-月日が傷を癒すはず- Part 9
※ ※ ※
三日目。
空の色は紺色だった。再び厚い雲が都市の上空に低く垂れ込め、太陽の光を押し潰しているように広がっている。昼であるはずなのに、街はどこか夕刻のような鈍い明るさに沈んでいる。第七居住都市の通りは今日も整然としている。古いコンクリートの建物と後から建てられた高層ビルが同じ区画に生え並び、奇妙な調和を保ち続けている。とても人口が五千人には見えない規模だが、おそらくそれを支える獣人の数が尋常ではないぐらいにいるのだろう。
「三日目かぁ~」
宿から出たルフトジウムはコートの襟を軽く整え、乾燥したアスパラを一本口に咥えた。
「捜査ってのは地味な門なんですよ、ルフトジウムさん。
そんな一日、二日で見つかる訳がないじゃないですか」
隣を歩くカンダロが肩を竦める。
「そういうもんなのかよ~。
なんてーか……。
これでいいのかね」
「ええ。
こんなん大体は空振りに終わりますよ。
僕もあんまり経験無いですし」
「アマチュア二人でどうにかなるもんかね」
「しないとダメですよ」
軽口とは裏腹にカンダロの視線は鋭く街中に注がれていた。建物の壁や歩道のひび、補修の後、看板の角度など、彼の目は絶えず細部を追っている。ルフトジウムもコートのポケットから再びアスパラを取り出すとカンダロの口の中に放り込み、ポケットに手を入れる。一人と一匹は居住区と商業区を再び回る。人に話を聞き、店に入り、工事現場を覗く。
「変わったことだぁ?
しいて言うなら昨日もあんたらに同じことを聞かれたことだなァ!」
「変わったことか。
うーん、何か食べたら思い出すかもな」
「端末だ?
今時電波が入らない所なんて無いだろ」
「あんたら目立ってるよ。
そんな様子じゃ情報は集まらないと思うけど」
空振り。また移動。何も得られなかった時間だけが積み重なる。……一人と一匹は夕方、広場のベンチに腰を下ろした。
「情報、無いな」
カンダロはぼんやり通りを走り抜ける車を眺めている。前線が近いのだろうか。軍用車両が隊列を成し、一般自家用車を押しのけながら道路を走っていく。戦車のキャタピラが道路を打ち付ける騒音を聞きながら、ルフトジウムはため息をついた。
「まだ三日目ですよ」
「もう三日目、だ」
カンダロは少し笑う。
「まぁまぁ。
そう焦っても仕方ないです。
十日間何も出ないことだって普通にありますよ」
一人と一匹は、空腹を抱えたまま聞き込みを続けていたのだが街はすっかり夜になっていた。街の繁華街に流れるように来た一人と一匹は空腹で唸るお腹を押さえ、食べ物の看板に目を引かれつつもフラフラと歩く。どの都市でも女と酒にありつける所は騒がしい。酒場の灯りが漏れ、酔った客の声が路地に響いている。安い獣人用のアルコールを大量に煽ったのであろう獣人が大量に道に溢れていた。
「今日はそろそろ切り上げて僕達もご飯にしましょうか?」
「……そうだな。
腹が減ってはなんとやら、とも言うしな」
周囲の飯屋を物色しはじめるルフトジウム。
その時だった。
「お願いですからやめてください……!」
細く切羽詰まった女性の悲鳴が路地の奥の方から響いた。一人と一匹は同時に足を止める。飲み屋街によくある細い路地の中で三人の男が一匹の獣人を囲んでいた。全員かなり酔っぱらっているようで、酒瓶をぶら下げ、足元は覚束ない。
「おい、聞いたか?
やめてください~だってよ」
「やめねーよ、バカだなぁ。
大人しくこっちに来いって言ってんだよ」
「アフターの許可はもう店から買ってンだよ。
お前の意志はかんけーねーんだわ」
囲まれている女性は雌で猫の獣人だった。黒猫の耳が乱れた黒髪の間から覗いている。安っぽいドレスを着ており、大きく開いた胸元には店の名札らしいタグがついていた。どうからこの辺りのキャバクラで働いているらしい。彼女は壁際に追い詰められ、恐怖からか震えていた。
「お、お客様……。
私はアフター出来なくて、その……」
「だからどうしたんだ?
何度もいわせてんじゃねーよ、おいコラァ!!!」
獣人は頭を下げる。
「困ります……!
私はそんな――」
彼女が言い終わる前に一人の男が酒瓶を投げつける。瓶は猫獣人の顔の横を掠め、壁に当たって粉々に砕け散った。すくんで動けなくなった隙を見て、男の一人が彼女の腕を掴む。
「“商品”だろ?」
猫獣人の耳がびくりと震える。
「ちょーっと触るだけだろうが!
何がそんなに怖いんだよ、なぁ!?」
ルフトジウムはデバウアーを入れたケースを強く握りしめ、その光景を口を噤んで見ている。そんなルフトジウムに対して
「ルフトジウムさん」
カンダロは小声で呼びかける。
「揉め事は避けた方が…」
そう忠告したカンダロだったが、ルフトジウムには関係ない。彼女は一歩を細い路地に向けた。
「あー…ですよね~…」
カツン、と硬い靴の音が路地に響く。男達は一斉に振り向き、ルフトジウムの姿をジロジロと眺めた。
「なんだ、なんだ?」
ルフトジウムは腕を組み、静かに言った。
「その獣人を離しやがれ、ゴミ共」
一瞬の沈黙。男の一人が吹き出した。
「なんだこいつ!」
「角付きじゃねーかよ。
俺達をゴミって言ったのかァ!?」
「獣人如きが、偉そうに言ってんじゃねぇぞ!
なぁ、おい!!」
別の男が酔った勢いでルフトジウムに近づき、肩に手をかける。そして悶々とした欲望をぶつける為にルフトジウムの胸を触ろうと手を伸ばす。
「じゃあお前が相手してくれんのか、山羊のねーちゃ――」
柔らかい感覚に手が触れることも無く、手を出そうとした男の体はふわりと宙に浮いていた。
「……!?」
ルフトジウムが自身の体に向けられた手首を掴み、そのまま軽く捻って見せたのだ。体勢を崩した男は即座に鈍い衝撃音と共に固いアスファルトの地面に叩きつけられ、白目を剥く。
「てめぇ!!」
間髪入れず二人目が殴り掛かる。だが、遅い。拳が振り下ろされるよりも早く、ルフトジウムの体が滑るように懐へと飛び込む。男の伸びきった腕を掴み、体をぐるりと回す。酔っぱらった男の体は勢いよく壁に叩きつけられる。
「ぐぇっ!?」
三人目が後退る。
「あんたも酔い覚ましが必要か?」
猫の獣人だけが呆然と立っていた。三人目の男にルフトジウムは更に一歩詰め寄る。
「くそっ、このドグサレ獣人が――!」
地面に叩きつけられた男がポケットからナイフを取り出し、立ち上がろうとする。ルフトジウムは肩からかけているケースに手を伸ばすと中に眠っている武器を取り出した。金属音。彼女の手に握られた巨大な鋏が街灯の光を反射する。デバウアー、まさにその名前通りの見た目をした武器の先端をルフトジウムは男の喉元へと向けた。男の呼吸が止まり、酒気に濁っていた目から一瞬で酔いが引く。
「あんたにはどうやら特別強い酔い覚ましが必要らしいな?」
声は低く、冷たい。三人の男から血の気が引く。流石にこれ以上はまずいと思ったのかカンダロが横から飛び込み、ルフトジウムと男達の間に割って入る。
「はいはい、それ以上やると本当に死にますよ。
お兄さんたちも飲みすぎ。
今ならまだ命もあるし早く逃げた方がいいよ」
軽い調子だが、間に入る位置やタイミングは正確だった。三人はお互いに顔を見合わせ、慌てて走り出す。
「戦闘用獣人なんて持って来るんじゃねーよ馬鹿野郎!」
「覚えてやがれ!!」
迫力を失った声で三人共転がるように路地から逃げていった。
「あ、あの」
「大丈夫かよ」
猫の獣人が深く頭を下げる。
「ありがとう…ございました……」
まだ震えている。ルフトジウムはデバウアーをケースに戻し、小さく首を振った。
「別に気にしなくていい。
あくまでも俺の気まぐれだ」
「気まぐれで他社都市で喧嘩しないでくださいよ…痛い!
なんで蹴るんですか!?」
「ほら、行くぞ。
こうしてる間にも電波の異常が出てるかも知れねえし」
「その前にご飯ですけどね」
踵を返したルフトジウムの後を蹴られたお尻をさすりながらカンダロがついていく。路地を出ていく一人と一匹の背中を猫の獣人はしばらく見つめていた。
-月日が傷を癒すはず- Part 9 End




