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-朱と交わろうが白であれ- Part 30

「何をやっている!!

 もっと弾をぶちこめ!!!

 小娘一匹如き、なぜ捻り潰せない!?」


「隊長、あの姿や主翼……。

 もしかして彼女は――!」


「黙れ!!!

 “そんなもの”がここにいるものか!

 あんな“ろくでもないもの”が更に増えられてたまるものか!!

 いいか、あいつは実験施設から逃げ出した出来損ないだ!!

 さっさと殺せ!!」


 頭痛がわずかに引き、今まで以上に良く聞こえてくる敵の声に頭を揺さぶられハルサは再び目を開く。


「好き放題言いやがるっス…!」


毒づきながらも見開いた視界の端に違和感が走る。


「……?」


 瞬きをしても消えない。薄い緑色に発光する文字列は“大野田重工支配圏内”ではよく見る表示体系に近いものだったが、少なくともハルサが知るものではなかった。言葉というよりは情報という方が近いだろうか。読むよりも前に理解が先に来る。まるでそれが当たり前であるかのように。ハルサの視線に追従するように、三角形のカーソルが景色の真ん中に浮かんでいる。


「な、何スか……これ…?」


 ゲームで見たことがあるようなUIがかえって混乱を助長する。冷静にこれらが何なのか確認する時間も余裕も無い。視界を遮る爆風と弾幕の向こう、六脚歩行戦車や四脚歩行戦車、兵士の上に赤い四角のターゲット・デジグネイターが重なっていく。そいつらがまるで“敵”であると、見えない何かが勝手に判断してくれているかのようだ。


「目に何か付いているんスか、これ…!?

 一体、私に何が起こっ……て……?」


混乱が視線を泳がせる。三角のカーソルが長大な主砲を持つ六脚歩行戦車と重なり、電子音のようなものが軽く鳴り響く。圧倒的な威圧感とその佇まいから「逃げる為には優先的に排除しなければならない対象」だと思い出した瞬間、六脚歩行戦車目掛けてハルサの背後から一本の水色の光が飛翔した。


「くそっ、ついに暴れはじめたぞ!!

 総員、退避、退避!!!」


 水色の光は放たれてすぐに六脚歩行戦車に着弾した。分厚い装甲相手にレーザーは着弾と同時に一瞬だけ勢いを失ったが、すぐに装甲を溶かし内部へと侵入した。コックピット部分が開き、中からパイロットたちが雪崩るように飛び出し、一目散に逃げ出す。一拍置いて、六脚歩行戦車は内部を食い荒らされたように車体や砲塔を爆散させた。衝撃は周囲に展開していた兵士や四脚歩行戦車を容易く転がし、二次被害を広げていく。


「私がやったんス…か…?」


 ハルサは震える声で呟き、視線を落とす。足元に割れたガラス片が散らばっていた。車両の残骸なのか、建物の窓かそれは分からない。その一片に異様な影が映り込んでいた。輪郭は歪み、光を帯びた異物がくっついている。化け物だと判断してもおかしくない姿。ハルサはゆっくりと膝をついて近づき――それが“自分”だと理解した。


「え――?」


心臓が跳ね、息が詰まる。自分の顔や体つきに全く変化はない。変化があるのは背後……歪んだシルエットを作り出しているのは、背中から生えている折りたたまれた“翼”のようなものだった。

 “翼”というと、鳥類が持つ空中を飛ぶための羽毛が生えた美しい器官を思い浮かべるが、ここで表現した“翼”は断じてそのようなものではない。羽毛など一切ない。“鋼鉄の板”と形容したほうがまだしっくりくるだろう。それらは“翼”と呼ぶにはあまりにも異物的で、重厚で、不完全で、暴力的な形状をしていた。

 骨格の代わりに走るのは背中から生えた無数のフレームだ。いくつかの関節部に分かれたフレームを支えるのは歯車のようにも見えるいくつもの同心円が重なった細い鉄骨だった。それらから形状が一枚一枚違った鉄板のようなものが垂れ下がり、無数の穴が穿たれている。被弾の痕などではない。最初からそこに在るべき空白であるかのようだ。一つ一つの孔では水色の光が呼吸や心拍のように脈打っている。鉄板にはさらにアンテナとも感覚器とも取れる突起が不規則に並び、航空機のエルロンやフラップのようなものが必要性や物理法則を無視して配置されていた。そして気づけば頭上には、幾何学的な模様を描く水色に光るヘイローが浮かんでいた。


「ひっ……」


 ガラスの中の異様な影にハルサがたじろぐと、ガラスの中の化け物も同じように身を引く。翼はまるで生き物であるかのように不規則に角度を変え、排熱のオレンジ色の光を放出したり、小刻みにその位置を変えたりしている。


「こんなの…嫌っスよ…」


明らかに自らの体重を越えるであろう質量が背中に付いているにも関わらず、ハルサは一切の重さを感じない。恐る恐る自らの背中を見ようとした彼女の隙を突くように、いくつもの砲弾が再び降り注ぐ。


「――ッ!」


周囲を囲んでいた部隊が再び攻撃を再開したのだ。


「頼むから…!

 頼むから今はやめてくれっス!!!」


 防壁は未だ健在で、弾丸や消え、砲弾が分解され、爆風は霧散する。それら一つ一つが彼女を苛立たせるノイズとなる。死にそうなルフトジウムに、自らの体に起きている異変――。

 一つとして状況を呑み込めない彼女は悲鳴を上げたまさにその瞬間、彼女の悲鳴に呼応するかのように折りたたまれていた翼が大きく開いた。体に沿うように折りたたまれていた鋼鉄の構造体が擦れ合い、甲高い不協和音音を立てる。翼の関節が外れ、角度が変化し、フレームが引き延ばされる。それらは羽ばたきなどではない。

 無数の孔が一斉に明るさを増し、水色の光が翼の内側で収束する。


「……美しい……」


兵士の一人が、そう無意識に呟いたのがハルサの耳に届く。賛美ではなく、理解不能なものを前にした生物が恐怖を無理やり解釈した結果の一言だった。孔の縁の空間が僅かに歪み、目もくらむような閃光と共に水色のレーザーのようなものが全方位へと放たれた。

 レーザーは直線では進まず、まるで網のようにこの空間そのものを薙ぎ払う。“赤い豆腐”が包丁を入れられたように斜めに崩れ落ち、直撃を受けた戦車の装甲が剥がれると弾薬庫が爆ぜる。兵士達は逃げる暇もなく光に飲み込まれ、跡形もなく消えていく。遮蔽物は意味をなさず、今この場に光から逃れることが出来る逃げ場は無かった。レーザーの放つ熱量は空気を簡単に膨張させ、ハルサの周囲に衝撃波を生成すると、炎や煙を吹き飛ばす。目障りなものが消えた後にはもう、何も残っていなかった。


「はぁっ…はぁっ……」


目の前で起こっている惨劇はハルサの呼吸を搔き乱す。


「そんな……」


 兵器だけではなく、遠くに聳えていた歓楽街までもがハルサの“光”の餌食となっていた。沢山の人々が住み生活を築き、ずっと生きていた街が今の一瞬で死に体となったのだ。衝撃波でも消えなかった炎はいつの間にか勢いを取り戻し、歓楽街全体を黒煙に包み込んでいる。ハルサは腕の中で眠るルフトジウムの顔をそっと眺める。彼女をただ助けたかっただけだ。


「ルフトジウムさん……」


「う………」


 ルフトジウムは低く唸りながら身を捩る。彼女が生きていることに安心するもつかの間、背筋をぞくっとする感覚が伝い、額から冷や汗が噴き出した。今彼女がここで起きたらどうする。こんな姿を見せられるはずがない。軽蔑される――確信があった。


「わ、私はどうすれば―――」


 遠くで低く唸るような振動が敏感になったハルサの五感を刺激する。地面を伝う規則的な揺れは街から逃げ惑う人々が発するものでは無い。先ほどまでのプライドだけ高い無秩序な軍勢とは明らかに違う。


「まだ来るんスか…?」


ハルサは目を細め、ルフトジウムを強く抱きかかえ空を見上げた。




                -朱と交わろうが白であれ- Part 30 End



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