米国騒動 ~西棟、孤軍奮闘2~
6月17日 0時19分(JST-13)ワシントンD.C ネブラスカ通り3801番
アメリカ合衆国国土安全保障省
「軍のエスコート付きか。まるでVIPになったみたいだ。」
「本物のVIPはもう少し待遇が良いと思うぞ。」
フェラーとのミーティングを終えてすぐ、ウェントワース補佐官から交渉を担当する国土安全保障省の担当官僚の名前がメモで伝えられた。
アダムはそのメモを見たときに思わず目を見開く。なにせその名前は、大学の同窓生だったのだから。
彼はメモを渡してきた補佐官の秘書に、その官僚の外見…赤毛のくせ毛で鷲鼻の長身なアイルランド系…を伝えて、同一人物であるかどうか確認してしまうほどに動揺した。秘書は知らないと冷淡な対応を取り、フェラーがその様子を見て卑しく笑っていたが、それに気づかないほどだった。
誰も対応したことのない難しい職務を遂行するとき、見知った顔がいるというのは、普通であれば心強いはずだろう。
だが、アダムにとってはそれに気味悪さを感じてばかりだった。
国土安全保障省に着いて部屋まで通された先に居た旧知の友人、パトリック・ケリーの顔を見てもその感情は増幅するばかりだ。
しかし、今日はなぜかアダムの不安を感じ取る人に恵まれないらしい。パトリックもその一人だ。
彼はアダムに閑話休題と言うように、爛々と輝く目をしながらあることを聞いてきた。
「…なあ、アダム。君は日本で”彼ら”に会ったんだよな?」
「…異世界人か?」
「そうだよ。で、見たのか…”魔法”をさ?」
このとき、アダムは久しぶりに思い出した。そういえば、パトリックは陽気で話し好きだったことを。
楽しいことに目がなくて、彼に付いていけばそれなりに愉快な夜を過ごせた学生時代だった。
そんな彼が、今一番熱い話題である”異世界人”、そして”魔法”の話題を聞かないわけがなかった。
アダムは気晴らしになるかも知れないと、パトリックの雑談に乗る。
学生時代を極力再現するように、平静を装って話を続けた。
「ああ、見たよ。」
「本当かよ!どうだった?」
「俺が見たのは…そうだな。”大工仕事”だった。」
「…は?」
アダムが話したのは、青森で見た一連の光景だ。魔法を間近で見た米国人数人の一人となった彼は、奇しくも上級の魔法使いと言われるほどの異世界人による、一連の”奇跡”を目の当たりにしたのだ。DCに帰ってきてからというもの、その話をせがまれた回数は100を降らない。
だが、アダムは一貫して言葉を濁した。報告書を作成したときにふと気づいたのだ。
”女魔法使いが左手を上げると、5m程度の角材数本が宙に浮かんだ”とか、”日本の協力者が化学合成の知識を与えると、必要な溶解剤や建材を手から生成した”とか…自分が三流のファンタジー小説家になったのかと思わんばかりの内容に、真面目に話したら精神的問題を疑われる…と。
幸いにも、報告書には映像や写真を加えていたので異常者のレッテルを貼られることは免れたが、報告書を最初に受け取ったウェントワースからは”今は機密に指定しないが、みだりに口外することは出来ない”と真っ直ぐな視線を向けられつつ言われたときは、すぐさま大きくうなずいたのは記憶に新しい。
しかし今目の前にいるのは気心知れた友人。全てをありのままに話しても受け入れるだろうという確信があった。
アダムのその勘は正しく、パトリックは喜色満面に彼の話を反芻し、そして現実のものと受け入れるために確認をとった。
「待て待て待て…柱を”手振り”で持ち上げたり、漆喰を”生成”したり?」
「ああ。」
「なんだそりゃ。まるでハリーポ」
「なあ、なんでそんな緊張感ないんだよ!」
酒の席で披露するには極上のネタが手に入った…とでも言うように楽しむパトリックに、アダムはとうとう不満をぶちまけてしまった。
アダムとしては、今後の予想が全くつかない事態を目にしているのに、次期大統領選だとか、職探しだとか、そして久しぶりのバカ話に興じる余裕がどこにあるのかという気持ちで一杯だった。
この状況を自分たち、或いは極々限られた範囲での利益にしか捉えていない人間たちに嫌気が差していたのだ。
パトリックは、一瞬驚いたようにアダムを見つめる。しかし、すぐに表情を変えて、腕を組みながら彼に問いただした。
その時の彼の表情は、今までのにこやかなものではない。対象に真意を問いただす知恵者の顔だ。
アダムはその様子を見てもう一つ思い出した。大学時代、ディベートの授業で彼に”負け越している”ことを。
「…逆に聞きたい。お前は何をそんな”怯えている”んだ?」
「…怯えてる?」
「ああ。ルームメイトだった俺には分かる。ポーカーフェイスのお前らしくもない。」
大学4年間同じ部屋で過ごした旧知の仲であるパトリックだからこそ分かる、アダムの不安の本質。
それを言い当てられたアダムは、自分の恐怖心を初めて自覚した。
1時13分(JST-13) ホワイトハウス 西棟1F 大統領執務室
「…私も現地へ?」
「そうだ。」
国土安全保障省から戻ったアダムは、息をつく間もなく執務室へと呼び出された。
交渉内容はきっちりとまとめることができた。これは気心知れたパトリックとアダムだからこそ出来た迅速な仕事だ。
しかし、その報告を行ったアダムに告げられた次の指示はささやかな動揺を覚えてしまうものだった。
”帝国の首都と思われる近縁に赴いて、政府の代表として国土安全保障省と連携しつつ現地対応に当たれ。”
アダムが自身の不安感と静かに戦っている間に、ウェントワースとベッカー議長がその意図を説明する。
「…君は異世界人との接触経験がある数少ない米国人だ。そして、異次元事象対策の大統領補佐官でもある。現場に出向くには適任だ。」
「軍としても是非お願いしたい。彼らの特性を図れる人物が現場にいると心強い。」
2人の説明は理にかなっていた。アダムに反対する理由は見当たらない。
であれば受けるしか無いのだが、先程親友に当てられた”本心”がちらついて、言葉を発することが何故かできなかった。
そこに大統領が念押しをする。これには迅速に、そして毅然として答えなければならなかった。
「…アダム。受けてくれるか?」
「はい。お役に立てるよう、尽力させていただきます。」
「…3時にアンドリューズから輸送機が出る。それでアルタスまで飛んでくれ。」
アダムの返答に大統領は静かに頷いた。
続いて、ウェントワースから現地への移動手筈、ベッカー議長からは待機場所である指揮所での注意事項が説明される。
それらが完了すると、各々は速やかに仕事へと戻った。
アダムも自身のオフィスがあるアイゼンハワー行政府ビルに戻ろうとしていたが、それをウェントワースが呼び止めた。
「アダム?」
「…ウェントワース補佐官?」
「ちょっといいか?」
「ええ。」
ウェントワースの招きで、アダムは大統領執務室からほど近い首席補佐官室へと彼と共に入った。
ウェントワースはゆっくりと自席に腰を下ろす。アダムはその前で後ろ手を組んで言葉を待った。
「…私からも礼を言うよ。非常に難しい仕事だと思うが、頑張ってくれ。」
「いえ…どうやら、”厄介払い”のようですから。」
アダムは率直に”本質”を問いただす。現地対応の命令に一瞬二の足を踏んだのは、恐怖心だけが理由ではない。
自分がDCから”追い出される”理由が、すぐに思いついたからだ。
ウェントワースはため息交じりに、彼の率直な言葉に向き合った。
「正直に言おう。この作戦は副大統領の肝いりだ。大統領に彼を制する力は、あまりない。」
「そのようですね。」
「…これ以上衝突を続けると、あの男は何を言い出すかわからない。そのための策なんだ。」
「ええ。わかっています。」
敵と判断した人物は、盟友だろうが自党の仲間だろうが徹底的に叩きのめす。
軍事的には軍人が引くほど強硬的。外交政策も豪腕そのもの。内政は財政出動が唯一の手。
”彼が民主党にいる理由は唯一つ。妊娠中絶を承認しているから。”というジョークもある。
テキサスに地盤を持ち、民主党が勝てない南東部で票を取れる民主党員。
その熾烈な姿勢と地位から付いだあだ名が”下院の腫れ物”。それがオルブライト副大統領という男だ。
一方で、平穏を具現したような人物と評されるのがキングス大統領。
選挙戦で奇跡のタッグと呼ばれたが、専門家の危惧通りに就任1年後には分裂状態に陥った。
地盤が強固ではないキングス大統領は、オルブライト副大統領に勝てない。
だからこそ厄介事は避けるしかなかった。
アダムの処遇は、少なくともこの西棟にいる人間からするとすでに理解しているし納得もしている。そして同情もされている。
だが、ウェントワースの気にかかるところは別にあった。彼はそれをアダムに柔らかに聞いた。
「なあ、聞いていいか?」
「はい?」
「なぜ君はこの件に対して恐怖を感じているんだ?」
アダムはその言葉に表情を変えないように勤める。
流石に全てのホワイトハウス職員を管轄する立場だけあって、人の様子を見抜くことは造作もなかったようだ。
そこでアダムは、正直に、そしてわかりやすく一言で答えた。
「…勘です。」
1時43分(JST-13) ペンシルベニア大通り
「…なんだ?こんなときに…」
ホワイトハウス近くの大通り。アダムは人気のない通りで、夜空を見上げていた。
すぐに自身のオフィスに戻ってアルタス行きの準備をしないといけないのだが、少し気持ちを落ち着けたいという気分が強くなった。
そして今の黄昏れた姿となっている。だが、少しの安寧も彼には与えられなかった。
けたたましく震える私物のスマホ。すぐに手に取って表示を確認する。
見知らぬ番号からの着信だった。しかし、その着信はアダムが応対する前に切れてしまった。
普段であれば無視するような出来事だが、このときはなぜかその着信が気になった。
そしてその直感は正解だった。すぐにショートメッセージが届く。
そこにはこう書かれていた。
”この番号に政府支給の端末で折り返せ。 Dr.Kuja”
「相変わらず面倒なことを…」
アダムは乾いた笑いを吐き出しながら呟く。
日本で知り合った気難しくも有能な科学者で、現在の最大の協力者でもある男からの指示。
彼のことだから、何らかの方法で米国の動きを察知したのかも知れない。でなければタイミングが出来すぎだ。
もちろんアダムはすぐに指示に従った。2つのスマホを手に取りながら、彼は器用に両手で操作をして番号を打ち込む。
発信を押すと、まずは聞き慣れたコール音が響く。だがその後はあまり聞いたことのない通信音がしばらく続いた。
呼び出しにしては若干待ち時間が長い。アダムは少し不安を抱くが、彼は無茶ぶりをしてくるが悪事をしない人間であることは理解していた。
しばらくしてやっと回線がつながる。それを認識したアダムは、開口一番に軽い皮肉を交えて答えた。
「やあ、久慈屋。こっちは夜中だって知らないのか?」
久慈屋はそれに間髪入れず皮肉…ではなく、自虐を返す。
”この数ヶ月、夜中だろうと働いてるだろう?お互いに。”と。
それにアダムは、再び笑い混じりに応える。今度は乾いたものではなく、なぜか感じる妙な安心感のおかげで少し潤いを得ていた。
「…それもそうだな。そのとおりだ。」
電話先の久慈屋は、声のトーンを変えて時間がないと話す。なんでも、今電話先にはウィンストン博士や政府対策本部リーダーの中田氏がいるという。
そして彼は、直球で本題を聞いてきた。米国は”攻撃”をする気なのか?と。
アダムはもちろん話をすることを渋った。いや、渋ろうとした。
「いや、その話は…できる?なんで?」
待ってましたと言わんばかりに、久慈屋は自身の盗聴対策の万全さを説いた。
アダムは半分以下も理解できなかったが、要は色々細工しておいたのでこの会話は”男の近況報告”以上の情報が出ないようになっているらしい。
「…本当になんてやつだ、君は。」
この手際には、アダム自身大笑いしたい気分になった。
ただし、人通りの少ない深夜に加えて、SPや軍の特殊部隊が目を光らせているホワイトハウス周辺で目立つ行動を取るのはよろしくないと、すぐに平静を装ったが。
しかし、アダムはなぜ会って1ヶ月も経たない科学者に安心感を覚えているのかわからない。
だが、ここは全てを話せば、なにか事態が動くかも知れない。そういう直感が再び働いた。
「分かった。全部話してやるよ。これが今のDCだ。」
こうしてアダムは、久慈屋にここ数時間のあれこれを全て伝えた。




