-月日が傷を癒すはず- Part 10
※ ※ ※
四日目。
もはや語るに及ばず。
まともな成果は無い。今日の第七居住都市の空気は乾いており、あれほど強く吹いていた風は弱い。太陽の熱が鬱蒼とした雲を吹き飛ばしたかのような快晴は、既にもう五時間も歩きっぱなしだった一人と一匹を容赦なく照りつけている。
「あ~~~~……」
「うわびっくりした。
急に変な声出さないでくださいよ」
「だってよぉ~…」
ルフトジウムは近くにあったベンチに腰掛け、大きなため息をついた。風船から空気が抜ける音に酷似した音が彼女の口から漏れ流れ出る。山羊は手招きしてカンダロに横に座るよう促し、促されたカンダロもやれやれとベンチに腰掛ける。ルフトジウムはそのタイミングでこっそり他の誰からも見えないよう空を指差した。
「あーそういうことですか。
確かに、またいますね……」
カンダロは空を見上げるふりをしながら視線だけを上げる。ルフトジウムは頷き、また体をベンチの上に放り出した。彼女なりの気が付いていないフリらしい。カンダロとルフトジウムの視線の先にはこの三日間、同じ距離感を保ったままこっそりと着いてくるドローンの姿があった。まるで糸で吊られているかのように一点で止まっている“それ”は機体の下についている高性能カメラをこちらに向けている。かろうじてその輪郭だけが見えるのはドローン自体に光学迷彩のようなものがついているからだろう。
「どう見ても監視ですけどちょっと手がかかりすぎですよね?」
「まぁ、な。
軍隊が使う偵察用ドローンだろうし、金はかかってそうだ」
今の彼女達を監視するメリットがある企業なんて“大企業達”以外にあり得ない。隠す気が無いのか、それとも“気が付いている”前提で話がしたいのか。ルフトジウムはカンダロの問いに応えず、ベンチから立ち上がる。
「ちょっと休憩してくるわ」
「了解っす」
ルフトジウムは小銭をポケットの中に入れ、チャリチャリと音を鳴らしながら通りの端にある屋台へと向かう。古びた金属の台と使い込まれたガラスの容器…中には乾いた餌のようなものが詰め込まれていた。周囲には何十匹もの食用に遺伝子を組み換えられた太って大きい鳩がほっつき歩いており、忙しそうに幼児が親と共に撒いた餌を啄んでいる。ルフトジウムは無言で小銭を屋台のオヤジに差し出し、一番安い餌を受け取る。
「え、似合わないですね。
鳩に餌をあげるなんて」
「…馬鹿にしてんのか?」
「してないですよ!
なんというか……ああ、優しいんだなって思っただけです」
「絶対馬鹿にしてんだろ、それ。
まぁーいい。
色々と考えをリセットしたいだけだよ」
「息抜きは大事って言いますもんね」
ルフトジウムは掌に載せたエサを軽く宙へと放った。彼女が餌を買ってからずっと目で追っていた鳩達が我先にと飛び立つ。いくつもの強い羽ばたきが空気を切り裂く。
「わっぷ!?
すごい勢いで飛びますね!?」
「ここいらの鳩はかなり凶暴らしいからな」
ルフトジウムはもう一度餌を放り投げる。その餌の一部がわざとらしく弧を描く。鳩達は我先にと餌を追いかける。群れが膨らみ、密度が上がっていく。そして、群れはドローンの軌道と交差した。小さいが確かな衝突音が鳴り響く。羽とプラスチックがぶつかる鈍い音が発せられ、バランスを崩した機体は制御を失って回転しながら落ちていく。
「あ、落ちた」
ドローンは壁に当たり、地面に叩きつけられた。ドローンとぶつかった鳩はびっくりしてその場から離れ、その動きに釣られた群れはバラバラになる。それだけだった。余りにも自然すぎる“事故”に周囲の人は何も気が付かず、ただ楽しそうに鳩に餌をあげたりランニングをしたりしている。
「あー…運が悪かったですね。
鳩、大丈夫でしょうか」
カンダロがわざとらしく笑いながら言う。ルフトジウムは瓶に残った餌をばらばらと放る。鳩がバタバタと群がってくる。ルフトジウムは壊れたドローンを見て鼻で笑うと、大きく伸びをした。
「はーーあ。
さ、休憩終わり。
そろそろ続き行き行くぞ」
「ですね」
これでドローンの主は運が無かったとして監視を諦めるだろうか。それとも次の手に打って出るだろうか。そもそも誰が何の目的でこんなことをしているのか。公園をよちよちと走る幼児達を眺めながらルフトジウムは考えを巡らせる。どちらにせよ、憂さ晴らしぐらいにはなるだろう。
※ ※ ※
五日目。
都市に流れる空気がどこかこの日は朝から違っていた。昼食も兼ねてたっぷりのじゃがいもとオリーブオイルで焼かれた謎の貝を大量に貪ったルフトジウムとカンダロは宿から出た瞬間に身構える。
「気が付きました?」
カンダロが小さく呟く。
「気が付かない方がおかしいだろ…」
ルフトジウムは歯に挟まった貝柱と共闘していた爪楊枝を道に吐き捨てると、デバウアーがきちんと手の届く所にあることを確認する。昨日のドローンの一件で、相手も次の一手を打ってきたのだ。ルフトジウム達は振り返らず歩き出す。
「……動いたにしちゃあ、雑すぎねぇか」
「はい。
これじゃ素人ですよね」
三ブロックの後方。二人の男がこっそりついてきている。本人達は精一杯なのだろうが、残念ながら全く気配は隠れていない。むしろルフトジウムの言う通り“雑”だ。足音の感覚や、視線の向け方、そして立ち止まるタイミングに呼吸。この街にも溶け込めていない。カンダロは呆れたようにルフトジウムの顔を見る。
「これ、昨日のドローンの代わりなんですかね?」
「だろうな」
「随分質が落ちましたねぇ」
「数で補う作戦かもしれねーだろ。
あんまり声に出すな。
どこで聞かれてんのか分からねーだろ。
あくまでも知らねーフリが一番だ」
一人と一匹は地図を指さし、気が付いていないふりをしながらしばらく歩く。小道を抜け、大通りの商店街で聞き込みを行う。そして次の場所へと向かう。曲がり、止まり、また歩く…。その間も彼らは離れないよう必死についてきていたのだが、三時間を経過した辺りから疲労により距離はどんどん短くなっていく。カンダロは時折小さく笑う。
「これじゃあ、どちらが追われている側なのか分からないですね」
「だなァ」
いい加減、時間の無駄だ。
「“あれ”やりますか」
「いいぜ。
合わせろよ」
ルフトジウムの口元が、ほんのわずかに緩む。一人と一匹は人の少ない方へと歩みを進め、全く同じタイミングで走り出した。ルフトジウム達を追う影も慌てて走り出す。狭く、複雑な路地を抜け、人の流れが途切れる。建物からの影が濃くなる。
「ここら辺でどうですか?」
「おっけい」
一人と一匹は勢いよく角を曲がり足を止めて尾行者達を待ち構えた。追いかけて来る足音は二つ。その二つが角を曲がってきたタイミングでルフトジウムが一歩踏み込み、気配の一つが反応するよりも先にその体を体の回転を利用して地面へと叩きつけた。もう一人が逃げようと踵を返すが、既にカンダロが回りこんでいた。もう逃げ場はない。倒れた男がゴミ箱をなぎ倒し、中から缶と瓶が零れ落ちる。
「うぐぐ…」
地面に倒れた男が呻く。ルフトジウムは倒れた男の手首を強く掴み、捻り上げ動けないように関節を固定する。そして静かに耳元で尋ねた。
「なああんた。
一体誰に頼まれたんだ?」
「し、知らねぇ!
金のためだ!!
ただの仕事なんだよ!」
男は嘘をついているようには見えなかった。呼吸が乱れ、目が血走っている。
「貴方は誰に指示されていたんです?」
カンダロがもう一人をけん制しながら質問を投げかける。
「た、端末だ!
端末から座標だけが送られてきたんだよ!
俺達は浮気の調査って聞いていて…それで…」
「浮気の調査だ!?」
カンダロに行く手を防がれているもう一人の男が低い声で事情を述べる。
「そ、そうだよ!
俺達はこの町で何でも屋をやっているだけなんだ!
昨日、美人の女が店に来て、旦那が獣人と恋をしているかもしれないから真実を掴んでくれって言われて…!」
カンダロは男の端末を拾い上げて中を見る。
「……捨てアカウントですね。
ログも消えている」
「あんたら、何者なんだよ!?
とりあえず放してくれ~!!」
ルフトジウムは手を放し、男を解放する。
「ねーちゃんたちすげえ強いんだな。
参ったよいや、本当に」
「さっさと行け。
別に後ろから撃つとかもしねえから」
「あ、ああ…。
いてて……」
二人の男はその場から去っていく。その後姿を見てルフトジウムは何ともつまらなそうに転がる缶を蹴った。
-月日が傷を癒すはず- Part 10 End




