-月日が傷を癒すはず- Part 7
「ここでいいか」
「口コミも案外悪くはないです。
ここにしましょう」
ホテルから少し離れた所にある小さなレストランは、外見の薄汚さから感じる歴史の重みとは裏腹に暖かい灯りが満ちていた。ドアを開けた時に鳴り響く鈴の音と共に店内を忙しそうに走り回る店員がルフトジウム達を適当な席へと案内する。店内は古い金属と木材を組み合わせた内装になっており、どこか旧時代の食堂を思わせる。客層としては労働者が多いようで、彼らは低い声で会話を交わしていた。ルフトジウムとカンダロは席に座り、油で少しべたつくメニューを広げる。五分ほど迷った挙句、一人と一匹はこの都市の名物だと書かれているクラジョン・ボルシュとノヴァ・ベリメニを注文した。しばらくして山盛りのパンと一緒に運ばれてきたものは深い紫色のスープだった。
「わぁ……」
「色……すごいっすね…」
「けど、まあ、うん。
匂いは悪くねえ」
店員曰く、スープがクラジョ・ボルシュと言うらしい。スープからは甘さと酸味が混ざり合った香りが立ち上っている。表面には発酵クリームが白く浮かび、人工培養肉の繊維がゆらりと揺れ、遺伝子組み換え済みの色どり豊かな野菜が大量に浮かんでいる。もう一つ頼んだベリメニと呼ばれるものは写真で想像した物より小ぶりで燻製の香りが強い。ナイフとフォークで表面を割ってみると、中には培養燻製肉と人工キノコ、そして高蛋白質ゲルがたっぷりと詰まっていた。ルフトジウムとカンダロは顔を見合わせ、思い切って一口スープを口に入れる。
「覚悟したけど、案外悪くないな」
「ですね。
すごい栄養重視って感じですけど。
もう少しコクがあればいいんですけどね~…」
「ま、贅沢ってもんだなそれも」
味は濃い。パンが沢山運ばれてきたのは同時に食べることを推奨しているからだろう。寒さと疲労に沈んだ体に暖かい料理が沁み込んでいく。ゆっくりと食事を楽しみたい所ではあったが、あいにくそんな余裕はない。黙々と一人と一匹は食事を胃に詰め込み、店から出たのはそれから二十分後だった。
「なんか、普通に美味かったな」
「明日はまた別のメニューに挑戦してみましょうか。
僕達が止まる宿は朝ごはんがついているので、昼か夜だけになると思いますけど」
一人と一匹は他愛もない話をしながら、都市の中央部へと向かった。
「まずは“AGS”の提携先に向かいます。
“ドロフスキー”は我々の管轄じゃないですが、連携局があるはずです。
形式上は協力してもらえるかと」
ルフトジウムは頷いた。時刻は既に十八時になっており、しっかりと手入れされた街灯に白い光が宿っている。高層ビルの影が重く圧し掛かり、古い建築の合間にガラスと鋼の塔が雰囲気を突き破るようにして建っている。
「結構近いのか?」
「はい。
徒歩で十分ぐらいの場所にあります。
あ、手土産も何も無いですけど…まあ大丈夫ですよねきっと」
や がて一人と一匹が到着した建物は中央部に並ぶような新しい建物――ではなく、大昔からそこに鎮座していたことを思わせる古く、仰々しい雰囲気を纏った五階建てのコンクリートビルだった。民間施設というよりは公的な建物のような佇まいは狭い窓も相まって刑務所のような印象を受ける。入り口だけはやたらと近代的で、透明な防弾素材がはめ込まれているようだった。
「“ドロフスキー公安公社”……ここですね」
「こういうこと言っていいのか分からんけどすっげー胡散臭く思っちまうよ。
大丈夫なのか、ここ?」
「名前のイメージって大切ですよね。
ささ、入りましょう。
命まで取られはしないでしょうし」
「お前、本当に肝が据わったよなァ」
透明の防弾扉を一人と一匹が警戒しながら潜ると、入口の近く直ぐの所に受付があった。受付のアンドロイドが二体と、何ともやる気の無さそうな顎髭をたっぷりと蓄え、でっぷりと太った男性が一人椅子に座って退屈そうにこちらを眺めている。待たされるかと思いきや、受付の男は立ち上がり、一人と一匹は直ぐに対応してもらえた。
「いらっしゃいませ。
こんな夜分にどのような御用でしょうか?」
「はじめまして。
僕達は“AGS”に所属している――」
敵意も警戒も無い礼儀的な正しさは、一戦口論を交える心構えをしていたルフトジウムに肩透かしを食らわせる。所属している企業名と階級、氏名と社員番号が書いてある社員証を一人と一匹が渡すと受付の男は社員証を手元にあるパソコンへと差し込んだ。
「今確認しますね。
少々お待落ちください」
社員の半分が退勤してしまったであろうオフィスに人影は少なく、受付の男の大きな欠伸がコンクリートの空間に広がる。パソコンが社員証にアクセスし、微かな電子音が規則的に五度鳴ると、男の眠そうな表情が少し明るくなった。
「“AGS”のカンダロ・ヤタネカ様にルフトジウム様ですね。
データベース上にお二人の存在を確認できました。
大変お待たせしました。
案件をお伺いします」
「実は重大事件の犯人を追いかけています。
それにあたって、貴社の持っているデータが必要です。
貴社のデーターベースにアクセスする権限を貸して頂けませんか?」
「なるほど。
少々お待ちくださいませ」
ルフトジウムは退屈そうに机の上に置いてあるキラキラとしたスノーボールを眺める。かなり待たされる予感がしていたのだが、“ドロフスキー公安公社”の動きは迅速だった。
「お待たせしました。
弊社の持っているデーターベースへのアクセスコードをお渡しします。
カンダロ様、端末を出してください」
「ありがとうございます」
カンダロの端末に、受付はカードリーダーのようなものを翳す。
「今から、アクセスコードを付与します。
有効期限は一ヶ月です。
一応お二人が見ることが出来る範囲ですが、レベル三までの物となっております。
それよりも上位の存在となりますと一度“本社”の方に確認を取らねばなりませんので少々お時間がかかるかと思います。
どうかご了承ください」
「分かりました」
あっさりと一つ目の難関をクリアする。ルフトジウムは僅かに眉を動かし、小さく頷く。カンダロは端末を受け取ると軽く受付にお礼を言い、近くにあった椅子に座る。そこでカンダロはデーターベースに接続してデータを引き出しはじめた。監視カメラの映像を皮切りに、都市環境のログ、通信履歴やエネルギ―消費。街灯スキャナーのデータまで膨大な情報が端末に落とし込まれていく。
「何か証拠になりそうなものはあるか?」
「今から解析しますから少し待っていてくださいね。
サイントさんの解析ツールに繋いで……よし」
事の顛末を固唾を飲んで見守っているルフトジウムは十分ほどは黙って待機していたのだが、一時間を超えてから我慢できずにカンダロに問うていた。
「どうだ?」
「……おかしいですね」
ルフトジウムは膝を打って、身を乗り出した。
「やっぱりか!
……何がどうおかしいんだ?」
「何もないんです」
「何もない?」
「はい」
カンダロの指が止まる。
「ノイズの片鱗を見つけることができませんね。
センサーによる誤差の検知ログもありません。
うーん…全部が規格内に収まっていますね…」
「つまり、ここにはいない?」
「その可能性は出てきましたね」
ルフトジウムは大きく息を吐き、机の上に置いてあった雑誌を指でパラパラとめくりつまらなそうに背中を背もたれに預けた。
「なあ、カンダロ。
変かもしれねぇけど、ハルサは間違いなくここにいると思うんだ」
「根拠はあるんです?」
「ねえよ。
勘だ」
「一番不正確な根拠ではありますが、一番説得力のある奴じゃないですか」
カンダロは端末を閉じ、ポケットに入れる。一人と一匹は途方に暮れたように少しだけぼんやりとしていたが、やがてどちらかが言い出すまでも無く立ち上がり公社の建物から出ていた。いつの間にか夜は更に深まっていた。
「明日からは足を使った捜査になりますね」
「効率なんて気にしてる場合じゃなさそうだもんな」
「はい。
現場を見つけて、可能性を少しでも広げないといけませんから。
歩きやすい靴持ってきてますよね?」
「あるよ。
馬鹿にしてんのか」
「痛い!
なんで蹴るんですか!」」
都市の夜にしてはかなり静かだ。機械の音も、車の音も、風に紛れたように消えている。都市そのものが息をひそめている様だった。
「何か痕跡を一つでも見つけない限り帰れないぞ」
「出張費、自腹は流石に嫌ですからね。
この一週間で何か成果をあげないと」
「そうだな…」
-月日が傷を癒すはず- Part 7 End




