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-月日が傷を癒すはず- Part 6

      ※   ※   ※




 油圧ポンプの力を借りた分厚いブレーキが、鋼鉄で出来た巨大な車輪を挟む重い衝撃と共にゆっくりと列車は停止した。機関車の低い唸りと機械音が鎮まり、しばしの静寂が訪れる。すぐに機械式の扉が左右に開き、外の新鮮な空気が車内へとなだれ込む。


「あ~~…。

 やっと着いた~。

 マジで腰が痛いぜ~…。

 何か心なしか頭も痛くなってきやがった」


「超特急に乗ったとはいえ、流石に丸ごと3日間缶詰はキツかったですね~。

 乗り換えもかなり大変でしたし。

 ハブ駅に着いてからの乗り換えの複雑さ、半端なかったですよね」


「だな~。

 案内掲示板を見ても何が何だか」


 ルフトジウムは一歩、外へと踏み出して荷物を手に持ったまま大きく伸びをした。ホームの地面から足裏に伝わる感触は硬く、冷たい。背後で列車のドアがガチャリと閉まると、再び機関車が低いエンジンの唸り声をあげて走り出した。遠ざかっていくテールライトの赤い光を目で追いかけながらもルフトジウムは周囲を見渡す。ホームに降りたのはルフトジウムとカンダロ、そして二人の観光客だけという寂しさだ。


「めっちゃ綺麗な場所だな。

 こんなに磨かれている大理石を見たのは初めてだぜ」


「普通は大理石なんて使わないですよね、公共の場に。

 高いだけで…」


 駅の金属と石材が組み合わさった規則的な床は、光沢を帯びているにも関わらずどこか古びている。ピカピカに磨き上げられているはずなのに奥底に沈んだ月日の重みが出てきているようだ。垂れ下がっているくすんだシャンデリアの根元……天井は異様な程に高い。鋼鉄の梁が幾重にも重なり、巨大なアーチを形作っている。

 どこかの古い設計思想をそのまま現代に落とし込み、巨大化させたような構造は無駄なほど分厚く、そして無骨だった。ステンドグラスの部分から、色のついた薄暗い光が差し込み、ホームに薄く模様を作り上げている。人口が五千人程度の都市には必要とは思えない規模の駅にルフトジウムはへぇ、と関心の声を上げた。


「しかしまあ、立派なもんだな。

 ここの設計者がうちの近くの駅みたら、泡を吹いて倒れるかもしれないぜ」


「まあ、“ドロフスキー”はこういうのが得意ですからね~。

 とにかく頑丈に、巨大に。

 企業の威光を建造物で示すのは彼らにとっては基本ですから」


 カンダロは苦笑して、キャリーバッグを引っ張る。ルフトジウムはカンダロの言葉を聞いてそういうもんか、と納得して視線を巨大な“ドロフスキー”の社章に移した。。確かに威圧感はある。だが、同時に空虚だと感じる。


「そういやどこに宿を取ったんだっけか」


「この近くです。

 歩いて五分ほどの距離にありますよ」


「じゃあさっさと駅から出ようぜ。

 そんで何か食うか。

 腹減ったよ」


「肉じゃがとかは絶対に無いですからね。

 覚悟しておいた方がいいですよ」


「流石に餃子ぐらいはあるだろ。

 無ければエビチリでもいい」


「あるかなぁ……」


 何万人も収容できそうな駅は静かで、歩き出したカンダロとルフトジウムの足音だけがやたらと鋭く響く。静寂の中に、妙な整然さが滲みだしている。床には塵が一つも無く、壁の塗装も均一に保たれている。交換するのを忘れられがちな照明も全て正常に稼働しており、企業の顔として維持されているのが分かる。遠くで清掃ドローンの駆動音がする。ホームから改札までは階段を二つほど登らなければならず、ルフトジウムは舌打ちしてキャリーケースを持ち上げる。


「改札までが遠いな…。

 エスカレーターでもつけてくれればいいのに」


「デカいのが正義ですからね。

 人に寄りそう設計なんて二の次でいいんですよ」


 人が一人もいない自動改札機を通り抜け、ドアを開けた瞬間に湿気を多分に含んだ冷たい風が一人と一匹に吹き付けた。思わず目を細め、ルフトジウムはブルリと震える。手に持っているデバウアーが吹き飛ばされないよう更に強く握りしめ、先に歩き出したカンダロについていくように先へと進む。空は黒い雨雲に覆われており、昼のはずなのに夕方の様に暗い。太陽はそこにあるという存在を感じさせるだけで、光をほとんど落としていない。


「鬱蒼としてんなァ…」


「こういう都市ばっかりですよ、“ドロフスキー”は。

 工業地帯だった時の名残で、大気管理システムに割くことが出来るリソースが潤沢じゃ無いんですよ。

 無頓着、ですよね。

 いくら居住都市とは言え、これじゃあ誰も住みたくないですよねぇ…」


 ゴロゴロとキャリーケースを引っ張りながら歩くルフトジウムは圧迫感を感じ取る。その原因を考えた彼女が行きついた一つの理由が、都市に色が無い事だった。コンクリートの無骨なグレーとアクセントの様にたまに入れられた白色だけが使われている。たまに赤色や青色があるが、それらは車用の標識に使われている程度だ。

 

「故郷の都市と比べても面白味が薄い街だな。

 飯屋とかもあんまり無いように見えるな」


「まあ…。

 いざとなったらスーパーで色々買いましょう。

 調理ぐらいは僕も出来ますし」


「ここまで来てもお前の飯かよ」


「飽きるまで食べてくださいね」


「うるせーよ」


 ルフトジウムの前方に広がる街並みには、古い建築様式を反映した物が色濃く残っていた。直線的で、機能優先の巨大な建物群はかつてここが“大崩壊”前には国だった名残だ。まるでコンクリートの塊のような集合住宅には厚い壁と小さな窓がついており、どれも重苦しく威圧的だ。

 しかし、都市の中央部は違った。背後にはガラスと金属で構成された高層ビル群が立ち並んでおり、近代的な塔が古い建造物を飲み込むように聳えている。そして近代的な建造物の周りには色んな色が使われており、まるであちらとこちらでは世界が断裂しているかのような奇妙な感覚が彼女達を襲う。


「気持ちわりぃ……。

 まるで子供のまま大人になったみたいな…。

 なんていえばいいんだろうな、こういうの」


新旧が混在し、過去を押し潰すように未来が覆いかぶさっているような歪な融合がこの都市の異様さを際立たせている。カンダロは端末の地図を見ながら粛々とキャリーケースを引く。


「きっと僕達の住む“大野田重工都市”もそういう風に思われていますよ。

 あの光り輝くネオンに、本社の巨大な天守閣…。

 ここと同じように“歪”じゃないですか」


ルフトジウムは小さく息を吐いて、もう一度遠くに見える近未来的な高層ビルを眺める。


「まあ、古いものの上から新しいものを重ねて蓋をする…。

 コストを削減するにはもっともいい手法ですねぇ。

 まだ重工都市は古いものは壊すだけマシかもしれないですね」


 道路は広く、整備されていた。コンクリートが凹んだり剥がれたりしている場所はほとんどなく、通行人はまばらで、その表情は無に近く、みんな早足だった。誰も周囲を見ようとせず、互いに干渉するのを控えているかのような空気だ。再び風が吹き、ビルの間を抜けて低い唸り声のような音を立てる。ルフトジウムはコートの襟を抑え、小さく呟いた。


「ハルサ、あいつこんな寂しい所にいるんだな…」


「あくまでもその可能性が高い、ってだけですけどね。

 もしかしたらもう移動してしまっているかもしれないですし」


「少しでも可能性があるなら試すしかないだろ。

 納得できる形で終わりたいしな、俺も」


ルフトジウムの胸がわずかに高鳴る。緊張でも期待でもない、とても言葉では表すことが出来ない愛という感情。長い間、幽霊を追いかけているかのような感覚がここに来て実体を伴った。


「あ、今日からの宿はここです。

 早くチェックインして、近くのレストランで名物でも食べましょう。

 美味しいかどうかはさておきですけど」


「俺達の舌に合うといいけどな。

 名物食べたらすぐに調査に向かうぞ。

 俺に休息は必要ないからな」


カンダロは一瞬、ルフトジウムを見つめ頷いた。


「そうですね。

 早く見つけてしまいましょうか。

 そっちの方がルフトジウムさんも不安を解消できそうですし」


 荷物を宿に預け、二人が出てきたのはそれから十分後だった。風は依然として冷たく、重厚な街の奥へと一人と一匹は歩き出す。都市は何も語らず、沈黙を守ったまま二つの影を飲み込んでいった。




                -月日が傷を癒すはず- Part 6 End

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