-月日が傷を癒すはず- Part 16
耳を塞ぎたくなるような轟音と共に、裂け目の周囲が一気に砕け何層にも重なっていたコンクリートと鉄筋、断熱材や補強材が濁流の様に落下する。何万トンもの水に耐えることが出来るよう特別に設計された床に叩きつけられた瓦礫が粉々に弾け、湿った苔と粉塵が巻き上がる。衝撃で巨大な円柱空間そのものが揺れ、赤く錆びてズレた古い配管の中に溜まっていた黒い腐った水が噴き出す。
「何だってんだよ、クソッ!
うざってぇ!」
ルフトジウムは反射的にハルサを抱え込むようにして身を低くする。破片が背中へ鈍く当たる。防弾仕様のスーツはそれくらいでは破れず、ルフトジウムの体を守るが、確実に背中には青あざがいくつも出来ているだろう。
「いってぇなぁ…。
おい、無事か?」
「っス……」
ハルサは短く返事をする。白山羊が安心したのもつかの間、甲高い何かの音がこのタンクの中全体へと突き刺さるように響いた。金属同士を無理やり引っ掻き、こすり合わせたような耳障りな音に全身の毛が逆立つ。“ドロフスキー産業”のジェットタービンの音だ。不快なのは音だけではない。この場の空気全てがかき回されるような圧迫感がある。耳の鼓膜から音が脳へ伝わるよりも前に、ルフトジウムは奥歯を噛み締めていた。
「ウー…!」
ハルサも小さく唸り、一人と二匹は見上げる。
裂けた天井の向こう側、粉塵の中で赤い姿勢制御灯がいくつも点滅していた。隙間からぬるりと巨大な黒いドローンが、滑り込んでくる。
「まさか、あれって…」
カンダロが息を飲む。機体から左右に伸びた主翼に取り付けられた二機のエンジンが青白い炎を吐き、全長二十五メートル強の機体を空中に押し留めていた。特殊合金で出来た装甲版がライトを浴びてギラリと光る。空気抵抗や高速航行時の乗り心地を考えた曲面ではなく、角ばった機体の下部には複数のセンサーアイと大型の砲架が並び、機体の側面には円筒状の装備コンテナが増設されていた。その出で立ちから輸送を主にしているドローンではないことは直ぐに分かる。よくある民間用のレシプロドローンなどでは断じてない。しかも対人制圧等に用いられるものでもないだろう。それならば数多くの兵装にロケット弾や対人ミサイルといった殺傷力の高い兵装は必要ないからだ。もっと何か“別の相手”を想定しているのだ。ドローンの側面、“ドロフスキー産業”のロゴが控えめに描かれたハッチがガラリと開く。その暗闇の中からワイヤーが垂れ下がり、黒い影が次々と降下してきた。
「カンダロ!
来るぞ!」
「はい!
射撃はまだでお願いします!」
「分かってる!」
ルフトジウムはデバウアーを拾い上げ、カンダロに銃を構えるように促す。
降りて来た兵士達は明らかに今まで相手にしていた連中たちとは違っていた。こんな鉄の床に降りたのだ。普通の兵士ならば着地時に音が散るはず。しかし、こいつらは違った。膝と足首が機械的に沈み込み、衝撃を完全に吸収しつつ、全員が同じ動き、同じ速度で動いていた。全くもって無駄がない。黒色の装甲服は一般的な兵士達よりも一回り以上分厚く、肩や腰には補助フレームのような外骨格が露出している。腕部には獣人の関節を固定するための物なのか、大型の拘束具が取り付けられていた。背中には短銃身の大型火器を備え、腰には電気ショック警棒のようなものまで吊られている。
「おいおい……。
戦争でも始めるつもりかよ……?」
流石のルフトジウムも訓練映像でしか見たことがないような戦闘用獣人を相手にするための装備がずらりと並んでいた。しかもただの暴徒鎮圧用ではない。明らかに上位個体を相手にする装備構成だ。兵士達は一言も喋らずに一定速度で広がり、あっという間に包囲網が形成されていく。二十の銃口が滑らかにこちらを追従し、赤外線でもレーザーでもない不可視の測距センサーがルフトジウムとハルサ、そしてカンダロを何度も走査していた。背中から異物の生えたハルサを見ても誰一人動じる様子はない。
「ルフトジウムさん……」
カンダロの声が掠れる。聞くのも哀れな情けない声のトーンだ。
「これ……無理ですよね……」
「………ああ」
小さくルフトジウムは頷く。いくら脳筋のルフトジウムと言えど自分が不利か否かぐらいは簡単に判断出来る。こんなガチガチの装備をした特殊部隊相手に勝てる訳がない。自分一匹ならまだしも、ハルサを抱えた状態でこの包囲網を抜けるなんて不可能だ。しかも連中は殺すことすら厭わないだろう。ハルサは兵士たちを見て顔を伏せ、目を強く瞑る。
「んだってんだよ」
ルフトジウムは強くデバウアーを握りしめ、一瞥する。兵士達は銃口をルフトジウムに集め、引き金に指をかけている。サーチライトが何本もドローンから照射され、それらはルフトジウムとハルサを明るく照らしていく。ルフトジウムは目を細め、ハルサは怯える。その怯えに呼応するかのように背中の光が強くなる。これ以上、彼女を刺激するのは得策ではない。下手すれば容易に街を吹き飛ばす存在だ。ルフトジウムはデバウアーをゆっくりと床へと置き、両手を上げる。少しサーチライトの光量が落ちた。
「いくら何でも相手が悪すぎる……。
流石の俺様と言えど、これはキツイな。
カンダロ、諦めようぜ」
カンダロも観念したようにルフトジウムに従う。
「そうですね。
やれやれ、ここまで来て横取りされるなんて、最悪の気分ですよ」
「ったく、本当にいい仕事してるぜ、あんたら。
羨ましいよ」
一人と一匹の武装解除を見た兵士達は更に距離を詰めた。訓練された獣の群れの様によって集まってきた兵士はルフトジウムが下手に動けないよう分太いロープのようなもので手を縛ると、その場に跪くよう銃口で背中を押した。俯いたままその場で跪くルフトジウムの耳に、部隊の隊長と思われる男とカンダロの声だけが入ってくる。
「“AGS”のルフトジウムと、飼い主のカンダロだな?」
「はい。
あの、僕達が何か…?」
隊長は、手に持った端末に映った写真とカンダロの顔を見比べている。三度ほど見比べた後、小さく頷き隊長はデバウアーと銃を拾うよう部下に指示を出し話を続ける。
「よし、間違いないようだな。
貴様らには本社から拘束命令が出ている。
どうか暴れずに大人しく従って欲しい。
ここで未来永劫腐りたくはないだろう?」
「そんな装備をした相手に暴れるなんてそんな事しませんよ。
私とルフトジウムは完全に武装解除してるでしょう?
所で、僕達は“公社”に申請してこの街を捜査しています。
正当性は保証できるかと思いますが――?」
「正当性なんてこの街ではゴミクズ以下だよ。
常に正しいのは企業の意向と、それに追従する株主達だ。
それは君のいる場所でも同じことだろう?」
「………そうですね。
ですが、これは企業間問題に発展する可能性がありますよ。
私達は帰社後、厳重に抗議させて貰います。
貴方達の企業は企業間捜査権限を取り上げられる可能性もあります。
その上での行動なんですね?」
「…………」
「何とか言ったらどうなんです?」
ルフトジウムはカンダロの声を聞きながらこの状況を打開するための策を必死に練る。しかし、今回ばかりは何も出てこない。またしても自らの無力さを後悔し始めたルフトジウムだったが、驚いたカンダロの声にその思考回路はぐちゃぐちゃに搔き乱された。
「まあまあ。
そう熱くならないでくださいよ、カンダロ君。
彼らも仕事でやっているんですから」
カツン、カツン、と靴が鉄の床を叩く。ルフトジウムは思わず顔を上げる。聞き慣れた声。そして嗅いだことのある香水の匂いがルフトジウムの鼻を刺激した。
「カナシタさん…?」
-月日が傷を癒すはず- Part 16 End




