-月日が傷を癒すはず- Part 20
突然、包囲していた兵士達の動きが止まる。銃撃が止み、訓練された連中が一斉に同じ方向を見る。ルフトジウムは瓦礫の影から割れたガラスの反射を利用して様子を伺っていたのだが、その光景はかなり異常だった。思わず動きを止めたルフトジウムの耳に兵士の一人が短く叫んだ声が聞こえる。
「待て!
反応値が――!」
彼の声は最後まで続かなかった。空間が青白く染まったためだ。ドローンへと運ばれていったハルサの背中の皮膚や服を突き破って伸びる片翼が展開を始めていた。羽ばたくには向いていない翼の表面と隙間に穿たれた無数の穴に光が滞留し、穴の中央部には白色矮星の様に輝く密度の高い青白い光が溢れ出している。まるで圧縮され続けている何かが限界を迎え、内側から次元を捻じ曲げて零れだしているようだった。兵士達は一斉に後退を始める。それらは統率された撤退ではない。生存本能から来る明確な恐怖に突き動かされているような―…。
「シュバイアルル検知!
汚染濃度急上昇!」
警告が飛ぶ。ハルサは俯き、だらりとその身を床に落とし続けている。彼女に意識があるのかどうかなんてもうルフトジウムには分からない。ただ、彼女の唇がルフトジウムの名前を呼んだ気がした。
「ハルサ――!」
ルフトジウムが光で押し潰されそうになりながらも彼女の名前を呼ぶ。そして翼に開いた虚無の孔からは光が一気に拡散した。それは炎や熱線ではない。光そのものが空間を浸食しているような異様ともいえる広がり方だった。床に降り積もっていた粉塵が空気中へと舞い上がり、腐った黒い汚水が沸騰するように泡立つ。
「下がれ!
接触するな!」
隊長格の男が叫ぶ。圧縮された膨大なエネルギーは制御を失ったまま空間へと吐き出され、飛行ドローンの周囲を飲み込んでいく。空気が膨大な熱で歪み、景色と空間に亀裂が入る。
「撤退!
てった――!]
直撃を受けた兵士の上半身が一瞬遅れて崩れた。溶けたという生半可な物ではない。“消滅”だ。三ヶ月前に街を消し飛ばしたものと同じ光がこの狭い空間に放たれていた。兵士達の装甲は簡単に押し潰され、肉も骨も、銃も区別なく圧縮されて原子ごと分解されていく。腕から先が消えた兵士は何が起きたか理解するよりも早く膝をつき、床へと飛び散った血液が蒸発して白い煙となって舞い上がる。
「なっ――!?」
誰かが叫んでいたが、その悲鳴すら直ぐに途切れた。光が上半身の半分を消失させる。兵士達が一斉に引き金を引き、ハルサを鎮圧しようとしたが無駄だった。エネルギー弾はハルサに届く前に光に飲み込まれていく。
「撃て!
奴を殺せ!」
隊長格の男が怒鳴る。しかし、瞬きするよりも早くその男の胴体は消えていた。奔流が横薙ぎに走る。残った下半身だけが床へと崩れ落ちる。断面からは内臓が丸見えとなり、噴水の様に血が迸っていた。
地獄の窯が蓋を開けたようだった。
ドローンの特殊合金の装甲版が光へと触れた瞬間、機体そのものが削り取られていく、分厚い装甲版が剥離、霧散し、内部フレームが露出した。エンジンがエネルギーに耐えきれずに崩壊し、赤熱した金属片が周囲へと飛び散る。それでも光は止まらない。まるでルフトジウムを守るかのように走る光が、ルフトジウムの障害全てを処理しているようだった。いくらでも見て来た戦場の中でもこの光景は強烈だった。生き物が生き物を殺しているようには見えない。創造主が不要になったおもちゃを片付けているような、そんな一方的な虐殺は周囲へと淡い水色の粒子をまき散らして終焉を迎えた。
「カンダロ!
無事か!?」
「は、はい!」
ルフトジウムとカンダロは瓦礫の裏にいたから辛うじて“光”の直撃を避けることが出来た。瓦礫から顔を出したルフトジウムの前に水色の粒子がゆらりと落ちてくる。粉塵の様に舞うそれは床や瓦礫に付着する。それを認識した瞬間、ルフトジウムは兵士達の遺体に駆け寄りマスクを二つ奪い取ると、一つをカンダロに向かって投げつけた。
「すぐにそのマスクしろ!
そんで、粒子に絶対触るなよ!」
「分かってます!!」
青ざめながらカンダロは答える。“遺跡”を由来とした汚染物質。触れても即死するわけではない。しかし、汚染物質は確実に神経を焼き、細胞を侵し、骨髄を腐らせる。毒、とはっきり言える。
既に包囲戦は崩壊していた。先程の光の一撃はその場にいたカナシタお抱えの特殊部隊の九割を削り切っていた。あちこちに落ちている兵士たちの一部分はまだ生々しく動いており、自らが死んだことを理解できていないようだった。エンジンをやられたドローンが傾いていたが、予備エンジンを備えている為か墜落には至っていない。剥がれた装甲版や死体だらけの中心でハルサは一匹、立っていた。立っているというより、かろうじて崩れていないという方が正しいだろうか。細い脚は震え、焦点があっていない目は虚空を見つめている。右の翼の展開が進み、無数の孔からは光が漏れ続けている。
「なんなんですかアレ…。
あんなのもう獣人って言えないですよ……」
カンダロがマスクを押さえて呻く。ルフトジウムもシュバイアルルを吸い込まないようマスクを付け、ガラスの代わりにデバウアーの刃の反射を使って現状を把握する。残された残存部隊が状況の整理と負傷者の救護の為に一斉に後退を始める中、カナシタだけが立ち止まっていた。包帯をたなびかせながら彼はハルサを睨みつけていた。瞳には嫌悪感と恐怖、そして好奇心が混ざっていた。
「……何が“天使”だ」
カナシタが低く吐き捨てる。
「この“化け物”め……」
カナシタはそういってハルサへと近づいていく。周囲の兵士たちが思わず彼を制止しようとするが、カナシタは片手を上げて黙らせた。カナシタはそのまま一気にハルサの元へと近づくとコートの内側へと手を差し込み、銀色の注射器を取り出した。内部には黒い薬液が満たされていた。
「本当に手間を掛けさせる……」
ルフトジウムは咄嗟に瓦礫から飛び出すと、デバウアーの銃口をカナシタに向けて叫んだ。
「やめろ!!!」
だが、もう遅い。彼はハルサの首元へと注射器を突き立てていた。薬液が圧力によって彼女の体の中へと一気に押し込まれていく。右翼の光が一瞬だけ強くなり、兵士達は咄嗟に身を引く。しかしながら、もう暴走は起こらなかった。彼女の体から力が抜けていく。
「ハルサ!」
ハルサの瞳が微かに動いた気がした。その真相が明らかになるよりも前に彼女の意識は完全に途切れ、前のめりに崩れた。兵士達が慌ててそれを支える。
「急げ。
さっさと積み込んでここを離脱しろ」
カナシタの指示と同時に残っていた兵士達が動き出す。拘束具を取り付け、気絶したハルサを乱暴に抱え上げ、半壊したドローンの中へと運び入れる。
「てめぇ!
ふざけんな!!
さっさとハルサを返しやがれ!!」
ルフトジウムが瓦礫を蹴り飛ばしながらデバウアーを握りしめて、一直線にドローンへと突っ込もうとする。
「全く……低能の相手をするのも疲れるね」
カナシタは注射器をその場に捨てると指を鳴らした。裂けた天井の向う側で新たな影が動く。重々しい機械音と、エンジン音を奏でながら巨大な機体がゆっくりと降下してくる。環境汚染物質のシュバイアルルが風の影響を受け、壁へと飛んでいく。現れたのは今目の前に浮いている武装を施した輸送を兼ねたドローンの上位互換、戦闘用ドローンだ。
「君の相手は私ではない。
“AGSの断頭台”……ここが貴女の最後の地になります」
赤いセンサーの光が空間を走査し、即座にルフトジウムを補足する。ルフトジウムはデバウアーを握りしめ、構えながら失笑する。
「……何が面白い?」
「いや、バカだなって。
お前、本当にこんなおもちゃで俺を止めれると思ってんのか?」
-月日が傷を癒すはず- Part 20 End




