-月日が傷を癒すはず- Part 18
「お前、初めから俺達を処分するつもりで――」
「まあ、そうですね。
けれど、少し黙っていてもらえませんか?
私達は感動の“再会”なんですから」
カナシタはゆっくりとハルサの前へと歩み寄る。周囲を取り囲む特殊部隊の兵士達は一切口を開かずに、無機質な装甲越しにこの状況を眺め続けているだけだった。
「さて……。
ようやく会えましたね、ハルサ」
カナシタは瓦礫を踏み越える。磨き上げられた革靴が腐った水と苔にまみれた床を汚らわしそうに踏みしめる度に湿った音が小さく響く。光量が落とされたドローンの探照灯が一人と一匹を映し出し、裂けた天井から吹き込む夜風が粉塵を流していく。ハルサは顔を上げきれず、視線を彷徨わせている。
「久しぶりですねぇ。
少し痩せたみたいですが、ちゃんとご飯は食べているんですか?」
カナシタは穏やかに笑う。しかしその笑みには懐かしさも慈しみも一切含まれていなかった。檻の中で暴れる獣を眺めている研究者のような、薄気味悪い観察欲だけが滲んでいる。ハルサの視線が泳ぎ、耳が伏せられていく。
「避けられてるぞ、おっさん。
相手が怯えてるのが分からねーほどエゴイストなのか?」
ルフトジウムが嘲笑する。刹那、過ぎた口を効いた罰の様に背後から拘束ロープが強く引かれ、焼けた方に激痛が走った。奥歯を噛みしめ、唸るルフトジウムを一瞥したカナシタは再びハルサへと目を戻す。ハルサはルフトジウムの肩を見て申し訳なさそうに唇を舐める。
「おやおや、怖がらないでください。
私はずっと貴女に会いたかったのですから。
まさか、本当に“完成”しているなんて…ねぇ」
「………」
「マキミさんもさぞ喜んだことでしょう。
自分の研究生命の九十九パーセントを注ぎ込んだんですから。
まあ、もっとも――」
カナシタはわざとらしくそこで言葉を切る。
「もう死んでますけどね」
「うぅ……!」
ハルサの瞳が大きく揺れる。息が荒くなり、肩が上下する。カナシタはその反応を見て口元を僅かに歪める。
「しかし、こうしてまた顔を合わせることが出来るとは。
いやはや、実に、実に感動的だ…。
そうでしょう?」
カナシタはそういってハルサの頬へと手を伸ばす。まるで出来のいい伝統工芸品を手に取るような手つき。その瞬間だった。
「――ッ!」
ハルサが顔を上げる。そして狼の長く太い牙が、革の手袋ごとカナシタの手へと深々と食い込んだ。血が飛び散り、革手袋の隙間から赤黒い液体がぽたりと床へと落ちた。兵士達が一斉に銃口を向ける。ハルサは必死に噛み続け、獣じみた低い唸り声を発している。カンダロが息を飲み、ルフトジウムは目を見開いてその様子を見ていた。
「このっ――!」
カナシタの顔から笑みが引きはがされる。そして鈍い音と共にハルサの小さな体が横へと吹き飛んだ。カナシタの持つ杖がハルサの頭蓋へと一撃を加えたのだ。
「がっ…!?」
床を転がったハルサはそのまま床に崩れ落ちる。
「ハルサ!」
カナシタは噛まれた手を見下ろす。深々と刺さった牙の奥では皮膚がえぐれ、肉が千切れているのだろう。ポタリ、ポタリとかなりの量の血が滴っている。
「……本当に躾がなっていない」
先程までの穏やかな声色は消えていた。彼は杖の先端をハルサの頭蓋に突き立て、血を振り払うように手を振る。倒れて動けないハルサを冷たく見下ろす。
「“飼い主”と同じで強情な奴だ。
そんなだから僕に殺されたんだぞ」
「――!」
ハルサの瞳がまた揺れた。瞳孔が広がる。
「な………に……?」
カナシタはため息を混ぜて肩をすくめた。
「そんなに大きな耳があるというのに聞こえませんでしたか。
不便な生き物ですね、全く」
息が上がっていたのはハルサだけではなかった。ルフトジウムはふと気が付く。カンダロもだった。カナシタがハルサにだけ気を向けているため気がついてないが、彼もかなり動揺しているように見受けられる。
「どうして……」
ハルサは消えるような声でカナシタに言葉を投げかける。
「あの男は“遺跡”に関しての知識は素晴らしかったですよ。
ですが、人の心というものには最後まで疎かった。
尊敬なんてものは、一歩踏み外せば憎悪に変わる。
それもかなり質の悪い憎悪に。
……まぁ、そういう事ですよ」
ハルサの頭蓋から杖を引き、部下に合図してその小さな体を引きずり起こさせる。ハルサが連れていかれる……そんな様子をルフトジウムとカンダロはただ見ている事しか出来なかった。
「あの…。
僕達に何があったのか…聞かせてもらうっていうのは……?
冥土の土産にもなりますし、その……」
「バカ野郎!
黙ってろお前!!」
空気を読まずに恐る恐るカンダロが尋ねる。ルフトジウムは拘束されていなかったらカンダロの頭を叩いてただろう。感情を逆撫でするような質問をされた当の本人であるカナシタは、無表情でカンダロに強い口調で言い返す。
「言うわけないでしょう。
マキミの血を引いた子に。
君のその遠慮のなさ、本当にマキミの血を感じて苛立ちますよ。
くだらない茶番で、時間を無駄にしないでもらえますか?」
カナシタの言葉が終わった瞬間、兵士達のゴーグルに取り付けられていた赤色灯が一斉に点灯した。円柱内に赤い光がいくつも浮かび上がり、まるで獣の目がこちらを睨みつけているような光景を作り出す。二十を超える銃口がさっ、と持ち上がりその全てがルフトジウムとカンダロへと向けられた。
「お前、本当に要らない事してくれたな」
呆れたルフトジウムは天井を仰ぐしかない。
「カナシタさん!?
ちょっと待ってください!
僕達は誰にも喋りません!
だから――」
「頭ではそう理解していても、人間の口は聞かれれば答えてしまうものです。
強自白剤を打たれたり、脳に電極を差されたりしても貴方は情報を漏らさないことが出来ますか?」
「それは――」
カンダロが言い澱む。カナシタは首を小さく振って人差し指を軽く二度曲げた。一瞬にして空気が殺気を孕む。ルフトジウムの背筋に冷たいものが走った。訓練でも実戦でも何度も味わった嫌な感覚……あいつらは本気で撃つつもりのようだ。
「では、“処分”を開始してください」
カナシタは淡々と、不要になった備品を破棄するかのように言った。次の瞬間、何が起こるかを想定していたルフトジウムは反射で動いていた。いくつもの発砲音が鳴り響く。
「っクソ!」
リミッターを解除し、ルフトジウムは両腕を拘束されたまま体を捻る。近くの崩落した壁面へと飛び込んだ。直後に、先程までいた場所へ無数の弾丸が叩き込まれる。分厚い鉄板がひしゃげ、コンクリートが爆ぜる。
「うわぁっ!?」
カンダロが悲鳴を上げながら転がる。ルフトジウムはその襟首を乱暴につかみ、無理やり瓦礫の陰へと彼を押し込んだ。
「死にたくなけりゃ伏せてろ!」
-月日が傷を癒すはず- Part 18 End




