-朱と交わろうが白であれ- Part 28
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ハルサとルフトジウムが絶体絶命の状況下にある現場から凡そ三キロほど離れた場所。ラプトクィリは端末の光に埋もれながら、爪を噛む暇もなくネットワークへと何度も潜り込んでいた。好物のコーヒーが入ったカップは床に落ち、砕け散っているが彼女にはそれを片付ける余裕などあるはずもない。
「くそっ、なんでこれが通らないのにゃ!」
苛立ちに任せて耳に繋いだ配線を引っこ抜き、即座に別の侵入経路に切り替える。ジャミングやノードのすり替え、偽装パケット、EMPの簡易再現――普段ならば企業のネットワークなど子供のおもちゃのように簡単に突破出来るというのに、今日は鉄格子のようにびくともしない。ここ数分で彼女は持ち札を全て切っていた。それでも敵の侵攻は止まらない。
モニター上でハルサが六脚歩行戦車相手に戦っているのだけが平面的に見えている。先ほどまで元気いっぱいに動いていたハルサだったが、十秒程前から動きが完全に止まっていた。ハルサとルフトジウムを示す青色の点目掛けて、大量の敵の赤点が雪崩れ込むように迫る。
「ハルにゃん!!
大丈夫かにゃ!?
沢山の敵がそっちに向かってるのにゃ!
迎撃できるのにゃ!?
ルフトジウムの方にも――」
応答はない。ラプトクィリの胸中を焦りの炎が焦がしている。彼女は強いプレッシャーを受け、自分よりも現場に近いカンダロに対して縋るような思いで無線を繋いだ。
「カンダロ!
ハルにゃん達がもう持たないのにゃ!
そっちから援護射撃とかできないかにゃ!?」
『僕も今考えている所です!
考え無しに突っ込んでも勝ち目なんてありませんから!
“サンレスキャット”、完全に我々の読みが甘かったとしか言いようがありません。
まさか“重工”がここまでの部隊を用意しているなんて――」
「だとしても何か手はあるはずにゃ!
考えるのにゃー!」
『とにかく急かしてみるしかないですよ!
応答をお願いします。
ハルサさん、ルフトジウムさん!!
まだ到着しませんか!?
もうこの位置にいるのも限界です!!
怪しまれ始めていて――』
ラプトクィリは心の中で「使えない」と大声で叫び罵倒するが、カンダロがこの危機的状況を理解できないのも無理がないことだ。今現在現場の指揮権はラプトクィリ。カンダロはただ彼女に従い、車を盗み、逃走経路を確保し、そして“指”が足りないラプトクィリの代わりに“AGS”のサーバーを弄って足跡を消し、架空の出張をでっちあげ、カバーストーリーを作成していた。
ただ、今回の危機的状況を招いたのはラプトクィリの落ち度ではない。ただただハルサとルフトジウムが言うことを聞かなかった事。戦術リンクに映らない伏兵が多数潜んでいた事。それだけの話だ。
「そんな状況じゃねーのにゃ!
お前、今すぐ助けに行けにゃ!!」
『えっ!?
いや、僕一人行った所で何も変わりませんよ!?』
ラプトクィリは舌打ちし、奥歯を噛み締める。ハルサもルフトジウムも危険区域のど真ん中。カンダロが作り上げた避難経路もすでに封じられかけている。出来ることは全てやった。ただ“大野田重工”が少し本気を出しただけだ。
いつもならばこういう状況下に陥った場合、ラプトクィリは味方を見捨てることを選ぶ。ルフトジウムだけだったら迷いなくそうしていただろう。しかし、今回は言うことを全く聞かないクソガキもいる。もしクソガキが死んだらツカサから何を言われる事やら。
「にゃ~~!!!!」
追い詰められ、判断よりも先に体が動いたラプトクィリはヘッドホンを投げ捨て、椅子から立ち上がった。
「クソっ!
今助けに行くにゃから待ってるのにゃ、ハルにゃん!」
棚を漁り、埃を被った拳銃を掴む。防弾チョッキを着用して扉を蹴り開け、外へ飛び出す。しかし、そんな彼女を止めるようにバチッと乾いた破裂音のようなものが端末から発せられた。
「にゃ!?」
すごく嫌な音だ。足にコードでも引っ掛けたか?と疑う彼女の目の前でコンソール全体に砂嵐のようなノイズが走った。ハルサやルフトジウムの位置を映していた映像が白と黒の粒子の海に飲み込まれていく。
「ちょ、へ!?
な、なんなのにゃ、これ!?」
端末と同期させる前に、PCが壊れるのは不味い。ラプトクィリは拳銃を机の上に置き、キーボードを叩いた。しかしPCから反応は返ってこない。返ってくるのは波のようなノイズだけだ。敵のジャミングか、それともネットワーク全体が落ちるような“異常”な何かが――?
「ハルにゃん!
聞こえるかにゃ!?
返事しろにゃ!!」
慌てて折れたヘッドホンを握り直し、声を吹き込む。しかし彼女の声は虚しく反響するだけだった。カンダロからも返事は返ってこない。直後、何が起こったのか全く理解できない彼女の視界が突然真っ暗になる。停電だ。
「立て続けに何なのにゃ!?」
慌ててカーテンを開けると、様々な色のネオンや、天へ昇るサーチライトでぎらついていたはずの街が死んだように静まり返った姿が目に入る。
「――――!」
判断するよりも先に体が動いていた。ラプトクィリは拳銃を握りしめたまま、廃ビルの階段を駆け上がる。鉄骨が軋み、錆びた古い階段が彼女の体重を受けて震える。胸の奥がざわつく。何か“とんでもなくまずいこと”が起こっている。彼女の体に流れる猫の血がそう告げている。こんな感覚は、過去に一度も味わったことがない。
「……何なのにゃ、これ」
階段を駆け上った彼女の視線の先、“赤い豆腐”のある方向から蒼い光が中層部と上層部へ突き抜けるように伸びている。“光の柱”という表現では足りない。それは“裂け目”だ。空間そのものが裂け、そこから吹きあがったような冷たい蒼光が鬱蒼とした太陽の届かない下層部全体を強く照らしていた。光の直撃を受けた中層部の分厚い基盤は溶解している。基盤を失った中間層の一区画がビルごと下層部へと落ちてくる。瓦礫が出した粉塵ですら軽減できない太陽光とも照明とも違う冷たい光は、見るだけで皮膚が焼けるような刺激があった。
「何なのにゃ、これ……?
ハルにゃん、ルフトジウム…!」
ラプトクィリの膝が震える。指先から凍り付いていくような感覚。“裂け目”はすぐに消える。しかし、目の奥に焼き付いた冷たい水色の光にラプトクィリは見覚えがあった。彼女はこの光を、色を知っている。
「“天使級”……?
なんでそんな奴までここに来るのにゃ――!?
“重工”が“天使級”を出してまで守りたい何かがそこにあるのにゃ…!?」
ラプトクィリは慌てて無線でカンダロに連絡を取る。ラプトクィリが万が一を考え、アナログ回線を搭載していた通信機をこの時ほど頼もしく感じたことは無い。
『ああ、繋がった!
今の見ましたか!?
ルフトジウムさん達がいる方からでしたよね!?』
ラプトクィリは震える言葉を何とか抑えつつ、彼に尋ねる。
「見たにゃ!
カンダロ、車は動くかにゃ!?」
『えっ!?
ああ、はい、動きますよ!
今のご時世、油で動く車があるなんて知りませんでしたよ』
「よし、それなら今すぐにあの場所にボクを連れていくのにゃ!!」
『!?!?』
-朱と交わろうが白であれ- Part 28 End




