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米国騒動 ~情報の選別~

6月17日14時44分 埼玉県秩父市 JHEL3F 所長室


通話を終了するために受話器を置く久慈屋。

主な通話にはスピーカーを使用していたが、最後はちゃんとした礼を言うために1対1の会話に切り替えた。

所長室にはジルに中田、圃場と和泉の日本側と、アミナにリリーなどの幹部級が集う。

久慈屋は自身の席に座りながら、そして他はその周りを囲んでいた。


電話が切れた後、しばらくしても言葉を発するものは誰一人としていない。

どのような提案をすればいいのか、具体的な対策を取れるのか、そして行動をいつ開始するのか。それぞれが出方を見守り、間合いを図る奇妙な雰囲気が漂う。


「…ウケるー」


最初に口を開いたのはジルだ。根が楽天家な彼女はこの空気を変えるために精一杯の一言を絞り出したのだろう。だがしかし、その言葉を発したときの彼女は、腕を組みながら”笑みのない目”と引きり気味に上げた口角という、彼女が滅多にしないであろう、皮肉と嘲笑で飯を食う絵にかいたような英国人のようなものだったことから、うすら寒さを感じるほど気味が悪かった。


「全く面白くない。」

「…皮肉に決まってんじゃん?」

「いや、それを含めて。」


久慈屋が彼女の言動をばっさりと切り捨てる。ジルもわかりきっているという態度を返した。

それに対する念押しの彼の忠告を示す表情に対しても、その様子は変わらない。

しかし、ジルの態度に反対をするものはいなかった。なにせ、20世紀にその地位を確固たるものにした世界の警察たる超大国は、政府内の分断により右往左往して全てに後手を期した挙句、最も急進的な方法に手を出した。はっきりと言えば、失敗の第一歩になる可能性が高い。


傍から見るとあまりに険悪で皮肉溢れる”じゃれ合い”をする久慈屋とジルに対して、中田は咳払いして話の転換を要求する。彼は対応方針を”上”に説明しなければいけない。それも今すぐに。


「…とにかく。米国が”急進的な”手段を含めて対応をするということは、我々も入念な準備をしなければなりません。そうですよね?」

「同感です。今我々が持つ帝国の情報は?」

「米国に全て流してますよ…政府が手に入れている分は。」


中田による説明口調は状況把握を促すと同時に、分かりきっていることを口に出して直接的な表現を用いずに各々に”皮肉”を伝える。ただ、この場にいる者はその程度の皮肉に怯むような軟ではない。久慈屋はすぐに状況を確認し、圃場がそれに答えた。


日本が持つ、米国に現れた”帝国”の情報。それは王国から伝えられたものが全てだ。

しかし、情報量は多くない。帝国は防諜が強固であり、ほぼ鎖国政策を取っていたために人の往来も皆無。果ては敵対国家とあって、王国でさえも得られる情報は限られていたためだ。


「…え?なんでこっち見るの?」

「…念のためだよ。」


しかし、それはあくまでも”王国”の自称。王国は日本に全ての情報を与えたというが、国家と言う組織が持てる者すべてを他に与えるというのはまず考えられない。利益が無いからだ。

だからといって、わざわざ口に出して波風を立てるのも国家同士のやり取りでは利益が無い。よって、日本政府や政府と共に動く久慈屋たちはあえて突っ込まなかった。


だが、利益が無いとは別の言い方もできる。”損をしない”、あるいは”害を被らない”。

それを踏まえて今の状況を考えると、国同士の”大人な対応”という段階は終わった。

それが、中田や久慈屋の日本側の面々が、リリーたち王国側に視線を向ける理由だ。


「…で、リリー?」

「なに?」

「王国が持ってる帝国の情報…全部日本に渡してくれた?」


最初に口火を切ったのは久慈屋。それも直球だ。なにせ時間があるとは言えない状況だ。それに対してリリーは予想通りという表情で、斜に構えて久慈屋を見据える。

そんな2人の間にアミナが割って入った。彼女は王国側の人員として、その物言いに思うところがあったようで、融和的ながらも不満を示した。


「クジャくーん…ちょっとひどくない?」

「だから、念のためだよ。」

「王国は誠意日本に協力してるよ?」

「理解してるよ?」


アミナは努めて柔らかに対応しようとする。ただ、それは疚しいことがあるから目を背けてほしいという懇願ではなく、純粋に自身が所属する組織を信じていたからの行動だ。

だからこそ彼女の表情には裏が無い。

これはアミナが裏表のない性格をしていることも起因している。良くも悪くも正直で嘘が付けない根っからの善人なのだ。

故に、今のやり取りに加わるにはいささか”分が悪かった”。

それを示したのはリリーのある言葉だった。


「…クジャ君…いえ、今は”クジヤ所長”と呼んだ方がいいかしら?」

「…じゃあ、俺もこう呼ぶか?”ウェスト院長”。」


お互いを名前ではなく、苗字と役職を付けて呼ぶ。何時もの砕けたやり取りではない、”論戦”であることをお互いが認めた。

リリーは久慈屋を見据える視線に厳しさを混ぜながら、淡々とした口調で言った。


「王国は大局的な判断に基づいて、保持する情報を日本に提供しています。」

「…”大局的な判断”って?」


久慈屋は努めて平坦な口調で問いただす。彼女の言葉は端的でわかりやすいように聞こえるが、実際には具体的な部分の言及を避けた”役人答弁”だ。

魔法を始めとして世の理を暴こうとする”学者”であるリリー・ウェストという人物の返答としては違和感が溢れていた。

上流階級出身のジルや、口八丁手八丁を駆使する海千山千の総本山である永田町や霞が関を仕事場とする中田に官僚たちは、リリーの返答を受けて”裏がある”という体で思案を始めていた。

一方で、アミナは呆けた表情でやり取りを見る。疑問は浮かんでいるようだが、合点がいかないのだろう。

そこで久慈屋は彼女に現実を認識させつつ、リリーにはジャブを打つことにした。


「…アミナは知らない?」

「ええ。」

「へっ!?」

「…俺が言えた口じゃないが、お前には”謀略”は似合わんよ。」

「謀略とは、大きく出たわねぇ…」


アミナは素っ頓狂な声を上げて少し固まる。そして2,3歩ほど歩き、所長室の中央にあるソファに座り込んだ。あとは声を上げることはなく、黙して物思いに耽り始める。

彼女自身、久慈屋の言う通り謀略や政略は極端に不得手のため、自ら距離を置いている。同時に周りもあえて関わらせないようにしている。”知らない”ということは不利益を生むことも多いが、強固な防御となることもある。それを全て理解しているからこそ、”仲間外れ”という扱いに子供じみた態度を示すこともなかった。


リリーはアミナとは対照的だ。表情を変えず、久慈屋の言葉を煙に巻く。

久慈屋自身も想定内の返答と態度…だが、彼らにとっての問題はここからだ。

とりあえず突っ込めば何かボロを出すアミナと違い、リリーは知略も相応に長けている。王都の政界で暗躍する程度には、だ。


というわけで、次の質問は”核心”に近いものとする必要がある。

そうすれば彼女のような手練れでも何かボロを出すかもしれない。

しかし、その”核心を突く質問”を出すには、今まで日本側が集めた全ての情報を洗い出す必要がある。それも数分以内に。

中田と官僚たちはすぐに集まり早口な小声で速やかに策を練る、久慈屋はデスク上のPCを使い、今までの情報を洗い出す。各々が慣れた、あるいは得意な方法で案を生み出そうともがく。

こんな時結果を出せる人間は、簡単に言えば”自頭の出来がいい”タイプだ。この部屋に集うものはその特徴を持つが、さらにその中でも優劣がある。自頭が一番優れた…それも世界でも最高に…人物。それは”彼女”だ。


「あっ、”男爵”か。」


ジルはいつの間にか部屋の片隅にある一人掛けソファに座っていた。そして片手で小さな円を描きながら、まるで今日の夕飯でも決めるように考えていた。そして目的の情報を見つけ、辻褄を合わせる。条件が全て合致すると、指を鳴らしながらリリーに人差し指を向けて言った。

相応に失礼な行動ではあるが、この場では的確だった。ジルのふざけた態度と合わさったそのキーワードは、リリーの不動と思われた表情をほんの少しだけ崩すことに成功したのだ。この場の人々がそれを見逃すわけがなかった。


「…当たりか…ジル?」

「…私も”苦手”なんだけどー?」

「お前の場合は苦手なんじゃなくて”嫌い”なだけだ。」


久慈屋はジルに”許可”を出す。その内容は言葉に出していないが明白だ。


”問い詰めろ”


て面倒そうな表情と言葉をジルは返すが、久慈屋は意に介さない。

10年以上にわたり彼女の同僚と親友という立場を担っている彼にとって、それが造作もないことを知っているからだ。


錘でも引っ付けてるように緩慢に立ち上がったジル。しかし、そのあとの動きは素早かった。恐らく”モード”が切り替わったのだろう。彼女はリリーの前に立つと、腰に手を当ててにやついたような笑顔で話し始めた。


「…さて、ウェスト院長?」

「なんでしょうか、ウィンストン博士?」

「東方領で自死した男爵って、帝国人?」


ジルの開幕の一打。これに驚いたのはリリー以外の面々だ。王国からの報告では、転移前の国王への反乱未遂から始まり、全ての内憂の中心人物とされていた男爵。まごうことなき反逆者で、その謀略の失策により己の限界を知り自害した…”王国人”という内容だった。

情報から、男爵はかなりの長期にわたり暗躍していたはず。それに爵位を授けられた貴族が敵国人というのはあまりに突飛な発想だ。

なによりも、それを裏付ける一つの情報が、そのもっともな考えを補強してた。

久慈屋と圃場はその重要な点を指摘する。


「待て。その男爵は王国人だろ?だって死因は…」

「し、焼死です!自らに魔法で火を…」

「ええ、そうよ。」


リリーは短く、抑揚のない声で肯定する。そこで久慈屋やリリーの話は止まり、沈黙が部屋を包む。ただ、それはリリーの返答を受け入れたものではない。彼女の態度が不可思議だったからだ。


「…おい、その肯定はどういう意味なんだ?」


久慈屋は自席から立ち上がりながらリリーに言う。

2人の人物からそれぞれ問いかけられたのに、どちらに対しても顔を向けるでもなく返答する。

どちらの意見に肯定したのか、それともどちらの意見も肯定したのか…判別がつかなかった。


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