米国騒動 ~プロム・パーティー作戦開始~ 2
11時49分
「ー…こ…生…!」
「…駄…!…救…!」
「おい……誰…!」
入隊して13年。平和な海外基地から少しスリルのある戦地まで、それなりの経験を積んだガーバー大尉は最大の危機に陥っていた。それに出くわしたのが偉大なる母国、合衆国での作戦行動中というのは全く予想外だ。故に彼は、鉛に包まれたように重い上体を起こしてすぐに目の当たりにした光景を、現実のものとして捉えられなかった。指示を求めてツーマンセルで右往左往する曹長、物陰に隠れるが敵がどこから来るかわからずに挙動不審になるガンナー、その傍らで恐慌状態で泣き叫ぶ予備役上がりの新兵…
ガーバーはこれを夢だとすぐに考えた。同じような悪夢を、初めて戦地に赴任した時に見たことがあるからだ。翌朝一番で軍医の元へカウンセリングに駆け込んだのは笑い話だ…しかし、この状況へと至る記憶も、朧げではあるが確実にある事にガーバーは気づいた。
…そう。異常の報告を受けて車両から素早く降車して周辺をクリアリング。しかし何も見つけられず、矢継ぎ早にもたらされる報告に恐々としていたら…吹き飛ばされた。
ガーバーがあたりを見回すと、煙に包まれた数台の車両が見える。あそこにいたとすると、自分は20フィートは飛ばされた事になる…恐らく吹き飛んだのは6フィート程度で、あとはただ転がされたような感じだろうか。
…さすが夢だ。そんな衝撃を受けたのなら、体は重いが目立った外傷がないのは奇跡に近い。
ゆっくりと、一つ一つの情景を観察するように、しかしのんびりと風景を見るガーバーの視界に、突然見知った顔が入ってきた。
「大…!…解り…!……尉!」
トレイナー軍曹だ。2年前から、自身の副官的ポジションにいて、バディでもある。一見すると正統派美人で軍人らしくないように感じるが、中身は下手な男よりも獰猛だ。
彼女はガーバーの負傷がないか、少し荒々しく彼の体を確認していた。
…ここで彼は違和感をはっきりと認識した。夢に出てくる人物というのは、”人物のようだという”、ある種の雰囲気でしか認識しない。だが、今目の前にいるトレイナーは確実に彼女だ。
そこでガーバーは、神経を集中させて状況を把握しようと試みた。すると、今まで”重さ”だと思っていた体の感覚が、全く別なものであることに気付いたのだ。
それは痛みだ。トレイナーが彼の肩や背中を触ると、その感覚は強さを増す。
…夢で痛みは感じない。ガーバーがそれを認識した瞬間、はっきりとしなかった周りの音と共に、トレイナーの声も明確に聞き取れるようになった。
「大尉!!」
トレイナーのひと際大きな呼びかけの後に、エンジンがかかるような感覚で、ガーバーは全てを思い出す。
異常報告の後周辺警戒、そして爆発。自分は確実に吹き飛ばされ、そして地面へと叩きつけられた。何が起こったのかはまだわからない。だが、重大な危機に直面していることはしっかりと認識した。
意識ははっきりしたように見えるがまだ言葉を発しないガーバーに、トレイナーはもう一度大きな声で呼びかけた。
「大尉!動けますか!」
「あ、ああ!右耳が少し役に立たんが…何があった?」
「攻撃です!使節団の車両が全て大破!他損害多数!!」
ガーバーはトレイナーの言葉に返答する。それに彼女は明らかに安どした表情を浮かべた。
しかし事態はひっ迫している。トレイナーはすぐに表情を硬くすると、彼に自身が把握してるだけの情報を全て報告した。それを聞きながらガーバーは、彼女の手を借りつつ立ち上がり、より詳細な情報を得ようとする。
「…使節団の安否を確認しろ!あと中佐はどこだ!?」
「わかりません!統制が…!」
「おい指揮系統どうなってる!無線は!?」
ガーバーが通信を試みようとするが、雑音がひどく使い物にならない。恐らく攻撃により、通信スポットに何らかのダメージがあったためだろう。しかも、雑音の合間に入る”声”は文章になっているかも怪しいほどに錯綜していた。トレイナーはガーバーよりも早くその状況を認識しており、今の中隊が統制を失っていることを彼へ暗に伝えた。
こうなると、とりあえず少しでも状況を知っている者を”探し出す”しかない。ガーバーは四肢に残る痛みを忘れるように歯を食いしばり、元居た場所…指揮官である中佐や使節団の乗っていた車両がいたはずの場所へと向かおうとした。
ただ、幸運なことに、ガーバーの目当ての人物がこちらへ走り寄るのが目に入る。彼は中佐の副官だ。
「ブランソン准尉!中佐はどこだ!?」
「攻撃により重症を負いました!指揮不能です!」
ガーバーが准尉に駆け寄り、すぐに中佐の所在を伝える。しかし、ブランソンの簡潔ながらも状況の悪さを確実に伝える報告に、彼は動揺を隠しきれなかった。
指揮官の交代は迅速に行われなければ、軍隊など烏合の衆に過ぎない。そして、現状を見るとその”よろしくない”方向に全てが動こうとしていた。ガーバーはその事実にさらに動揺を強くする。しかし、ここで長い経験が功を奏し、短く息を吐いくだけで乱れた精神を整えた。そして、ブランソンに再び問いかけた。
「…今の指揮は誰だ?バン少佐か?」
「バン少佐は死亡が確認されました…」
「…おい待て。じゃあ指揮可能なのは誰だ?」
使節団を直接警護する第一小隊に中隊指揮官である中佐。副指揮として少佐が帯同していた。中佐が指揮できない以上、少佐がその立場に付くはずだったが、哀れにも最初の攻撃で副官もろとも直撃を受け即死してしまった。指揮権継承では、まずは階級が最優先で重視される。だが、中佐の負傷と少佐の戦死により、現在D中隊指揮可能な階級は大尉が最上級となった。D中隊で大尉は3名だけだ。まずは中隊副指揮官付き副官。前述のとおり少佐と共に戦死した。次は第四小隊長。彼らは7マイル後方に居る上に、大尉小隊長殿の軍歴はガーバーの半分ほどしかない。そもそも彼の大尉着任は先月の話だ。つまり、指揮を執るに相応しい最先任大尉は…
「…俺か…」
吐き捨てるようにガーバーは言った。大尉まではエリートコースを真っ当に歩んで出世したものの、そこから上に楯突く物言いが毛嫌いされて万年大尉と甘んじた。しかし、そのおかげで世界を転々としたため、前線指揮の経験は豊富になった。本人はこれが自分に合っていると思った。しかし彼は今、世界が注目を集める作戦任務部隊の総指揮を任せられようとしている。
トレイナー、ブランソンがガーバーを静かに見据えた。他の兵士も雰囲気を察して集まり、新しい指揮官の指示を待っていた。
ガーバーは覚悟を決めて指示を出そうと息を吸い込む。しかし、それに水を差す轟音が響き渡った。
「またかくそったれがぁ!?」
「敵はどこだ!!どこから攻撃を受けている!?」
小さな爆発と、周辺の砂が巻き上げられて視界を遮った。
ガーバー含め集まった数人は、すぐに身を低くした。だが、2,3人ほどはどうしたらいいかわからず銃口を四方に向けながら今にも錯乱しそうなほど狼狽していた。恐らく予備役の若造たちだ。このままでは”不幸な事故”による犠牲者が出ると考えたガーバーは、トレイナーの肩を叩いてジェスチャーを見せた。彼女は彼が何をしようとしているのかをすぐに判断し、ガーバーと共に走り出す。そして、彼らのもとに付くとすぐに銃を力づくで奪い取った。かなり危険な行動だが、ガーバーとトレイナーのコンビならできると踏んでの判断の上だ。それは正しく、銃を取り上げられた兵士たちは一瞬だが動きが止まる。そのすきに、ガーバーとトレイナーはそれぞれで彼らの腕を引っ張り、まだ無事な車両の物陰へと速やかに隠れた。もう1人の混乱した兵士は、ブランソンと別の兵士が、ガーバーたちの行動を見て、同じように対応していた。ガーバーは優秀な部下の応用力に少し感心していた。
車両の陰に隠れて1分ほど。攻撃は続くかと思われたが、すぐに静寂があたりを包んだ。だが誰も動こうとしない。敵がどこから、どういう手段で攻撃しているのか全く分からないからだ。この状況では、呼吸をすることさえ憚られる。また少しだけ静かに状況を観察していると、巻き上がっていた砂ぼこりが落ち着いてきた。ガーバーはすぐにあたりを素早く見回す。すると、赤々とした炎に包まれた車両が目に入った。
ガーバーはトレイナーに確認する。
「…おい、あの燃えてる車両は?」
「…使節団の車両です。」
「あれは…”無理”だな。」
「…残念です。」
完全に破壊された車両、あたりに産卵する書類やカバン。そして合間に見える”何か”。
ガーバーはこれで完全に理解した。この作戦は失敗。それも完璧に、だ。
となるとやることは一つしかなかった。彼はトレイナーに短く、簡潔に伝える。
「…まずは統制回復だ。」
「了解しまし…!」
トレイナーがガーバーの指示に反応しようとしたとき、再び爆発音があたりに響いた。
全員咄嗟に身をすくめて警戒する。しかし、ガーバーだけはすぐに違和感に気付いた。
この爆発音は非常に”聞きなれた”ものだということに。
ガーバーは車両の陰から飛び出し、辺りを素早く見回す。そして、再び爆発音がすると、彼の予想通り小さな飛翔体が遥か頭上を通り抜け、数マイル先で破裂した。
これは”敵の攻撃”ではない。ガーバーはすぐにトレイナーの元へと戻り、怒鳴る様に彼女に聞いた。
「おい誰が攻撃許可を出した!?」
「わ、わかりません!」
「くそっ、全員縮み上がってやがる!!」
ガーバーはトレイナーの肩を強く叩くと、一目散に走り出した。彼女もそれに続く。彼ら行く先には、M1129ストライカーが鎮座していた。ガーバーは最初にこれを見た時から嫌な予感がしていたのだ。なぜこの作戦に自走砲なんてものを、兵科運用の特例を作ってまで編入する必要があるのか、と。そして車両に乗り込む兵士の半分がこれまた予備役上がりの新兵であるのか。米軍の運用は世界中に散らばっていて、いざ本土で有事が起こるときにはどうするのだろうか…というのは一度は考えたことがあるし、やはり予備役を招集せざるを得ないというのも理解できる。だからと言って、トリガーハッピー予備軍に砲塔を任せるのは違うだろうと。悪い予想が的中したことに嫌気がさしながらも、ガーバーは新指揮官として彼らを止める必要があった。
ガーバーたちが車両の近くに付くと、無線が使えないために大声で呼びかけた。だが、最初は彼らの”自発的防衛”による砲撃音で書き消されたが、一人がガーバーたちの存在に気付いて手を止めた。そして、ガーバーは改めて、そして怒気をはらんだ表情で彼らに命令した。
「おい、攻撃を中止しろ!」
「な、なぜですか!?こちらは攻撃を受けたんですよ!?」
「攻撃の可否は司令部が出すのがこの作戦の前提だ!!独断行動は一切許されていない!!」
「…ち、中佐の判断は!?」
「中佐は負傷により指揮不能、少佐は戦死した。今は俺が指揮官だ!」
「…そ、そんな…」
ガーバーの命令と説明に、自走砲にのる兵士たちは憤りと戸惑いを隠せないでいた。
ちぐはぐな作戦、指揮系統の混乱、そして得体のしれない敵と攻撃…これで不安にならない人間は、どこか壊れているだろう。
指揮官として、ガーバーは何か元気づけるべきだろうかと、ほんの少しだけ思案する。
そこに、これまでで一番いい状況の変化が訪れた。
「””こちらボーイズランチ!!損害を報告しろ!!””」
「無線が…!」
「やっと戻ったか!!」
通信の回復。これがあれば、現代的な軍隊は最低限の行動が出来る。ガーバーはすぐに応答を返して、自身の命令を具申した。
「こちらガーバー大尉だ!中佐及び少佐が指揮不能のため中隊指揮権を継承!!損害甚大のため即時撤退を行う!!」
「””…了解した。速やかに撤退せよ。””」
ガーバーは交信を終えると、息を深く吸い込んで、誰の耳にも入るような大声で言った。内容は、指揮官である彼が、今、最優先で行うべき作戦行動命令だ。
「D中隊!総員撤退!攻撃もするな!撤退だけに集中しろ!!」




