-月日が傷を癒すはず- Part 17
「お疲れ様です、カンダロ君」
「お、お疲れ様です」
隊長格の兵士達が左右へと別れ、道を作る。重装甲の兵士達の隙間から現れた男はこんな地下施設の空気とは縁のない存在だった。磨き上げられた革靴には泥が一つも付着しておらず、灰色のロングコートは糊が効いていて埃すら拒絶するかのように整えられている。手には黒色の革手袋を付けていて、チタンで出来た杖を持っていた。裂けた天井から差し込む青白い光が、頭上で束ねられた長い髪と細い輪郭を浮かびあがらせる。潔癖症の片鱗を匂わせるような彼の姿を赤の他人とは見間違えようがない。
「どうしてここに…?」
「どうして、とは?」
カナシタは首をわずかに傾けた。カンダロは緊張したように背筋を伸ばす。
「私は企業人ですよ。
利益が出るからここにいる。
それだけの話です」
「利益…?」
「ええ。
いやはや…しかし何とも酷い場所ですね。
臭いも酷い。
後ほど、この区画は焼却処分ですね。
住民ごと一括で。
隊長、この仕事が終わったらお願いしますよ」
隊長格の兵士は銃を鳴らして頷いた。カナシタは崩れた床や、そこら中に散乱している死骸を見回して眉を小さく顰める。鼻先へと軽く指を添え、空気を避けるような仕草をする。少し膨らんだそのポケットの中にはエネルギー銃と、獣人に向かって吹き付ける小瓶に入った消臭剤が入っているのだろう。
「つまり、その…。
一体、どういうことでしょうか…?」
理解できないという口調でカンダロが一歩前へ出ようとする。しかし彼の行動は直ぐに銃身によって制されてしまう。カナシタはそれを見ても特に反応するわけではなく、部下から差し出された端末へと視線を落とし、しばらく文章を目で追いかける。
「カンダロ君。
お仕事、ご苦労様でした。
無事にテロに“容疑者”を発見できたわけですね。
お見事です」
「………はぁ。
しかしまだ、彼女が“容疑者”だと決まったわけでは――」
カンダロは気が抜けたような声で返事をしてハルサを見る。ルフトジウムは視線を上げてカナシタを睨みつけた。カナシタはすかさずポケットから消臭剤を取り出し、ルフトジウムの顔面を目掛けて三プッシュする。
「わっぷ!?
てめぇ!!」
霧状になった薬品が鼻と口へと入り込み、舌の奥に苦みと痺れを張り付かせる。
「全く、口が悪い。
私は貴女の上司なんですよ?」
カナシタはルフトジウムの顔を見下ろし、口を歪めて笑う。カンダロはそんなカナシタとルフトジウムの間に立つ。
「余り獣人を虐めるのは査定に響くかと……」
「虐めていませんよ。
これは教育です。
まあ、そんなことはどうでもよろしい」
「ぺっ、ぺっ、くそっ!」
唾を吐き捨てるルフトジウム。カナシタはコートの襟を直すとハルサをジロジロと眺めた。
「正直、半信半疑だったんですよ。
まさか本当に完成していたとは。
ですが、ルフトジウムにカンダロ。
貴方達なら正直辿り着けると思っていました」
「…といいますと?」
カナシタは薄い笑みを浮かべながらルフトジウムとカンダロを見る。
「この脳筋が“大鎌の獣人”に好意を持っていることは知っていました。
その執着心をもってすれば必ず見つけ出すだろうと計算していました。
貴女は、“大鎌の獣人”のことになると周りが見えなくなりますから」
「…………」
「だから今回の任務に実に最適でしたよ。
執着というものは実に便利なものです。
体が機械になるのが珍しくないこの世の中でも不変の物として残る。
そしてその感情は人間でも獣人でも変わらない」
ルフトジウムの喉奥で低い唸り声が漏れ出た。
「アンタ…最初から俺達を使ったのか」
「“使った”…そりゃそうでしょうよ。
お前は“AGS”の“備品”。
ゴミを吸い取るのに掃除機を使うでしょう?
それと同じことですよ」
獣人に人権は無い。カナシタの言うことは正論だ。ルフトジウムが拳を握りしめた瞬間、後ろから高速ロープが強く惹かれる。腕と肩の筋肉が引っ張られ、傷が痛む。
「さては最初から全部知っていて――!」
拘束具が擦れ、ギチギチと呻く。兵士達が一斉に銃口をルフトジウムへと向けた。いつでも撃てるだろう。
「おっとっと。
そう暴れるなよ、ゴミの分際で。
しかし期待以上でしたよ。
危険地帯へと潜り込み、“天使級”を発見した。
流石は“AGSの断頭台”……優秀ですね」
「そいつは、どうも」
ルフトジウムはそういうとハルサを見つめる。彼女は動かない。兵士達の間で固まっているだけだった。カンダロはまだいまいち状況を呑み込めていないらしい。
「その、カナシタさんは……“AGS”所属でしたよね?
どうして“ドロフスキー産業”のドローンから…?」
ドローンから吹き下ろされる風がコートの裾を揺らす。カナシタは少し目を細め、それから小さく肩を竦めた。
「私は私の思う通りに動いただけですよ。
さっきもいいましたよね?
企業というものは利益を追求してなんぼです。
そして私もまたその中で利益が出る方へと舵を切った。
ただそれだけの話ですよ」
「そんな…。
じゃあ――」
「そもそも特定の企業に対して忠誠心を持ったことはありません。
ただ、あそこは便利でした。
予算も、設備も豊富でした。
“大野田重工”の社風は案外私に合っていたかもしれませんね」
話を続けようとするカナシタだったが、ルフトジウムは続きをばっさりと切り捨てる。おっさん一人の身の上話などどうでもいい。
「つまり俺達の任務はこれで終わり…でいいんだよな?
それなら、帰路に就きたいから俺の拘束を解いてくれると助かるんだが…」
それが気に食わなかったのだろうか。カナシタはルフトジウムの肩を杖で強く、雑に突いた。。
「私には敬語で話せよ、ゴミクズ。
ルフトジウム、お前は頭が悪いですね。
しかし、使い勝手はそう悪いものではありませんでした。
惜しい、それだけに惜しい…。
本当に、本当に惜しいですね」
カナシタは淡々という。既に言葉には怒気は無かった。本当に壊れた洗濯機や冷蔵庫を捨てるような、その程度の感情しか見えなかった。……嫌な予感がする。ルフトジウムの背中を悪寒が走った。
「カンダロ君も災難ですね。
貴方もかなり優秀でしたから…本来は見逃したい所でした。
いやはや、惜しい……」
「……なんですって?」
カンダロの顔からそっと血の気が引いた。
「流石に深く知られすぎましたね。
情報漏洩はもっとも避けたいリスクの一つですから」
「ま、待ってください。
僕達は企業間協定に従って――」
「企業間協定?
そんな物、この都市では株価よりも軽いでしょう。
それとも君、本気で会社が社員を守ると思っていたんですか?」
「…………」
「安心してください。
貴方達が苦しまないように配慮します。
この部隊は非常に優秀ですから」
-月日が傷を癒すはず- Part 17 End




