきていることを確認する。デバウアーの力を持って二、三人を片付ける。そしてカンダロだけでもここから――。
「いいか、俺が合図する。
お前は躊躇わず、振り向かず前へ進むんだ。
いいな?」
「――分かりました」
「じゃあ、いくぞ。
三、二、一……」
カンダロが走り出そうとしたその時だった。ハルサの体がピクリと震えた。彼女はうっすらと目を開ける。そして背中から突き出していた翼の光が脈動した。
-月日が傷を癒すはず- Part 19 End




