-月日が傷を癒すはず- Part 12
「なぁ、ここにはどれぐらいの数の獣人が住んでいるんだ?」
「えーっと…確か六百弱…だったかな…?
行方不明になったり死んだりする数も多いから正確な数は分からないけどきっとそれぐらいのはずです」
「こういう場所はあちこちにあるんですか?」
「あと六ヶ所程あると聞いたことがあります。
村と村で交流は無いのでこれまた正確なことは分かりませんが…」
道路に沿って建っているボロ小屋の中からゴホゴホと咳き込む声が響く。他にも乾いた咳の音が断片的に続き、生きている個体の存在をわずかに伝えている。彼らはルフトジウムやカンダロに視線を向け、何かをねだるでも無く静かにそこで死を待っているようだった。ルフトジウムとカンダロはその様子を見ないようにして村の脇を通り過ぎる。
「もうすぐそこです!」
ようやく死の村を抜けた一人と一匹の前にやがて大きな施設が現れた。まるで腸のように曲がりくねった複雑なパイプや、五つ聳えている円柱のタンク、そして沈殿槽等を備えていることからここが排水処理場だということが伝わってくる。猫の獣人は施設を指差し、説明する。
「長老曰く、汚染を取る場所だとか。
かなり昔の物らしいんですが……今もたまに動いています。
中には何匹か住んでましたが、半年程前に公社が来て全員が追い出されてます」
劣化したコンクリートの地面は黒く、踏むと僅かに沈み込む。排水処理場には地上へと繋がるであろうエレベーターが二基、この地獄からの出口の様に伸びていた。全体的に低く、横に広がる巨大な構造物には窓は無く、分厚い壁が続いている。猫獣人は端末を取り出すと、その画面をカンダロ達に見せた。
「電波はここで変になるって言ってました。
前はこんな事無かったって」
「どれどれ…」
猫獣人の端末の状況を見た後、カンダロはポケットから端末を取り出してその画面を見る。猫獣人の端末と同じく電波の強さを示すアイコンの表示が揺れ、接続不能になったかと思えば五本ものアンテナが建ったり不安定な様子だ。ルフトジウムはカンダロの前に立ち、後ろの構造物のせいでは?と懐疑的な目を猫に向ける。カンダロは首を横に振り、その可能性を否定した。
「それはあり得ないですよ。
この建物はただの排水処理場で間違いないです。
“公社”からもらった文書を今漁っていますが、特別地下に何かがあるようにも見えません。
それにただの排水処理場が、僕の持つ軍事用端末にすら干渉するほどの電波を出せるとも思いません」
ルフトジウムは腕を組んで建物を見上げる。
「なるほどな。
じゃあ…」
カンダロの声が少し上ずる。
「はい。
ここで間違いないかと。
電波障害の発生場所は…建物の中央部だと推測できます。
第四集合沈殿槽がある所ですね」
カンダロは猫の獣人の方を向いてお礼を言う。
「ありがとうございます。
案内はここまでで十分です」
猫の獣人は小さく頷き、「お気をつけて」とだけ言って来た道を戻っていった。残されたのは一人と一匹、それと不気味な建物だけだ。厳重に閉ざされているはずの入口は何者かによってこじ開けられたような形跡がある。そこから流れ出る空気は重く、僅かに温度が違っていた。
「…お化けが出てきそうだよな」
カンダロは端末をもう一度見直し、表示が乱れるのを見て息を吐く。
「ここにいなかったらまた一からやり直しですね。
彼女がちゃんと居てくれる事を祈りましょう」
ルフトジウムは耳を垂らし、大きなため息をつく。
「そうだな…」
何者かがこじ開けた入口からではなく、一人と一匹は少し離れた所にある搬入口から中に入ることにした。ルフトジウムは鍵のかかっている鉄製の扉を蹴破ると中へ踏み込む。光は背後に残され、空間は一段深い暗闇へと沈んだ。ライトをつけて奥を照らす。ばらばらになった椅子や、紙切れが散乱し、剥がれて腐った壁紙がまるで顔に見える模様を作り出していた。
「……いよいよもって幽霊屋敷だな?」
「廃工場にはそういう噂があって然るべき…みたいなトコないです?」
「ねーよ」
カンダロは剥がれた壁紙を踏みつけ、得意げに胸を張る。
「ちなみに僕は幽霊とか全く信じてないんで無駄ですよ」
「あれだけ臆病だった癖によく言うぜ。
それに、幽霊が出るならここじゃなくてヤマナカの屋敷だろうな。
あそこの趣味と気味の悪さと言ったら、ここの比じゃなかったぞ」
「確かにそうですね。
あそこは怨念が渦巻いていてもおかしくなかったでしょうし」
靴底が床を叩く感触はあるのに、その反響は遠くへと伸びずにどこかで吸い取られているように消えていく。廊下のような場所を通り過ぎるとそれなりに広い空間に繋がった。天井は出来る限り低く抑えられているが、かなり奥行きがある。壁には古い配管と新しい補修が混在し、時間が異なる者同士が無理やり繋ぎ合わされているみたいだった。錆びた鉄の匂いに混じって、微かな薬品の気配がその場に溜まっている。
「……完全には止まっていないみたいですね」
「たまに動くって猫のお嬢ちゃんも言ってたしな」
カンダロは声を抑えて、低く呟く。ルフトジウムは小さく頷き、足を進める。大きなパイプの横を通り過ぎると視界の端に何かが横たわっていた。近づくまでも無く、それは獣人の成れ果てであることが分かり、ルフトジウムは鼻と口を袖で覆った。腐臭はせず、カラカラに乾燥したその皮膚や内臓は鼠に食い千切られて床にこびりついている。ここまで運ばれたのか、それともここで倒れたのか判別はつかないがどちらにせよ処理されていない。乾燥した皮膚の鈍い照り返しだけがただただ不気味だった。
「あんまり気分がいいもんじゃねえな」」
「なんか、あちこちで死にすぎじゃないですか…?」
「そうか?
どの都市でもこんなもんだろ。
ただそれが片付けられているか、否かだけだと思うぜ」
「………」
足を止める事無くその脇を通り過ぎる。通路は穏やかに下り、更に奥へと続いている。空気は徐々に密度を増し、呼吸のたびに肺の奥に重さが蓄積されていくようだった。湿度も高くなってゆき、閉じ込められた空気が逃げ場を失ったまま滞留している。
「本当にこっちで合ってんのか?」
「電波障害を起こしている場所はこの建物の中央部だと予想しているので…。
おそらくこっちで合っていると思うんですけど…」
実際の距離とは別に何かが迫っている、そんな妙な感覚だった。曲がり角を一つ抜けると通路の幅と壁を通るパイプの径が太くなる。その先で空気が変わった。重い何かを強烈に頭上から押し付けられているような圧だ。
「ルフトジウムさん、これ…」
「お前でも感じるか…」
気配でも、音でも、視覚でもない。それらのどれにも該当しない何かが空間そのものに交じり込み、歪められている。
「ふぅー……」
ルフトジウムはカンダロに後ろに回るようサインを送り、デバウアーを取り出して構え、再び歩き出した。一歩ごとにその感覚は明確なものとなる。近づいているのではない。何か、得体のしれないものと重なっていくような奇妙な感覚だ。
視界が曖昧になり、距離という概念が意味を喪失していく。五分ほどの距離がこの時は二時間にも、三時間にも引き延ばされていた。やがて、通路の先に僅かな光を見つける。照明ではない、もっと弱く、不安定な光。近づくにつれその光は一つの物体から漏れ出ている物だと分かる。
「ルフトジウムさん……」
「ああ……」
ルフトジウムはカンダロと目を合わせて頷き、最後の曲がり角を曲がった。
-月日が傷を癒すはず- Part 12 End




