↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
212/241

-朱と交わろうが白であれ- Part 29

      ※      ※      ※




「主任、主任!

 おられますか!?」


「シナチク、少しそこで待っていなさい。

 今は会議中だと分からないかしら?

 すいません、カナシタ副所長。

 私の部下が――」


『いや、ちょうど話も終わりそうな所だったし構わないよ。

 じゃあアイリサ君、引き続きよろしく頼む。

 マキミ先輩の研究を引き継げるのは、今や君だけだからね』


「ありがとうございます。

 妹弟子として、兄弟子のご期待に沿えるよう精一杯努めます」


『兄弟子…ね。

 その言葉すら今では、懐かしく感じるよ。

 あの時は良かった。

 …ではまた明日。

 同じ時間に』


「はい、お疲れさまでした。。

 ――よし、切れたわね。

 一体どうしたの、貴方らしくない。

 緊急事態以外に会議中は入ってこないように躾けたはずなのだけれど…?」


「申し訳ございません。

 ですが、三分前に現場より送られてきたこちらの反応を見てください」


「あらあら…!!

 ふふふ、そう…。

 やっと、姿を現したのね。

 この、どこへ消えたのかとばっかり思っていたのだけれど……。

 案外“赤い豆腐”の連中も悪くない働きをしているのかしらね?」


「直ちにご命令を。

 部隊に連絡しないと、あいつら“鍵”かもしれない物を壊してしまう恐れが――」


「ふふふふ。

 面白くなってきたわね。

 やはり私の読みはそう大きく外れていなかったみたいだし…。

 ふふ……。

 あは、あははは……!」


「主任……?」


「――シナチク。

 直ちに私直轄の戦闘部隊を招集しなさい。

 それと、“赤い豆腐”近辺の部隊を下がらせて。

 下手に刺激すれば“第一四八工業都市”全てが吹き飛ぶわ」


「それは避けたい最悪の事態ですね。

 畏まりました。

 すぐに通達します」


「必ず“鍵”を手に入れなさい。

 手に入れたら私の所へ持って来るのよ。

 いいわね?」


「承りました。

 では、失礼します」

 

「…………。

 ……ねえ、マキミ。

 上手に“鍵”を隠したつもりだったかもしれないけど、やはり駄目だったわね。 

 貴方はいつもいつも詰めが甘い。

 こうやって全部バレちゃうんだから。

 あんなに大きな反応、“ドロフスキー”も“重工”も、そしてその他の企業も見逃すはずがない。

 これから世界は大きく変わるわ。

 “第一四八工業都市”にはすでに各企業のL.Aが向かっていてもおかしくない状況よ。

 変化していく世界で、私は真に必要とされている存在かどうか……。

 ふふ、試してみる価値はあるかしらね?」




      ※      ※      ※




 首輪が外れた狼は、今まで受けた苦痛を晴らすかのように、見境もなく近くにいる動物や人を襲うものだ。その力を恐れるが故に人々は古から首輪というものを発明し、装着することで対象の自由と力を奪ってきた。首輪無き獣を御することが、どれほど困難で危険なことかを本能的に理解していたからだ。




 ハルサの四肢と五感を、これまで感じたことがない感覚が伝っていく。体内を満たした暖かくも冷たくもない“何か”は胸の中、心臓のすぐ傍らで大きな塊として鎮座したようだった。閉じた瞼の向こうからひどく冷たい水色の光が、薄い網膜に投影されている。深い深海の海が欠けて出来たような色をハルサは好きにはなれなかった。都市の外郭、汚染された区域に蛍のように溢れているシュバイアルルの光と同じだからだ。見覚えがある。しかし、思い出したくはない。


「ああ、私死んだんスね…」


安寧だけ存在するかのような静かな空間に自分はいる。だからこんなに心が平穏なのだ、と考え至ったハルサはゆっくりと閉じていた目を開いた。時間が動き出し、光と音が少し遅れて押し寄せて来る。まるで昔話や御伽噺に出てくるような天国が眼前に広がっていると思っていた。


「…………」


天国とは言い難い瓦礫と焼けたコンクリート、粉塵と焦げた油の匂いが鼻腔を突く。そしてようやく彼女は腕の中にある重みに気が付いた。


「…ルフトジウムさん?」


 ハルサはゆっくりと視線を落とす。掠れる声で名前を読んだ。ハルサは気が付けばルフトジウムを両腕で大切に抱きかかえていた。彼女は動かない。力なく体を預けている。血が滲んでいる胸がかすかに上下していることで、死んでいない事だけは分かる。だが、顔は蒼白で、体温も低い。戦場の匂いにルフトジウムの血の匂いが混ざり、ハルサの記憶が急激に呼び戻される。

 ルフトジウムが助けに来てくれたこと。遠距離のスナイパーによって胸を撃ち抜かれ、死にかけている事。そして気が付く。折れた腕、撃ち抜かれた両足の痛みがきれいさっぱり消えてしまっていることに。白い山羊を抱えたまま、指を広げたり、閉じたりしてみる。痛みはない。それどころか出血は完全に止まり、身体は異様な熱を帯びていた。


「ルフトジウムさん。

 今助けるっスから」 


 ルフトジウムを救うという衝動に突き動かされ、ハルサは長年の相棒だったアメミットを探して視線を巡らせる。そこでようやく自分が途方もない数の軍隊に囲まれているという事実に気が付いた。銃を手に一定の距離を保った敵の数は視界に見えるだけでも軽く百人を超えており、その後ろには四脚歩行戦車やハルサ達を苦しめた六脚歩行戦車の姿まで見える。


「構うことない、撃ち殺せ!!」


隊長と思しき男が、四脚歩行戦車の前で怒号を飛ばす。ハルサはまだ覚醒しきらない意識の底でぼんやりとその声を聞いていた。

 自動小銃や対物ライフルは当然としてヘリ搭載型の三十ミリ機関砲、四脚歩行戦車や六脚歩行戦車の主砲が次々と火を噴いた。ありとあらゆる殺意が重なり、一点――ハルサへと叩き込まれる。


「……………」


 しかし弾丸は届かない。空中で何か見えない壁に当たって“消滅”する。ハルサとルフトジウムを覆い、守るように目に見えない透明な何かが広がっている。見えない壁に触れた弾頭や砲弾が輪切りになって消えていく様子をハルサは壁の内側から眺めていた。爆風も衝撃波も、炎すらもハルサの前で形を失っていく。まるで物質が「ここから先へは行くな」と命じられているかのような現象は、魔法のそれだった。


「防壁――!?」


「恐れるな!!

 “強制消滅光装甲”だ!!

 出力を上げて突き破れ!!」


榴弾が炸裂し、ヘリや航空機からは対戦車用のミサイルが発射される。爆発。吹き荒れる衝撃が空気を揺らす。だがその中心にいるハルサの髪の毛は一本として揺れない。彼女は動かない。ただ、腕の中の姫を守りたいという意思が周囲を空間ごと歪めていた。


「休むな!

 撃ち殺せ!!」


防御でも迎撃でもない。“拒絶”が彼女の周囲を覆いつくしていく。爆発の合間を縫って遠くからルフトジウムの肺を、ハルサの脚を射抜いたのと同じ音がハルサの鼓膜を揺らす。銃弾はハルサの頭蓋骨を砕くルートで飛翔してきたが、“壁”がそうはさせない。超高熱によって消えた銃弾の向こう。ハルサは、廃ビルの屋上に陣取っている人間の観測手に鼠獣人狙撃手ペアを見つけた。


「…さんざんやってくれたのはお前らっスね」


見つかった、と感じ取った人間と鼠獣人はすぐにその場から逃げようとする。だが、遅い。ハルサが殺意を抱いて目を細めた瞬間、音もなく廃ビルの屋上近辺が空間ごと切り取られたかのようにきれいな円形に食い千切られる。観測腫の右足だけがその場に落ち、残りは細胞の一片すら消滅した。


「ッ――!」


 激しい頭痛。ハルサは思わず目を閉じる。背中が焼けるように熱い。何か得体のしれないものが自分の体の中を這いずり回っている。頭痛と吐き気でハルサはその場に膝をつく。脳内に未知の言語と情報が洪水のように流れ込む。ルフトジウムを落とさないよう歯を食いしばる。その背中から何かが羽化するかのように肉や服を突き破り生えてくる。それは金属のアンテナにも見えるものだった。




                -朱と交わろうが白であれ- Part 29 End

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。