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-月日が傷を癒すはず- Part 13

 曲がり角の先には巨大な円柱状の空間が存在していた。半径だけでも三百メートル近くありそうな程大きい。かつて施設が稼働していた時には浄化が終わった水をすべてここに集め、地上へと帰すための場所だった。天井には空気圧で作動するポンプの巨大な入口が開けている。天井にはかなり大きな穴が開いており、そこからは青白い光が差し込んでいた。光は金属の内壁に反射し、辺り一面を照らしている。今まで歩いてきた施設の中よりも格段に明るいこの場所は一瞬一人と一匹の目を眩ませた。


「この明かりは一体…?」


 不思議そうに天井を見上げ、謎を解明しようとするカンダロの横でルフトジウムは息を飲んだ。中央に小さな、本当に小さな見慣れた影が横たわっているのを見つけたからだ。輪郭がぼやけてその姿は床に同化しかけているが、ルフトジウムが見間違えるはずもない。


「……カンダロ、ちょっと戻れ。

 こっそり、静かに」


「えっ、あ、はい。

 見つけましたか?」


ルフトジウムとカンダロは再び曲がり角の影に隠れ、声を潜める。中央の小さな影は少しも動かない。


「……いる」


 ルフトジウムの発する声は低く、抑えられていた。カンダロが何か言おうとするが、返事を碌に聞かず、ルフトジウムは一歩先へと踏み出す。円柱状の空間に出た瞬間、湿り気を帯びた空気が肺に纏わりつき、吐き出す息を重くした。背後で衣が擦れる音が一つ聞こえたせいで、足元に転がるものを視界が捉えるまで一拍遅れる。

 

「………」


 乾いた小骨に、途中で千切れた四肢、床一面に生えている苔が擦れ、何か重いものを引きずったような痕跡がそこにはあった。新しいものと古いものが混ざり合い、時間の順序が崩れている。今までとは桁違いの亡骸があちこちに落ちていると言うのに腐臭は全くしなかった。

 足裏が地面を捉えた感触がしない。分厚い苔は柔らかいはずなのに、沈んだのかどうかも判然としない。ふわふわと浮くような妙な感覚を携え、ルフトジウムは一歩、一歩前へと進む。そして一歩一歩歩くごとに、小さな背中は僅かずつ大きくなっていった。ルフトジウムの心臓が距離に比例して跳ねていく。自らの息や心臓の音も大きく感じる。この三ヶ月、ずっと探し求めていた対象が目の前にいる。胸の内側で打ち損ねた拍が混ざる。呼吸が少し荒くなっていく。


「………ふぅ」


 短く息が漏れる。三ヶ月追い求めたその背中は視線を逸らした瞬間にどこかへ滑り落ちていくような気がした。今になって喉が渇く。ようやくハルサに触れられそうな所まで近づいた。服は汚らしく破れ、裂けた布が肩に張り付き、傷つき、乾いた血が細く線を引いている。ずっと彼女が付けていた首輪は外れており、頭の上に載っていた髪飾りも薄汚く汚れていた。


「……ハルサ」


 ハルサはただでさえ細かったのにさらに痩せたようだった。ツヤツヤで美しかった毛並みはくすみ、まるで野良犬のような薄汚さが滲みだしている。足元で何かが砕ける。小さな骨のようなもの、もしくは木の枝のようなものを踏んだのだろう。判別はつかないが、視線を落とす余裕はない。


「…ハルサ」


 三本の灰色の毛に、先端だけワインレッドの入った模様…。ゼンマイの切れたからくり人形の様に倒れたその体を見たルフトジウムは浅く、細い呼吸で胸が辛うじて上下していることでハルサが生きていることを確信する。


「ハルサ」


先程よりも強く名を呼ぶ。返事は無い。だが、今度は確かに届いているような気がした。一歩を踏み出す。手を伸ばせば届くようなほんの数歩の距離。呼吸を整える為に大きく息を吸い、吐く。まだ乱れは残っているが、先程よりはマシだ。心音も徐々に落ち着きはじめる。


「…長い間、待たせてしまったよな。

 迎えに来たぞ」


 短い言葉。やはり返事は無い。ルフトジウムはハルサの顔が見える場所までじりじりと移動し、表情を伺った。目を閉じた彼女の表情は変わらない。安らぎとは違い、ただ力が抜けているだけのように見えるが、安寧の表情であることに変わりはない。ルフトジウムは更に近づく。足元で再び砕ける音がしたが、気にもならない。あと一歩、そして手を伸ばす。指先が頬へと触れる――。




その寸前、ハルサが動いた。




ぱっ、と彼女の目が開いた。


「!!」


驚いて思わず手を引く。目を覚ました彼女の呼吸は別のリズムに置き換わっていた。浅く、早い獣じみた呼吸だ。


「ハル――」


虚ろにも見えるハルサの目の焦点が、一瞬だけはっきりとルフトジウムに合う。次の瞬間、今まで散々戦ってきたアメミットの刃がルフトジウムの頭を目掛けて振り下ろされていた。


「――ッ!」


 咄嗟にデバウアーを斜めに構えて、切っ先を逸らす。ルフトジウムは慌てて足のバネを生かしてその場から下がり、距離を取った。だらりと力なくアメミットを杖にして起き上がったハルサは、今までのような構えも溜めも無くがむしゃらに襲い掛かって来た。行動が読めない。ルフトジウムは今までの経験則からハルサの動きを予想し、デバウアーの刃をその先に置いた。その読みは当たっていた。がっちりとアメミットの刃を受け止めたデバウアーが軋む。


「くっ…そ…!!」


 ルフトジウムは歯を食いしばり、体のリミッターを外して目を大きく開く。振り下ろされる速度に対して質量が嚙み合っていないようだった。まるで逃げ場がない。アメミットの青白い光を鈍く反射する刃を目で追わずに、ハルサの腕、足、手の動きだけを集中して分析する。それだけ注意深く観察しているにも関わらず彼女の動きが、視界から一瞬で消えた。しかしながら、流石は“AGSの断頭台”と呼ばれるルフトジウム。目で追えていないはずなのに彼女は反射でデバウアーを自分の左後方へと振ると、鈍い金属音が腹の奥まで響いた。軽く受けたつもりの腕が沈む。衝撃が一点に集まり、全身へとじわじわと広がっていく。重い。単純な力ではなく、何か押し込まれるような質感は彼女の脳裏に苦戦の二文字を突き付けた。


「ルフトジウムさん!」


カンダロが手に銃をもってこちらへ走ってくる。ルフトジウムは来ないように大声を出して彼を押しとどめる。


「バカ野郎、来るんじゃねぇ!」


 息を吐きながら、手首を捻って力を逃がす。正面や直角で受けないように出来るだけ刃の角度をずらして流すようにする。大鎌がそれ、床に突き刺さってもハルサは止まらない。先が地面に食い込み、苔を燃やして床を抉り取る。湿った土が跳ね、床に落ちている死骸が灰となって舞い散る。


「まるで別人じゃねーかよ…ッ!」


 中々間合いが取れない。近すぎるのだ。ルフトジウムはほぼ反射と経験値だけでハルサからの攻撃を受けている状態だ。攻撃を受けた瞬間にはもうハルサは次へと移っている。足の運びが荒い。体の軸はブレているというのに、動きだけが繋がっている。薄気味悪い。ルフトジウムはデバウアーを二つに割ると右手で攻撃を受け止め、左手で敵の隙を突くことに専念する。火花が散る。攻撃を受け止めた右手の関節から痛みが走る。左手のデバウアーの銃口をハルサへと向けようとした瞬間、狼は身を屈め、アメミットを低い軌道で横に振り切った。


「チッ……!」


 息を吐きながらルフトジウムは上半身を逸らして一歩後ろへ引こうとする。完全には避けることが出来ない。肩を掠めるような位置で刃が流れていく。デバウアーの取っ手部分がアメミットの刃を擦り、鈍い光が滲んでいく。


「なんとか言えよ…」


 脅威なのは速さだけではない。当たった時の“残り方”も厄介だ。まともに攻撃を受け止めればいくら戦闘用獣人とはいえ、簡単に骨が持っていかれそうだ。しかし、ルフトジウムには勝算があった。スタミナがないハルサがあれだけの動きをしていれば直ぐに限界が訪れる。鈍くなった彼女の隙を突けば、アメミットを取り上げ、捕縛することも出来るはずだ。実際、ハルサの呼吸は既に荒く乱れはじめていた。


「いい加減に目を覚ましやがれェ!」




                -月日が傷を癒すはず- Part 13 End

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