米国騒動 ~プロム・パーティー作戦開始~ 1
6月17日7時32分(JST-15) アメリカ合衆国オクラホマ州
アルタス空軍基地 異次元対応作戦後方指揮所
「””…よって、国民の安全を第一に保全することを目的とするため、軍主体による作戦遂行を決断いたしました。しかし、まずは対話の道を模索することが…””」
広くない休憩室には似つかわしくないほどの人がごった返していた。大型輸送機や空中給油機の訓練が行われるこの基地には、あまりない光景だろう。だが、この人の多さにしては騒がしくはない。それぞれが担う職務に必要な最低限の会話を行いつつ、全員がテレビに注目していたからだ。
テレビに映し出されるのは大統領の会見。直接国民に演説を行わなければならない事態でよく見られるあれだ。
それを見るアダムの表情は、これ以上無いほどに険しく、目は生気を失っているとも言われかねないほどだった。
「サリンスキー補佐官。」
「…なんだい?」
「その…表情が怖すぎます。」
「そりゃあ…無理もないだろう。」
「いえ、”彼ら”が気にしてしまうかと…」
アダムの様子を見かねた一人の若い軍人が声をかける。しかし、彼の態度が和らぐことはない。
そこで軍人は直接的な理由を示した。軍人がこっそりと指し示した先には、彼よりもさらに若い…そして軍人にしては気迫の薄い、軍服に”着られている”ような集団が目に入った。
アダムは多少意味がわかっていたが、あえて軍人に聞いてみた。
「…リー軍曹。彼らは?」
「予備役ですよ。4日前に配備されたばかり。鮮度抜群です。」
「鮮度ね…」
「…こう言ってはあれですが、私から見ても練度も覚悟も足りません。これだけ大規模な予備役の招集は例がありませんでしたからね。準備が追いついていない。」
「私に言うかい?"最高司令官"の部下だよ?」
アダムはリーに顔を向ける。片眉を上げ、力なく口角を上げるワザとらしいその表情は、軍人にとしてはご法度の”上に文句を言った”ともとられかねない発言を投げかけられたにしては柔和な雰囲気をまとう。アダムとてその発言を咎めたり、否定のする気はさらさら無い。それが”真実”と認識しているからだ。その表情を見たリーは話を続けた。
「補佐官は安全と確実を第一に考えておられます。その姿勢に、一人間として信頼を表したまでです。」
「…軍人としては失格かな?」
「ええ、でしょうね。」
少しの間をおいて、2人は乾いた笑いを投げかけ合う。アダムは”身内”に軍人がいるため、リーが始めたこの会話の真意をとうに見抜いていた。私心を極限まで排除することを求められる軍人ではあるが、命を懸けた団体行動には人としての”繋がり”が必須だ。故に、このやり取りは警戒心を和らげるためのものだ。特に、非戦闘員には重要だった。
アダムはそれを理解したうえで、表情をがらりと変える。ここからは少し真面目な話だ。
リーもすぐさま雰囲気の変化を感じ取り、表情を引き締めて彼の会話に集中した。
「…情報提供は自分以外にもDCへ確実に行われた。あの日本が公式非公式問わずに連絡の嵐だ。自分もその内容は重大だと思ったよ。」
「帝国は魔法を高度に使役できる…ですね。」
「ああ。でも、一考にもされなかった。それが全てだ。」
アダムの愚痴交じりの話に、リーは静かに言葉を返す。日本からもたらされた帝国の能力に関する重要情報は、本来であれば戦力評価が大きく変わるはずだった。しかし、それは作戦の抜本的な見直しを意味する。すでに遂行が決断されている上に、権力闘争により後手後手に回った挙句の行動がさらに遅延するとなれば、政治的なダメージが深刻になる。結果、その情報は”格段の注意力をもって精査に当たるべし”程度の扱いとされた。つまり、先送りだ。
訓練が主任務であるこの空軍基地に設置されたDCとの簡素な通信室で、アダムは怒号を飛ばしながら数十分の激論によって再考を求めた。
それでも覆らなかったという結果は、もとより不安に苛まれている彼の精神に重々しい徒労感となって覆いかぶさった。そんな彼が発する禍々しいとも言える雰囲気は、アダムに付くリーが雑談を試みて気を紛らわせようとするほどに異様だったのだ。
「…で、あれば。我々が全力を尽くすしかありません。」
「頼もしいね。」
リーは短く、しかしはっきりとした軍人らしい口調でアダムに言った。
しかし、それに応える彼の言葉は、どこか気の抜けた無力感をはらんでいた。
10時40分 テキサス州オールダム郡 ボーイズランチ
総司令部があるアルタスからは300㎞弱、近縁の都市で前線統括司令部があるアマリロから北西に50Kmのところにあるこの土地は、人口300人未満の極々小さな町だ。そもそも正式な地方行政機能を有さない町であり、ここを町と知らしめるのは国勢調査のために指定された地域区分しか無い。そんな土地であるからか、砂と、岩と、石と、枯れ草と、素行不良の児童更生施設と…つまり少しの建造物を除けば、大体は砂漠が広がるばかりで何もない。
しかし、そんな最果ての地も今は様相が様変わりしている。町の100倍程度の人間がこの場にとどまり、全員が忙しなく動き回る。その内訳は8割が軍人で、1割は近隣の保安官や郡警察となぜかどこでも現れるFBI、最後の1割は州政府や郡庁や省庁の名前が背中にでかでかと入れられた、洗濯ノリが浮かび上がるほど奇麗なジャンバーを羽織ったひ弱な役人だ。
「…以上となります。質問は?」
「大丈夫です。」
「はい。では10時45分から乗り込んでください。以降の行動は我々の指示に従っていただきます。」
使節団は国土安全保障省の職員を中心に7名。そしてそれを守る防衛中隊は総勢約200名の大所帯だ。編入された兵科も歩兵に機甲に砲兵と多様に展開する。さらに、本来中隊の指揮官は少佐までが指揮を担うことが多いが、作戦の性質からはブレイン”中佐”が任命された。異例づくめのこの防衛隊はD中隊と呼称された。
この規模の団体が動くには現地の環境は望ましくない。結果、設けられた3つの地点に2個小隊ほど先着して待機している。
正直なところ、作戦と任務にあたる中隊が、軍事作戦というよりは、政治的交渉を優位に進めるための恣意的行動が目的であることは、参加している兵士はすぐに理解できた。でなければ、こんなチグハグな体制にはしない。
ブレイン中佐が作戦前の最終ブリーフィングの終わりを告げると、出立する面々は慌ただしく最終確認を始めた。軍人たちは基礎訓練の成果か、予備役上がりでも細かい動作一つ一つに俊敏さが光る。一方で使節団の役人たちは、緊張もあってかぎこちなさが目立つ。まだ若いヒラ役人に至っては、持参する数枚の書類の数確認を2度3度と繰り返す有様だった。
そんな喧噪を後目に、アダムは腕を組んで静かに目標を見据えた。そんな彼の元へ、旧知の仲である使節団長のパトリック・ケリーがポケットに手を入れてへらへらと近寄り、声をかけた。
「…アダム。本当にどうしたお前?」
「なにがだ?」
「人でも撃ち殺した後みたいな表情だ。」
パトリックはにやつきながらアダムの顔を覗く。その様子は人を見下しているようではあるが、これは挑発のような発破だと、アダムは理解していた。
大学時代を思い出させるその様子を見て、少しだけ緊張感を解いてアダムは話す。
「お前こそなんでそんな平静なんだ?」
「…騒いだってしょうがないだろ。だって…あれだぞ?」
パトリックが指さす先には監視モニターがあり、そこには高さ数十mの濃い紫色をした材質の石材により作られた城壁と、その中にある多面体を主とした不思議な構造の城郭が映し出されていた。パトリックは溜息交じりに言葉を続ける。アダムもそれに答えた。
「歪というか、禍々しいというか…」
「ああ。ひと目見ただけでわかる。俺らの世界のものじゃないな。」
使われる色味が全て暗く、見た目も異様で建築様式の変容がすぐには判別できないそれは、嫌にでも恐怖感と嫌悪感を増幅させていた。
11時26分
「ベータポイント、まもなく到着します。」
「ここで最初の呼びかけ…ですね?」
「はい。停車次第、迅速に行います。」
出発後、設けられた3つの地点の2つ目に到着しようとしていた。1つ目のデルタポイントは何も問題なく通過。地点に留まるD中隊第四小隊の面々も、若干の”飽き”が見られるほど何も変化がなかった。
変わってこのベータポイントには、先遣していた第二と第三中隊に加え、少々不釣り合いな様相の”PAシステム”があった。大型スピーカーは事前の準備によって、帝国の首都と思われる都市に聞こえるであろう場所に設置済みだ。
車列が停止すると同時に兵士数人が配置に付くため飛び出る。そして隊形を整えると使節団が車両から降りる。団長であるパトリックは足早に”お立ち台”のマイクの前に立つと、少々早口で帝国への呼びかけを開始した。
「…リヒガル帝国の皆様。こちらは合衆国政府です。貴国は我々の国内に出現しております。共存に向けた協議を依頼したく思います。」
広大な砂漠にパトリックの声が聞こえる。しかし、その音量にしては残響は少ない。遮蔽物が少ないため、音を反射するものが無いのだ。
パトリックの読み上げが完了したと同時に、一人の兵士は腕時計をすぐさま確認していた。
”120秒”。これが安全を確保しながら、呼びかけへの応答を待つ最低限の時間と定義された。
時計を見ていた兵士は、時が来るとブレイン中佐に合図を送る。タイムアップだ。
中佐はパトリックの元へ駆け寄った。それを見たパトリックは、原稿を懐にしまいながら中佐に声をかける。
「…反応なし、ですね。」
「まあ、想定内です。アルファポイントへ向かいましょう。」
「わかりました。お願いします。」
パトリックを先頭にした使節団と、その警護に当たる第一小隊は小走りで車両へと戻る。それを見た他の兵士も車両へと戻り、前進の準備を速やかに行った。
このベータポイントからは、自走迫撃砲も帯同する。彼らは第二中隊という扱いだ。
さらに一部歩兵は周辺偵察のために車両を降りる。よって、輸送車で運ぶだけのこれまでより、行軍速度が極端に落ちる。
ただ本来はこれが正しい。数十名が約20㎞を数十分で駆け抜けるというのは、行軍としてはあまりにもおざなりだ。なにせ、その間移動する以外の行動が出来ない。攻撃されたジ・エンドだ。”時間が無い”という政治的判断により下された兵員軽視な行動に、一部士官は露骨に嫌悪感を抱いていた。
様々な感情が入り乱れつつも、D中隊の2個小隊は前進を開始した。それから程なくして、中佐がパトリックに再確認を行った。
「…団長。念の為注意していただきたいのですが、アルファポイントは決して安全ではありません。少しでも異常があれば…」
「ええ、理解しています。その点は中佐に一任します。」
「承知しまし…」
「””こちら偵察隊。対象周辺に動きあり””」
言葉を遮る様に入った通信に、中佐は表情を一変させて傾注した。そしてすぐに詳細を問いただす。
「…どんな動きだ?」
「””…その、なんと言えばいいか…””」
「なにを言い淀んでいる!報告は明確に行え!」
車列は停止できない。止まればただの的だ。そのため、動き続けながら次の行動を決定する必要がある。しかしその判断には確実な情報が必須だ。中佐の語気が荒ぶるのも無理はなかった。気迫に押された偵察兵は、無線越しでも感情の揺れが伝わる口調で中佐の問い詰めに応えた。
「””…”揺れた”んです。構造物の上部が。””」
「…揺れた?」
「””あるいは…歪んだと言うか…””」
偵察兵の説明は要領を得なかった。それも無理はない。相手は”魔法”を使う得体のしれない連中なのだ。一体どんな攻撃をするのか、防御をするのか、話は通じるのか、そもそも人間なのか…数多い疑問が解消されることはない。情報が無いのだから。
中佐とて不安が無かったわけではない。部下を守るため、1つ2つの具申ならした。しかし、全く持って不十分だったことをいまさら実感させられたのだ。
そうなればとる道は一つしかない。中佐は素早くパトリックへ顔を向け言った。
「団長。撤退の準備を。」
「中佐、それは尚早じゃないか?」
「いや、慎重を期しましょう。展開が予想できません。」
「しかし、ここで踵を返しては…」
パトリックはまだ状況を飲み込めずにいた。だからこそ、この作戦完了を優先したいという考えに至った。一種の正常化バイアスだ。しかし中佐はこの手の状況対処のプロであり、死地に出くわしたことも何度かある。そんな自身の直観に従い、強い視線をパトリックに送りながら、なおも撤退を進言した。それにさらに食い下がるパトリックだったが、その発言が最後までされることはなく、偵察兵の叫ぶような報告に書き消された。
「””こちら偵察隊!再び動きあり!今度は明らかに歪んだ!!””」
車内に沈黙が漂う。”歪み”とはなんだ?一体何が来る?使節団の役人も、予備役から招集されたばかりの新兵も、そして相応に経験のある中佐でさえも、一様に不安に飲み込まれんとする暗く緊張を張り付けた表情を浮かべていた。
偵察兵はなおも恐怖心を露わにした報告を続ける。
「””…なんだあれは!?何が動いてるんだ?””」
「おい、感想を垂れ流すな!報告に徹しろ!」
「””なにか”透明の物体”が動いてるようです!””」
中佐が一喝して端的な報告を得たが、それでも状況が解らない。後の展開も予想不可能だ。
…これは撤退だ。撤退しかない。中佐が無線機の小さなマイクが破裂しそうな大声で号令を出そうとしたとき、偵察兵からさらなる状況の”変化”が伝えられる。
「””…都市構造物上部から発光!!””」
中佐は一瞬血の気が引いた。発光現象?このタイミングで?
これならわかる、次に起こるのは破滅的な出来事しかないと。嗚咽のように湧き上がる恐怖心を押し殺しながら、中佐は今度こそ報告に遮られた号令を無線機に叩きつけるように叫んだ。
「撤退だ!!全速力で後…!」
この時中佐は考えた。間に合えと。だがそれは、号令を言い終える前に答えが出た。
赤とも白ともいえないまばゆい光に辺りが包まれ、五感は一瞬のうちに霧散した。
米軍の運用形態調査に手間取った挙句、何時までだっても進捗できないので詳細を詰めることを諦めました。




