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米国騒動 ~あちらの世界の”特異点”~

15時01分


「帝国人は先天的に魔力が弱い…効果的な嘘には真実を混ぜる・・・なんてね?」


気味の悪い静寂が包む部屋の中で一人、ジルは満面の笑みを浮かべていた。そして、リリーの顔を覗き込むように見て、ねっとりとした口調で言った。

一人は非礼一歩手前のような癪に障る笑顔を、もうひとりは鉄仮面に氷の眼球を埋め込んだような無表情で笑顔を真っ直ぐに見続ける。

髪の色以外は生き写しという言葉以外に表現のしようがないほど似通った2人だが、纏う雰囲気は真逆だ。これは今現在2人がそれぞれに背負う”事情”が全く異なるだけでなく、これまでの人生の違いさえもその理由になるだろう。

一見すると、リリーは一筋縄では真実を話そうとしてない強固な意思を全面に押し出していた。だが、ジルも軟派な世間知らずのお嬢様学者のようで、上流階級の海千山千を相手に取る基礎教育を幼少から受けている。そして強烈な知恵者だ。つまり、この手の空気を”理解した上で無視する”という芸当もこなせる。

彼女はそれを証明するように、人の顔を覗き込むという挑発的な姿勢から、腰に手を当てて仁王立ちのようになり、リリーをやや威圧的に見つめて言った。


「さて。ウェスト院長?最初の質問への答えがまだだけど…」


ジルはわざとらしく首を傾げてリリーの発言を促す。だが彼女は口を開かなかった。凍てつく無表情と腕を組んだその姿勢は、まるでそういう造形の彫刻品のように微動だにしない。そこでジルは素早く方法を変えた。


「…しょうがない。じゃあ私が勝手に話すよ?」


ジルは腰に手を当てたまま、ため息混じりにそう言うと、人差し指を素早くリリーの眼前に出した。普通の人なら仰け反りそうな勢いだが、彼女は動じなかった。

ジルの目は爛々と輝き始める。これは久慈屋たち彼女の周りの親しい間柄の内では”暴力的な知性の光”と呼ばれる。彼女が持つ知能により、TPOを一切無視して気の済むまで語り始める前に見られるものだ。つい最近では、他領訪問前の王女との接見でやらかしたのが記憶に新しい。


「彼は男爵として王国に潜入した帝国の工作員だった。帝国人が王国の、それも貴族として潜り込んだ方法は定かじゃないけど…ここではどうでもいい問題ね?」

「…ええ。」


まずはジャブ。男爵の正体を話す。それにリリーは短い返答を返した。

普通に聞けば、男爵の素性関係の話は今はどうでもいいということに対する反応かと思う。しかし、話の内容次第では日本と王国の関係性に深い影を落とす

可能性を大きくはらんでいるため、正確性に関しては細心の注意を払わなければならない…が、リリーがそんなことを理解していないわけがない。

にもかかわらず、肯定とも取れるような返答をしたということは、ジルの発言全てが正しいと暗に示していた。その状況に、ほとんどの面々が表情を強張らせていた。

ジルの独演は止まる様子もなく、さらに続いた。


「あとは…王国の内憂のスポンサーだったり、裏社会あたりに取り入ったり、軍事情報を帝国へ流したりもしてたりだろうけど…そこも今はどうでもいいか。」

「早く話を進めて。」

「ほいほい。」

「…返事は正しく。」


ちょくちょく脱線しそうになるが、ジルは異常な速度の思考と説明を同時にこなしながら片付ける。その端々で独り言のようなつぶやきも交じっていた。

それを見た久慈屋は簡潔に話しを進めるように釘を刺す。これは邪魔のようだが、長年の2人のやり取りから編み出された”思考のリセット”と言われるものだ。茶々を入れることであえて思考を打ち切らせて、必要な要素を素早く見つけ出せるようにする。言ってみれば、捜し物を探しているときに見つからないのに一旦諦めると突然出てくる現象を意図的に起こそうとしているようなものだ。

ジルは黙り下を向いた…と思ったら、手を1回だけ叩いて顔を上げる。再開だ。


「じゃあ核心に迫ろうね?まず、男爵の”自死”。これは本当。だって拷問してたでしょ?」

「ごっ、拷問!?」

「当たり前じゃん!スパイだよ!?日本は知らないけど、米国も英国もやってるよ!?」

「…事実がどうであれ皆関わりたくない。あまり言うな。それか”言い換えろ”。」

「えー」


ジルの予想に狼狽したのは日本政府の面々だ。なにせ、拷問は非合法な手法であることは言うまでもない。それが行われていたという場合は、別の問題が多数乱立するため、”関わりたくない”というのは無言の総意だった。

久慈屋は念の為”気を使うように”ジルに促す。面倒そうにではあるが承諾した彼女は、手を忙しなく回しながら話を続ける。


「多分やってたのはあれ…王女の四肢だっけ?あのあたりかな?…それも今は置いとくか…ともかく!重要なのは、自死は王国にとっても”想定外”だった!でしょ?」


再びリリーを指差すジル。彼女の身振りは徐々に演技染みてきた。

前に論破を王女にやらかしたときは、相手が高貴で高尚な地位であり、相応の経緯が必要という”足枷”があったからこそ大分まとまってはいた。だが、上流階級の制限を取っ払えば、今のように自由に刃物を振り回すように論理を投げつけてくる。これが彼女の本性だ。

差し出した指をリリーから離さず、彼女を覗き込むようにしてジルは話した。


「想像だけど、拷…”強化尋問”の時以外は監視をして、少しずつ情報を絞り出していたはず。その中で彼は突然…”燃え上がった”。」


男爵が燃え上がる様子を表すように、わざとらしく手を広げると同時に、リリーのそばに素早く近寄るジル。リリーはそんな彼女を横目で静かに見つめるだけだ。だが、先程までの完全無欠な無感情という雰囲気ではなくなってきているように見える。事実を並び立てられると、人は沈黙を含めた嘘を付き続ける必要がある。これが思いの外疲れるのだ。

一方でジルはクライマックスへ突入と言わんばかりに、喜劇俳優のような大げさな手振りを交えながら独演を続けた。


「尋問を担当していた人は驚いたでしょう?突然人から炎が噴き出したという”絵面”と、その直前に…”激しい魔力反応”があったから。完全な推測だけどね?」


魔力反応というところで、リリーの眉が少し上がる。ジルの話はあくまでも推測だが、事実だとしたら、その報告を受け取ったときのことを少し思い出したのだろう。表に出る変化をきたすということは、相当な衝撃だったに違いない。久慈屋は努めてこの場を崩さないように存在感を消し始めた。彼にはこの”戦”の趨勢が見えたからだ。


「男爵は案の定即死。王国は予想外の出来事に対して策を講じる。それが、日本への”尋問結果”の情報提供と反逆貴族の死亡報告を別々にあげることだった。まあ、あのときはどこも混乱していたから突っ込まれないと見切り発車したのかな?…大当たりだけど。」


ジルは王国という”国”が、かなり強かな組織であることを見抜いていた。なにせ、混乱時の行動を予想して情報の精査を行われないような報告を上げたのだから。この”推測”は、日本側にとっては落ち度であると同時に信頼関係に少しだけ悪影響を及ぼす内容だ。中田の表情がやや曇りがちになったのを察してか、リリーの表情がさらに崩れる。発生する混乱を無視するという無茶な前提ではあるが、王国の国体を”ナシ”にする決定権は、日本にあるのだ。

しかも、本当に”マズイ情報”は一切隠していた。普通の国家間でも相当に危険な行為と言える。

その本丸に当たる、最後の推測をジルが話しはじめた。身振り手振りは大振りで、舞台俳優の独演状態だ。


「王国は一つだけ情報を渡さなかった。それが、魔法が使えないはずの帝国人が魔法で自殺したという点。それを渡さなかった理由は2つ。王国がその原理を知らない。そして、”帝国は魔法が不得手”という情報への矛盾を日本から問われることへの”恐怖”。そこで王国は…男爵の資産を全て押収して、現在進行形で男爵が魔法を使用した原理を調査中!どう!?」

「…そのとおりよ!なんなのよあなた!?」

「ジュリエッタ・ウィンストン!!」

「うるせぇ!!」


王国の立場、日本との関係、日本の置かれた状況、王国の限界…

それら全てを勘案して、最後に自分と瓜二つの変人女から看破されたリリーは、堰を切ったように姿勢を崩して降参する旨の叫びを上げた。

ジルの顔を見れば、それはキラキラと輝いていた。よほど満足したのだろう。

緊張感あふれる雰囲気からの転換が落ち着くまで、ほんの少しだけの間をおいてから、久慈屋はリリーに質問した。それは、日本や米国だけでなく、世界においても関係する可能性のある”本当にマズイ情報”の精査状況だった。


「…リリー。調査はどうだった?」

「………”宝石”よ。」

「なに?」


久慈屋はリリーの返答をすぐに理解できなかった。それも当然だ。その技術はこちらの世界にない魔法という未知の技術体系だ。それと宝石がどう関係するのか結び付けられないのだ。

リリーは改めて観念したようにため息を吐いて、ゆっくりと説明を始めた。


「帝国は魔力を”形あるもの”に変え、動力源としていた…ってのは知ってるわよね?」


帝国は魔法の仕様に制限を抱えている代わりに、鉄鋼などの科学技術を研究する方向に注力していた。結果、魔法と工学を合わせた機器を数多く生み出して軍事転用し、それが王国を圧倒した…

王国の帝国との最新の戦闘報告をもとに、研究所が協力してその形態を予想した。結果、王国で使われる魔木のような技術を発展させ、僅かな魔法を集めた高効率な動力源を開発したという結論に至った。

久慈屋も関わっている研究の一つであり、報告書も全て頭に入っている。もちろん対策本部や政府にも報告済みだ。久慈屋は報告書の記憶を元にリリーに確認した。


「…たしか…”魔充”とか言ったな。それが何か?」

「…あの密偵が自死するまで、それを利用できるのは”物”だけだと考えていたわ。」

「もう少し具体的に。」

「だから、単純に”増幅機構”として魔力の塊を使えるのよ。人が。」


男爵邸宅から押収した宝石類に、僅かな魔力反応を示すものがあった。それを詳細に調べたところ、純粋な魔力の塊だということがわかった。当初は魔道具の動力源としての活用から調査を進めていたが、男爵が魔法を使用して自死。

帝国人が使用できるような出力の魔法ではなかったために、ダメ元でその宝石を魔法使用者に装備させたら…ビンゴだった。

魔力は生命の内部から生成されるものであり、一度外に出されたものは内部に取り込めない。よって、魔充された魔力は人が使えないというのが常識だった。

だが、その常識はリリーの話からすると先週には非常識へと変わり果てたようだ。そして、その新事実はあまりにも不都合な状況を生み出してしまった。


「てことは、帝国は…」

「今現在では、私達と同程度の魔法を使役できる可能性がある。」

「”私達”っていうのと、”同程度”の基準は?」

「王国軍魔法兵資格保持者。」


久慈屋たちは頭を抱える。科学技術で言えば、帝国といえどもこちらの世界には太刀打ちできないだろう。日本でさえも多少の損害を出しつつも圧勝できる。米国ならできて当然だ。しかしながら、魔法という不確定要素で予想が全くできなくなった。科学技術と魔法をより高度に合わせられたら…

政府官僚たちはやや顔色を悪くしながらも、状況をすり合わせるための話し合いを始める。


「…米国に情報を出さなければなりません。これは絶対だ。」

「20世紀初頭程度の鉄鋼技術に、王国と同程度の魔法…確かに重大ですね。」

「…あ、帝国の魔法には一つ特徴…というより欠点があるわ。」

「なんだ?」

「魔力を封じた宝石以上の魔法は使えない。つまり…」

「強い魔法は多くは使えない、か。」

「そういうこと。」


久慈屋たちは顔を見合わせる。新事実の中では好材料といえる情報ではある。

だが表情は優れない。それで予想される好影響は本当に些細なものだろうだからだ。

誰かが軽くうなずくと、誰かがスマホを取り出しながら部屋を出る。さらに別のものはラップトップPCを会議机の上で開き、けたたましい音とともに素早くタイピングを始める。

一刻も早く情報を上げる。そして行動する。そのための準備を開始していた。

ジルでさえも真面目だった。話を踏まえて、考えられる魔法の使い方をアミナに聞いていた。政治的行動が不得手なだけで、魔法に関しては随一の才覚を持つアミナは、触りの情報だけでいろいろな可能性を見出すことができていた。

全員が焦燥感と使命感の合わさった奇妙な連帯により動く中、リリーが遠慮しがちに声を上げる。


「…一ついいかしら?」


全員の視線が彼女に注目した。今から言うことは全員が理解しているだろうことだが、それをあえて口に出すことで共通認識とするのだ。


「”帝国”は何かを持っている。それが何かわからない。だから今後の推移は予測不可能よ。それを肝に銘じて。」


全員が静かに頷く。そして、それぞれのグループから指示が飛び交い始めた。

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