-月日が傷を癒すはず- Part 11
※ ※ ※
六日目の夜。
街は今日も静かだが、どこからか流れ出す活気が街に色どりを添えている。ネオンは濁りながら滲んで輪郭を曖昧にし、広告は途切れ途切れで流れ、配達用ドローンが空を這う。例え居住人口が少なくとも人の営みが続く以上、そこには賑わいが一欠片でも残っている。
「……」
「………」
ルフトジウムとカンダロはそんな街中を無言で歩いていた。積み重なる疲労は二人が交わす言葉から容赦なく削っていく。三日間の空振りに加え、監視と追跡…。成果が全く無い事と、不明な組織からのプレッシャーは彼らに変に気を張らせ、疲れを増幅させていた。
「…今日はもう切り上げますか」
カンダロはペットボトルの蓋を開け、中のコーヒーを飲み干すとそれを近くのゴミ箱へと投げ入れた。ルフトジウムも短く息を吐き、頷く。歓楽街の賑やかさにはふさわしくないほど低い彼らのテンションは回りの彩度も下げているかのようだった。
「……晩飯、食って帰るか?」
「…そうですね。
何か温かいものでも食べますか。
何がいいです?」
「この際、腹に入れば何でもいいよ」
近くの居酒屋の看板に適当に目を滑らせ、ルフトジウムは店内を指さす。カンダロもチラリとメニューを見て何かに引かれるように足をそちらに向けていた。いつもなら彼らが選ぶような店ではなかったが、今回はもうなんでもよかった。店に足を踏み入れそうになったその時、遠慮がちに声が差し込まれた。
「……あの」
一人と一匹は同時に振り返る。そこにいたのは三日前に助けた猫の獣人だった。安っぽいネオンに照らされたその顔は青白い。相変わらず露出の多い服を着ており、立派なプロポーションが目立っている。瞳孔の細い瞳ははっきりと一匹と一人を見据えていた。
「えーっと確かお前は三日前の獣人だな?
どうした、また何か困りごとか?」
「えっ、いや、あの、違います…。
その、まだ、貴方達は、その…。
電波?が不安定な場所を探してるん…ですよね?」
何とも不思議な問いかけだ。しかし、疲労から頭の回らないルフトジウムは直ぐに「ああ」と返事をする。猫の獣人は一瞬だけ迷ったように目を泳がせたが、直ぐに口を開いた。
「私、変な場所知ってます。
貴方達が言っていた、電波がおかしくなるような…」
カンダロは身を乗り出した。
「本当ですか!?」
「え、えぇ。
ここ数週間何度か都市のインフラ整備課が来たの。
設備の老朽化、でさらりと片付けられたんだけど、絶対そんな事無くて…。
というのも、問題が起こった場所がちょっと特殊というか……何というか…。
とにかく、そういう場所を私は一か所だけ知っていて……」
短い説明ではあったが、十分だった。ルフトジウムは声のトーンを落とすように猫の獣人に言いつつ尋ねる。
「誰から聞いた?」
「近所の子から。
その子は“下層裏”の方に住んでいるんだけど、つい先日“変な所がある”って言っていたのを思い出して…。
この前、ちらりとだけども貴方達がそんな話をしていたからもしかしてと思って、それで…」
ルフトジウムとカンダロはアイコンタクトで互いの意思を確認する。そしてルフトジウムは猫の獣人に向かって短く
「案内してくれ」
そう言った。猫の獣人は嬉しそうに尻尾をピンと立てると一人と一匹に迷いを見せずに歩き出した。
※ ※ ※
明るい歓楽街の通りを外れ、三本程裏に入る。奥へ奥へと進むにつれて光は減り、にぎやかな音楽も遠ざかっていく。代わりに湿った空気が混じり始め、腐りかけた水や廃油、古い金属の匂いがゆっくりと強くなってきた。カンダロはため息交じりに息を吐き、ルフトジウムに話しかける。
「どこの街にもこんな匂いのする場所はあるもんですね」
小さな鼠三匹、足元をパタパタと駆け抜けていく。
「そりゃ人が生きていて、色々垂れ流している以上はあるだろうよ。
綺麗しかない都市は人が住んでいないのと同じだぜ」
「だとしても強烈ですね…」
一人と一匹の会話に猫の獣人が入ってくる。
「ここはこの地区の排水溝全てが集まる所ですから…。
匂いは強く、不快でしょうが、我慢していただけますと…」
ルフトジウムはカンダロを睨みつけた。
「大丈夫だ。
私も彼もこういう場所は慣れている」
「本当にすいません。
もう少しで見えてくるはずですから…」
それから五分ほど歩くと前方に半開きの鉄の扉が現れた。半開きの扉の隙間からは濁った空気が流れ出ている。ドアには何か看板のようなものが取り付けてあったが、風化による錆びでボロボロになっており、何が書いてあったのかはもう分からない。ただ間違いなくいい言葉ではない。猫の獣人はそのまま中へと入っていき、ルフトジウム達もそれに続いた。
内部は暗く、壁からは水が沁みだし、滴が細く長い跡を作っている。通路の脇には油が浮いた真っ黒な下水が流れ、色は濁っている。腐敗と排泄物、薬品が混ざり合った臭いは呼吸のたびに鼻にこびりつくようだった。
「……あまり長居したくないですね」
「あのなぁ、さっきもそうだったけどそういう事はこの場で言うな。
お前は“たまたま人間だった”から、こういう場所に住まなかっただけの話かもしれないぜ?」
ルフトジウムの一言でカンダロはハッと気が付いたようだった。
「……なんか、すいません」
カンダロは申し訳なさそうに黙る。それ以上一人と二匹は話さなかった。足場は狭く、壁と水路の間を縫うように進んでいく。踏み外せば汚濁の中へと真っ逆さまな距離で、べたりとした感触が靴底にまとわりつく。やがて通路は緩やかに下りはじめた。一歩、一歩と進むごとに空気が重くなっていく。
「まだかかるのか?」
「もう、直ぐです」
猫の獣人がそう言って一分ほどすると通路が途切れ、視界がぱっと開けた。そこには地下の集落のようなものが広がっていた。
「地下にこんな大きな空間が…」
「ここまでのものは珍しいな。
俺も見たことねえよ」
カンダロは周囲を見渡す。半径一キロ程度の球体の構造物だろうか。中央には柱の役目を果たすであろう太い円柱が天井へと向かって伸びている。元々は資源を採掘するためのプラントがあったであろう空間には廃材で組まれた住居が密集していた。鉄板やパイプ、布といった物で無理やり家という形を保っている。空気は澱み、瘴気のようなものが溜まっていた。
「足元、気を付けてくださいね」
「あ、ああ」
猫の獣人は上ばかりを見て歩くカンダロの足元を指さす。そこには獣人が倒れていた。彼は動かない。やせ細り、皮膚はアレ、毛は抜け落ちている。同じような状態の物が所々に放置され、腐臭を垂れ流していた。カンダロは目を背ける。
「……回収もされてませんね」
「流石に回収もこんな場所までは来ないだろう。
来る奴らなんて本当に都市のインフラ整備課ぐらいなもんだ」
ルフトジウムは死体の数を数える。カンダロは口に手を当て、顔を歪めた。
「都市もこの惨状を知っていると?」
「知ってるだろうぜ。
でもインフラ整備課からしたら担当部署じゃないんだ。
いちいちそれを獣人管理課に知らせたりはしないだろうぜ。
こういう管理区と管理区の狭間にある場所は往々にしてこういうもんだ」
ルフトジウムはそうカンダロに諭し、ふんと鼻を鳴らした。
-月日が傷を癒すはず- Part 11 End




