米国騒動 ~プロム・パーティー作戦失敗~
12時15分
「状況は!?使節団は無事なのか!?」
「げ、現在詳細不明!損害多数としか…」
アダムは苛つきを隠そうともせず、信号が混線、あるいはロストした観測機器の表示を睨みつけていた。帝国首都と思われる建造物群の異変報告は、最前線指揮所であるボーイズランチ・ベースにも、もちろん届けられていた。しかし、状況の二転三転する速さと次に起こる”事態”の不確定さに誰も明確な対応ができないまま…爆発音と閃光、そして通信と情報収集システムのダウンとなった。誰もが焦り、憤り、そして恐怖している。
アダムはふと目に痛みを覚えた。焦燥と緊張により過度な集中をしていたため、瞬きを忘れてしまっていた。
彼は荒いため息を吐き出すと、メガネを乱暴に取り外して両目を押しつぶすかのような勢いで揉みほぐす。
そこへ、一人の通信兵の無線から、途切れ気味にではあるが通信が入った。
「””こー…中隊…!””」
「…!…こちら前線指揮所!詳細を報告しろ!!」
通信を担当する兵士は、慌ててその交信に返答する。この交信は極々狭い範囲…つまり兵士個々の通信機器でしかまだやり取りできないようで、指揮所や”最高司令官”全体が共有できるシステムまでは内容が伝わっていない。しかし、なにもないよりはずっと良い。兵士は無線に齧りつき、D中隊からの報告をなぐり書きでメモを取っていた。
「…少佐が!?…中佐は?…わかった、すぐに手配する…あと使節団は?」
兵士の顔色が変わる。良くない知らせのようだ。この状況では無理もないだろう。アダムはその状況を見て、予想できたことではあるが、的中しないことを切に願った。だが、兵士の表情は険しくなる一方で、その希望は叶えられず、最悪のパターンになることを嫌にでも感じ取らざるを得なかった。
「…そうか…報告を上げる。」
報告を一通り受けた兵士は、メモ書きを手に取り一人のもとへと近寄る。それは本作戦の現場総指揮を任されたアドニス准将だ。兵士は准将にメモを手渡そうとしたが、彼はそれを手で制した。内容の酷さを長年の勘で理解した准将は、そのまま手振りでここにいる全員…軍人、警察官、FBI、州や郡、市の当局者…そしてアダムを含めた中央省庁及び連邦政府の人間にも聞こえるように報告することを促した。
それを理解した兵士は、全員が理解できるであろう、はっきりとした口調で状況報告を行った。
「D中隊の指揮官ブレイン中佐は重症、副指揮のバン少佐は戦死。他犠牲者及び負傷者多数…」
「…使節団は無事なのか?」
アダムは思わず聞いた。そもそも部隊に損害が出ている時点で…しかし、少しだけ希望に縋りたいと思っていたのだ。だが、兵士は気まずそうな顔をしながら、使節団の安否を告げた。
「…乗車車両は完全に破壊され、全員死亡と推定。」
少しだけアダムは息を止める。そしてふつふつと感情が沸き起こる。同僚とも言える政府職員が、米国人として国を愛する同国人が、そして、かつて席を並べて勉学に勤しんだ同窓が、今回の騒動の最初の犠牲者たちとなってしまった。そもそも何かが起こる気配はそこら中で感じ取っていた。それにアダムは抗おうとしたが、まるで長雨で増水した激流の渓谷に突き落とされたように、何もできなかった。
憤怒と無力感。その行き場のない感情の発露は、一呼吸負いて彼が使用していた政府支給のラップトップPCへと当てられた。簡素なデスクの上に置かれたそれを薙ぎ払うように投げ飛ばした。
幸いにもPCの飛んだ方向には誰もおらず、液晶モニターが着地点にあった大きめの石にもろに叩きつけられ、画面に蜘蛛の巣のような亀裂が生じただけで済んだ。
アダムは自分が壊した備品を見ながら、腰に手を当てて肩で息をする。流石に自身が興奮しすぎたことを理解して、必死に気持ちを落ち着けようと試みていた。そこへ彼に付いていたリー軍曹が近づいて声をかける。
「…補佐官。非常に残念です…が、事態は一刻を争います。」
「…」
「DCには?」
リー軍曹はあえてここで、彼の役職に応じた役割を果たすように告げた。現状、機器トラブルにより、この悲惨な状況はホワイトハウスへは伝わっていない。つまり、この現場で状況をまとめて、至急報告を上げる必要があるのだ。
リー軍曹はアダムの反応をじっと、直立して待った。ここで急かさず、浮ついた気遣いの言葉もかけないという彼の対応は非常に効果的だったようで、アダムは少しだけ冷静になれた。
彼はそのままリー軍曹や准将に顔を向けて、普段の冷静な口調で状況をまとめて、意見を述べた。
「…政府側としては作戦は失敗と認識している…准将、軍の判断は?」
「同意します。事態の推移から、補佐官を始めとした”文民”の方々は即時アマリロへ退避を進言します。」
「…至急全体に報告してください。」
アダムの言葉と同時に、四方八方で慌ただしく人が動き始めた。あるものは機器トラブルの復旧に尽力し、ある警察官は自分のパトカーへと走り、民間人保護の準備へと急ぐ。さらに偉そうなFBIは数人で固まりながら、非常に早口で何かを議論する。…所属省庁が不明な一段は、いつの間にか居なくなっていた。
しばらくすると通信や観測機器も少しずつ復旧し始め、情報もこれまで以上に伝えられるようになっていた。
アダムたち”非戦闘員”の退避も迅速に進められる。作戦失敗により、ここでの仕事がほぼなくなったアダムは、冷静さを取り戻すためにあえて何もせず立っていた。これは彼が十代の頃、ライフル射撃の選手だったときに習得した技だ。周囲の雑音を意識的に無視することで落ち着きを得る。その技は、彼のもとへ近づくリー軍曹には、声をかけられるまで気づかないほど徹底していた。
「…では補佐官。直にヘリが到着しますので、搭乗準備を。」
「軍曹…中隊帰還まで待てないか?…使節団の遺留品を受け取っておきたい。」
「…残念ながら、撤退に注力したため回収はできませんでした。」
リー軍曹の返答に、アダムは口を堅く結んで無念さを必死に飲み込んだ。今や、同僚や旧友の突然の死を偲ぶような、一瞬の余裕さえもない。彼はそんな立場と状況に置かれた自分にさえも腹が立った。
重い沈黙の合間に、規則正しい低音が少しずつ近づいてくる。その方向を見ると、点が円になりその姿が確認できた。退避用のヘリコプターだ。アダムはリー軍曹の方を見る。彼はそれに無言で頷く。そして、準備を始めようとしたとき、一人の兵士が声を上げた。
「…対象構造物上部に動きあり!!先程の歪みのようです!!」
歪み。それは使節団を爆散させ、D中隊に無残な敗走を選択させた悪夢のようなひと時の直前に現れた予兆だ。嫌にでも一帯に緊張が走る。アダムやリー軍曹も、まだノイズが残るが最低限の視認ができる観測モニターの前に釘付けになった。周りには、彼らと同じような行動を示すものが、所属を問わず集まっていた。全員が小声でああでもない、こうでもないとその現象の予測を話す。が、答えが出るはずもない。
そのうち、誰かしらがある事に気付く。
「これは…射出しているのか?」
全員がその声がした方向を向く。が、誰が言ったのかはアダムたちにはわからない。そこでモニターに視線を戻して、誰が言ったのかわからない一つの特徴を頭に残しながら、状況をつぶさに見守った。
…確かに、高層建築物と言っても差し支えない都市の城壁から、何か小さなものが少しずつ、ある程度の間隔を置いて放出されていた。
アダムはふと、観測モニターに表示されている情報欄であるものを探す。それは縮尺だ。あの歪みのような物体一つ一つの大きさを図りたかったのだ。縮尺の情報はすぐに見つかり、彼は手を使いながら大まかに歪みの大きさを推定する。簡単な算数はすぐに終わった。その大きさは、5~6フィート…アダムはすぐに邪念を払うように顔を小刻みに振った。そんなはずはない。あの城壁は20フィート近い。地表に何もなしで降りて無事なわけがない。
アダムが小さな混乱から抜け出そうと一人もがいていると、観測担当の兵士が再度大きな声を上げる。
「さ、最大の歪みを観測!!」
その声に、誰もが観測モニターをこれまより一層注視した。そして全員が息をのんだ。一部は怯えたような声が漏れ出てしまった者もいる。なにせ、観測モニターに映し出される風景全体が、波打つ水面のように蠢いているのだ。状況は変化を続ける。それは、好転を予感させるものではないことは、誰の目に見ても明らかだった。
一方で、アダムはなぜか冷静に観測モニターに映し出される風景の歪みを観察していた。そして、違和感に気付いて思わず声に出す。
「…歪み…?」
アダムが感じた違和感。それは、歪みに対する既視感だ。それも、日常的な風景の片隅にあるような、繰り返し見た異様なものだ。彼は必死に脳内をひっくり返すように記憶を洗う。水でもない、アクリル板でもない、こんな動きをするようなものをどこかで…
(…布?)
アダムははっとした。幼少期に見た祖父の農場で干されていたシーツが風になびく様子、10代の頃に深夜まで勉強していた時に目に入った揺れるカーテン、そして数か月前に散歩中の公園で見かけた、はしゃいで走り回る子供が付けていたマント…
彼の背中には冷たい汗が一気に噴き出していた。彼らは”魔法”が使える。原理さえわかっていれば、万物ねの干渉が理論上可能だ。であれば、自身が先ほどあり得ないと思った考えを合わせると…透過する布を被ったー…!
少ない唾液を飲み込んで、急激に乾く喉を必死に震わせ、アダムは辛うじて自身の考えを口に出せた。
「…違う、歪んでるんじゃない!!なにか”いる”ー…!」
一足遅かった。閃光と轟音、そしてすさまじい風がこの一帯に吹き荒れる。先ほど使節団とD中隊を襲った攻撃が、今度は最前線指揮所の近縁で炸裂した。
誰もが思わず地面に体を伏せて、身の安全を確保する。爆風と思われる暴風はすさまじかったらしく、それなりに大きなテントがいくつか転がっていた。どこの組織が持っていたかもわからない書類は、鳥より高い空へと巻き上げられていた。
「ち、着弾!?」
「いや、…”歪み”が爆発したんだ…!」
幸いにも、指揮所への攻撃はこの一発だけだった。しかし、その影響は甚大だ。この場に留まり事態の推移を見守ろうとしていた者たちは、すぐに撤収を決定したようで、慌ただしく自身の持ち場へと駆け出した。またここに留まり続けらざるを得ないである者たちは、覚悟を決めた表情の者もいたが、多数は不安に苛まれた優れない表情を浮かべていた。怒号と悲鳴、叫びのような指示に、すがるような意見具申…まさに混沌の境地へと、最前線は陥った。
アダムは立ち上がってからしばらくは、スーツの土を払うこともせず、ただ茫然と立ち尽くしてあたりを見回していた。自身が至ったある推測や、刻一刻と最悪に向かい突き進む周囲の変化など、処理しなければいけない情報の多さに押しつぶされようとしていたのだ。
そんな彼を現実に引き戻したのはリー軍曹だ。彼は覚悟を決めた者の一人で、この混乱の中、自分の任務を忠実にこなそうとしていた。
「補佐官!ヘリが着きます!至急退避を!」
「…ああ…」
事態急変で一時接近を見合わせていたヘリが、いつの間にか指揮所近辺まで接近していた。ただ着陸に関してはまだ行われていない。駐機スペースに飛ばされたテントが散乱していたためだ。通常であればすぐに対処されるが、現場の混乱により撤去が何時まで経っても行われない。他の駐機に使えるような場所も、退避しようとする車両や人員などがごった返しており、上空待機をまたしばらく続けるしかないようだ。
リー軍曹は苛立ち、とうとう自分が残骸の撤去を行おうと、周りで右往左往している新兵何名かに声をかけていた。だが、事態は新たな段階に移行しようとしていた。
「構造物上に変化あり!」
観測を続けていた兵士が声を上げる。それが耳に入った者は、すぐに観測モニターの元へと駆け寄った。だが、モニターは攻撃の余波で調子が悪く、何かが起こっていることは感じ取れるが、それが何かはわからない。観測担当の兵士は、上官に復旧を急かされるがすぐには無理そうだ。ただ、程なくして、誰かがある方向を見て無言で指さした。それに気づいたものは一人、また一人と同じ方向を見て、また止まる。
アダムたちもそれに倣い、彼らが見る方向…帝国首都と思われる構造物のある方角を見た。
「…なんだあの光は?」
「わ、わかりませ…ん…」
砂漠地帯に近く、好天に恵まれる6月とあってからか、小さくではあるが首都の様子の変化が見て取れた。首都の城郭、そこでひと際大きく高い建造物の上層から、一筋の光が放たれていた。少し遅れて、観測モニターにもその様子が映し出される。しかし、それを見た観測担当の兵士も、その上官も、正体はわからなかった。
一筋の光は、紫の入った白いもので、正直薄気味悪い雰囲気を醸し出していた。さらにその後の光の変容があたりの不安感を増大させた。光は少しずつ太さを増し、一軒家の柱から、大型建造物の支柱、そして高層ビル程度の太さまでその姿を変えた。
そして、その状態から一呼吸おいて、爆発的な拡大を開始した。
「おい!広がり始めたぞ!?」
その様子を見ていた誰かが叫ぶ。それに呼応して蟻の子を散らすように、人々が方々に散り始めた。だが、光が拡大する速さはすさまじく、気づけば指揮所の目前に光の壁が迫っていた。
「ほ、補佐官!伏せて!」
アダムは半ば諦めたように、その様子を呆然と見つめていたが、いつの間にか彼の傍に来ていたリー軍曹により引きずられた。軍曹はアダムに被さる様にして地面に伏せ、光の壁の到達に備える。
そして程なくして指揮所一帯を光の壁が通り過ぎる…が、見た目は気色悪い光の壁だったが、衝撃もなにもなく、人体への影響もなかった。アダムたちと同じように伏せていた者たちも、怯えつつも立ち上がる。そしてすぐに自分たちの持ち場へと戻る。
しかし、すぐにある異変に誰もが気づき始めた。
「観測機器に異常!」
「無線動作不可!現在復旧確認中!」
無線、映像、PCなどの機器が動作不能、あるいはブラックアウトした状態になっていた。最初に気付いた観測担当の兵士たちの騒ぎを見た周りも、自身の身に着ける機器を確認する。が、使用可能な状態のものは一つとしてなかった。兵士が身に着けている軍事通信用の特殊ゴーグルさえも同じだ。アダムは周囲の状況に対する理解が少し遅れつつも、自身のポケットが震えていることに気付く。彼はその原因をすぐに取り出した。
「…Blackberry?…」
政府支給の端末は、連絡や通信により反応しているのではなかった。誤作動を起こし、
画面は点滅を繰り返す。そして、聞いたこともないような音をスピーカーから鳴らして、完全に沈黙した。アダムは内部から破壊されたBlackberryを見つめる。
リー軍曹もその様子を傍で見ていた。もちろん、彼の身に着けている豪華な装備類も全て動作不能だ。2人は顔を見合わせる。そして、アダムが言った。
「…まさか、電子機器を”潰した”…?」
影響のあった物の共通点だった。そして、2人はすぐにある事を思い出して確認した。そこには、光の壁から逃げる、アダムが乗るはずだったヘリがいた。光の壁の速度は相当に早く、2人がヘリを視認してすぐに壁に接触した。そして案の定、内部の電子部品を全て破壊され、錐もみ状態になり、地面へと吸い込まれていった。
「私はどうやって退避すればいい?」
「…すぐに準備します…!」
アダムはリー軍曹に問いかける。彼の返答は素早かったものの、具体案はなかった。
少しして墜落したヘリの爆発音が木霊する。
これは、米国で繰り広げられる騒乱の始まりの合図となった。
ヘリは落とすもの




