-月日が傷を癒すはず- Part 5
「なんだよそれ?」
「補修ステープルです。
え、これ日常で見た事ありませんか?」
「ねーよ」
更にカンダロが画面を拡大する。映っていた金属はU字型で、コンクリート道路のヒビを跨ぐようにして打ち込まれているのが分かった。
「舗装で使われる応急固定具ですよ。
これ自体はどこにでも存在しているものなんですが、今回のは打ち方が少し違うんです」
「……お前は何を言っているんだ?」
「ここ、見てくださいね」
端末から漏れている光が彼の顔を青白く照らしていた。補修されている道路をしげしげと眺めるカンダロの表情は真剣そのもので、ルフトジウムは茶化そうと出していた手を引っ込める。
「ここです、ここ。
角度と間隔が分かりやすいですよね?
これ、企業によって明確な癖が出るものなんです。
金属同士の溶接の癖や、固定の癖、打ち込みの癖…。
同じ材料や道具を使っていても、どうしても同じにはならないんです」
ルフトジウムは黙ってカンダロの指し示す金属片を眺める。ずらずらと細かく並んでいる補修ステープルと、カンダロが出して来た“大野田重工”の補修ステープルを見比べてみるのだが、正直何が違うのかさっぱりだ。
「…そんで?」
「まだあります。
僕が言いたいのはこれだけじゃないです」
カンダロは画面をスライドさせる。荒れた舗装の隙間から緑色の細い草が生えているのが見える。草に知恵を持たない人たちが俗にいう雑草は、夜露を受けて鈍く光っており、細いその葉はどこか人工的なものにも見えた。
「この草、都市植生です。
“大崩壊”があった後、勝利した企業達が浄化目的で遺伝子を改変したものを世界中にバラまきました。
こいつら、都市の特性に合わせて姿を変えます。
その都市の水質や土壌、汚染度に合わせて個性が出ると言えばわかりやすいですかね?」
ルフトジウムは鼻で笑う。
「なるほどな。
お前もやっとこさ一人前って事だな?
ドラマで見たぜ、こういう仕事…えーっと…」
「“刑事”ですね。
…そんな職業が消えて早幾年ですけど。
僕も小さい時、ドラマとかで見て憧れた事はありますよ。
今疲労している知識は、ほぼ全部ダイ隊長からの受け売りですけどね」
「あの人、いっつもこうやって情報掴んでたんだなぁ。
コンクリートとかからどうやって情報を掴むんだと思っていたけどよォ…」
カンダロはデータベースに端末を繋ぎ直し、補修ステープラと雑草の特色から検索フィルターを重ねていく。“大野田重工”、“ロバートロボティクス”、“AtoZオートメーション”といった数々の大企業が除外されていき、やがてある企業名が一つだけ候補に残った。
「“ドロフスキー”……。
やっとここに来て出てきやがったか」
ルフトジウムは右手の拳を左の掌に打ち付け、ドロフスキーのロゴを睨みつけた。たった一社で全世界の企業に対して戦争を挑む、正に狂っている大企業。閉鎖された全体主義の企業の配下にある都市ならばハルサの情報がやたらと少ない事にも合点がいく。
「ずっと得体のしれない薄気味悪い企業という印象ですね、僕も。
本来ならばビザが必要となるのですが、我々は企業間セキュリティー会社です。
調査として入る事は可能です」
「よし、早速行くぞ」
出発しようとコートを羽織りなおしたルフトジウムだったが、はたとその手を止める。
「ちょっと待てよ。
ハルサが“ドロフスキー”に居るってのは分かったけどよ…。
あそこも大量の衛星都市を保持してんだろ?
でもハルサが居るのはその中の一つ……どうやって特定するんだ?
全部の都市を歩いて探すわけにもいかねえだろ?」
カンダロは腕を組み、新しいページを開きなおす。
「ハルサさんに関わらず“天使級”はその膨大なエネルギー故に痕跡を完全に消すことはほぼ不可能です。
例えそれがフリゲート艦クラスだったとしても。
そこでこの方法が使えるのか、正直行き当たりばったりにはなるんですが…」
「ほう?」
カンダロは今度は、“ドロフスキー”の都市環境ログをインターネット上から引っ張り出して来た。これらのログは全世界へ向かって天気予報を送信する“企業連気象センター”に送られている物で、全世界の企業向けに公平に公開されているデータだ。その都市や周辺地域の湿度や温度、雲の動き、汚染粒子密度、電磁波、重力偏差等が記録されている。
「やっぱり反応するんだ……」
通常なら滑らかに連続しているはずのグラフが所々歪んでいる都市がある。
「なんだこれ?」
「歪み…って言えばわかりやすいですかね?」
ルフトジウムは鼻から息を吐いた。
「お前が何言ってるのかさっぱり分からん。
馬鹿にしてんのか?」
「してないですよ。
えーっと、要するに都市のセンサー群や、ネットワーク、通信設備といったインフラを担う物の同期が一時的にズレているんです。
基本的にはセンサー同士が相互監視しているはずなので、ズレるはずが無いんです。
それらがズレているということは全てのセンサーが同時にエネルギーによる干渉を受けたということ。
こんな事態を引き起こせるのは各企業が保有しているL.A(超巨大兵器)もしくは…」
「“天使級”…」
ルフトジウムは小さく呟いた。
「そうです。
“天使級”はあの小さな体にL.A以上のエネルギーをため込んでいると僕は予想しています。
解明されていませんが、存在するだけで周囲に干渉してしまう可能性があります。
人間や獣人は気が付かなくともセンサー類はその影響を受けてしまう…」
「ってことは…」
「ズレが生じた都市におそらくハルサさんは居る。
これはハルサさんが移動したログのようなものです」
ルフトジウムは顎に手を当てて画面をスクロールする。フィルターをかけて日付ごとに都市を並べ替えていく。その中には連日ニュースで流れている“大野田重工”が攻撃中の都市の名前も載っていた。カンダロは小さく息を吐き、口に手を当てる。
「あー、一応“大野田重工”が“天使級”を使ったログも調べないといけないかもしれませんね。
でもどこに使ったかなんて、基本は特大機密だろうしどうやって見分ければ――」
ルフトジウムは横から手を伸ばしてログが途中で途切れている都市を指さす。
「いや、普通にこれとか、これだろ。
“天使級”が襲撃した後、都市機能が正常に残ってる方が稀じゃねーか?
ログが途中で切れている奴は除外しちまおうぜ」
「そうか、確かに…。
ではそれも省きますね」
カンダロが簡単に操作すると、端末のリストに残っているのは二十程の都市だけとなった。
「これがハルサの道のり…。
誰も気が付かない訳だ。
これは“故障”なんかじゃねぇからな」
「そうです。
こんな物、普通ならば都市にある総括AIがノイズとして処理してしまいます」
ルフトジウムは、ふと首を傾げる。
「じゃあなんでこれが残ってるんだ、って話になるよな?」
「え、簡単な話ですよ。
要するに都市が古いんです。
古い都市は統括AIも古いままの事が多いですから。
処理能力に限界が生じるんです」
「なるほど?」
全く理解が追い付かないルフトジウムだったが、今はもうハルサの居場所だけが分かればいいと割り切ってドヤ顔で話を進めるカンダロに身を任せる。
「環境ログと、履歴、そして旧式のインフラ、日付……。
これらの条件が一致する都市は――」
カンダロの指が止まる。
「“ドロフスキー第七居住都市”。
おそらくここにハルサさんはいます」
-月日が傷を癒すはず- Part 5 End




