米国騒乱 ~広がる混沌~ 1
12時32分(JST-13) ワシントンD.C ペンシルベニア大通り1600番地
ホワイトハウス 西棟 “シチュエーションルーム”
「…大統領?」
「大丈夫だ。理解している。」
世界中の機密情報を取り扱うことができるこの部屋は、その重要性からすると思いの外狭い。そんな部屋に、相応に年を重ねた政治家や、かつては前線で世界中の戦地を転々とした軍人がひしめているのだから、元から雰囲気は暗い。
さらに、この1時間程度は事態の急変に情報の錯綜、そして矢継ぎ早にもたらされる凶報の数々により、窒息するかと思うような重々しさをまとい始めていた。場数を踏んでいない新人であれば、部屋に足を踏み入れた瞬間に卒倒しそうなほどだ。
ホワイトハウスの番人たる首席補佐官のウェントワースに促されたキングス大統領は、正に苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべて、溜息交じりに全員に問いかけた。
「私は作戦失敗と判断するのだが…どうかな?」
大統領の重い発言には、参謀本部議長を始めとする軍の重鎮に、国防長官や司法長官、さらにあのオルブライト副大統領までもが素直に同意を示す。全員が大統領と同じ表情を浮かべていた。
それを見た大統領は、非常に重々しい動作で立ち上がる。軍人たちはそれに合わせて素早く立ち上がり、首席補佐官、司法長官、国防長官、そして最後に副大統領が起立する。
大統領は全員の顔を再び見回すと、覚悟を決めたように命令を出した。
「…作戦の中止を命令する。作戦部隊の撤収及び、政府職員などの非戦闘員退避を最優先して行動するように。」
「…承知しました。」
参謀本部議長はすぐに傍らの各軍トップに目配せする。彼らは素早く電話を取り、非常に早口で指示を出し始める。大統領は机に手をついて、なおも悔しさをにじませた表情でその様子を見守った。彼が願うことは、最前線で危険に晒されている国民への被害が無いことだけだ。大統領は首席補佐官と目が合った。しばしの沈黙の後、補佐官は小さく頷く。大統領はそれを確認すると頷き返す。政府職員はそれを見て、部屋を出る準備を始めた。
なにせこの後の政府の対応は非常に厳しいものであり、一分一秒でも早く行動を起こす必要がある…それは、情報の制御だ。帝国首都と思われる周辺はほとんど軍の管理下に置いてはいたが、”野心的なフリージャーナリスト”あたりが紛れないわけがない。さらに、アマリロやフォートワースには報道者の記者が常駐している。つまり、彼らが好きかって言い始める前に正確な情報を精査して流さなければ、今現場で実地対応を行う者たちに多大な”迷惑”をかけてしまうかもしれない。
ホワイトハウスの上級職員及び広報部や政策担当職員を緊急招集してミーティング、報道官による記者会見は1時間以内が得策だろう。さらに緊急閣議、議会への説明、方々への根回し…あまりにもやることが多すぎた。
首席補佐官や長官、その他大統領に近いスタッフが退出の準備が整い始めたのを確認した大統領は、スーツの上着を整えて扉へと向かう。後に首席補佐官以下政権スタッフが素早く連なり、出入り口の前に人が集まる。シチュエーションルームに詰める軍人が扉を開け、全員が部屋から出ようとしたその時であった。
「ボーイズランチより!攻撃を受けたとの報告あり!!」
陸軍の高官が、非礼を承知で声を荒げた。それは大統領たちの耳にも届く。彼は横にいた首席補佐官と顔を見合わせた。今までの報告からすると、”それは起こってはいけないこと”だからだ。副大統領に長官、職員たちも同じくそれを理解し動揺した表情を浮かべる。
大統領は出入り口にたむろしていた人々をかき分けるように部屋に急いで戻った。
彼は自身の席に付くと、大統領が立っている限り座らない人々に手振りで着席を促しながら質問した。
「ボーイズランチと”首都”との距離は?そんな近くないだろう?」
「約20マイルです。」
「…もう進軍を開始しているのか?」
「現状では不明です…が、その報告は入っていません。」
大統領は席に座りながら質問を続ける。その内容は核心に素早く迫るものだった。
首都とボーイズランチは相応に距離がある上に、米軍が要所に展開済み。技術レベルに相当な差がある軍勢相手であれば問題ないはずだ。もし攻撃を受けたのが、使節団を死に至らしめ、D中隊に大損害を与えた勢力としても、彼らが攻撃を受けた地点から拠点までは10マイル超(16㎞以上)離れている。
とすれば、導き出される発想は一つだ。大統領は少々鬼気迫る雰囲気と共にそれを口に出した。
「…すでに”展開”されていた可能性は?」
「否定できません。」
参謀本部議長の迅速な回答に、大統領は眉間にしわを寄せて深いため息をついた。
相当に距離がある地点への攻撃には、事前準備が必要だ。効果的な打撃を、素早く、、秘密裏に、確実に加えられるように。これは一種のゲリラ戦であり、現代的な戦争の形態の一つだ。予想以上に進んでいる戦闘ドクトリン、技術格差を埋められる可能性のある魔法…大統領は深い敗北感を感じて項垂れた。全ての責任は、最高責任者である自身に掛かってくるという重圧が全身にのし掛かっていた。
そこに再び報告が入る。通信設備の管理を担当している若い軍人の声だった。
「ボーイズランチからの映像回復します!」
大統領を含む、この部屋にいる全員がモニターへと視線を素早く映した。そこには首都の方角に光が灯る様子が映し出された。少しして、危機の調整が行われて首都が拡大される。今度は、首都と思われる都市の中心部から、光の柱が天に向かって真っすぐと伸びる不気味な姿がはっきりと見て取れた。
「…柱?…」
「いえ、発光体のようです…詳細は不明ですが…」
大統領は補佐官に尋ねる。だが、彼の返答は要領を得ない。この部屋にいる誰もが、何が起こり、そしてこれから推移していくのか理解できずにいた。
映像は若干の乱れを挟んで変化を見せる。直径数十m程度と思われた光の柱が、100m、300m、800mと太さを増し、外周が首都と思われる都市の外郭を超えた瞬間に爆発的な拡大を始めたのだ。これには副大統領も驚きの声を上げてのけぞった。
「拡がり始めたぞ!?」
「退避だ!至急退避しろ!!」
大統領は参謀本部議長に対して怒気をはらんだような叫びで命令を出す。これは軍だけではなく、連邦政府機関や州、そして一般市民を含めてのことだ。この光の柱自体が犠牲者を発生させるようなものであったら、米国であっても唯では済まない。
全員が情報収集と脱兎のごとき退避命令をけたたましく叫ぶ。
大統領は歯を食いしばりモニターを見つめ、状況の推移を少しでも見極めようとしていた。が、その映像は突如として切れる。
これに副大統領がまた声を荒げ、席を立ちあがって大げさな手振りでモニターの前に駆け寄った。
「おい、どうした!?また切れたぞ!?」
「し、詳細不明ですが、全ての通信がロストしました!情報収集中です!」
通信担当の軍人が怯えながら報告を読み上げる。それと同時に、現地に命令を出していた軍の高官や司法省の幹部たちも、電話の受話器を自身の耳から話した。
彼らの顔には一様に動揺が浮かぶ。
現地に対する、軍を含む政府の通信手段が一斉に使用不能になった。
これで不安を覚えない人間はいない。
12時59分(JST-13) テキサス州ボーイズランチ
「中尉、民間人の退避完了しました。」
「…准将たちは?」
「同じく、後退しましたよ。」
「羨ましいね、お偉方は…」
中尉と呼ばれた男、ザックは報告を上げた若い曹長にな笑みを浮かべて言った。軍属であるが故に短めだが、それでもわかる艶のある黒髪に、非常に力のあるはっきりとした目鼻立ち、ラテン系の血が入る彼は、このような皮肉を言っても様になる。
しかし、その見た目とは真逆の感情を彼は抱いていた。その原因は、つい十数分前に、理路整然には程遠い御託を並べて政府職員と共にこの地を離れた現場指揮官殿だ。もとより良い噂のある男ではなかったが、それは戯言ではなかったと行動によって示された形だ。
彼らは報告と、それに付随する会話を短く終えると、そのまま沈黙を選んだ。
口を開けば呪詛が流れ出そうだったからだ。
「…D中隊確認!」
「やっとか!」
ザック中尉と曹長は、一人の兵士の声に安堵した。一つは仲間の帰還がなされたため。そして、選択的沈黙に労力を割く必要がなくなったためだ。彼らは、帰還する中隊が来る方へと足早に移動した。
「ガーバー大尉!」
「おい、まずはメディックを寄越せ!!」
ザック中尉たちが受け入れ準備を完了してすぐ。D中隊はボーイズランチ拠点の縁に到着した。中尉が現中隊指揮官であるガーバー大尉に声をかけると、彼はそれを相手にせず声を荒げた。大尉の後ろには、攻撃と”光の壁”による影響を運よく逃れた軍用トラックと、幌の隙間から見える”赤黒い何か”があった。
中尉はすぐに手振りで後ろに合図を出す。すると、控えていた衛生要員が素早く駆けだした。中尉もそれに続いて、軍用トラックの荷台へと近づいた。
トラックの荷台の中にいたのは攻撃により行動不能となった”生存者”たちだ。中でもひと際重傷なのは、本来の中隊指揮官である中佐だった。四肢の裂傷と熱傷は見るからに酷く、辛うじて命をつなぎ留めている鼓動と連動して、血液と体液が滲み出ている有様だった。
中東あたりの最前線でなければお目に掛かれない重傷者に、情報畑出身で後方勤務の多かったザック中尉は一瞬、顔を顰める。そして、ふつふつと沸く恐怖感を飲み込みつつ、彼は大尉に声をかけた。
「…ひどいですね…」
「命があるだけ運がいいだろう…えーと、ザック中尉だったよな?」
中尉は驚いた。自身と大尉は、拠点には同じように詰めていたものの、行動を共にすることはあまりなかった。階級はともかく、名前まで把握してることは意外だったのだ。
経験の差を歴然と見せられたことに感嘆しつつ、中尉は得意のニヒルな表情で受け答えを続けた。
「ええ、よくご存じで。」
「俺は関わる士官の顔と名前と役職を全部頭に入れる癖があるもんでね…で、だ。」
「はい?」
大尉は一言一言をはっきりと中尉に伝える。険しいながらも中尉に投げかけられるその視線は、確実に勘づいているものだった。中尉は根負けしないように、彼の言葉を待った。
「なんで偵察情報の整理屋であるお前しかここにいない?」
「…通信が生きていればよかったんですがね…」
中尉は両手をひらひらと上げて、取ってつけたような斜に構えた雰囲気で、自分のような担当外がなぜここにいるのか、脱兎のごとく逃げ出した准将閣下の勇ましい雄姿をそれは面白おかしく説明した。
それが終わると、大尉は両目を乱暴に揉み解しながら吐き捨てるように言った。
「…はぁー…ったく…これだから能のない高官は…」
「まあまあ。」
「お前らも経験が足りんぞ!伝え方なんぞいくらでもあるだろうに…」
突然大尉の激が中尉達に向かってきた。伝令でもなんでも走らせろ、と彼は言いたいようだ。だが、この状況で伝令が無事に着けるかもわからない。大尉もそれは承知している。自分たちもそれを行っていないのだから。つまり、ちょっとした八つ当たりだ。
それを看破していた中尉は、先の説明も合わせて調子を取り戻した。そして、今度は彼が大尉に質問を始めた。
「それで、私からも質問よろしいでしょうか?」
「いいぞ。なんでも聞いてくれ。」
「攻撃の詳細は確認できましたか?」
「できていない。詳細は不明だ。」
中尉は返答を聞いて意味深な笑みを大尉に投げかける。他意しかない行動だが、大尉もその気持ちは重々承知していたため、多少の非礼を咎める気はさらさらなかった。
状況が解れば苦労しない。だが解らない。だからこその現状なわけであった。
少しして、大尉から会話を再開した。
「…まあ、あの気色悪い光が、何かの合図であることは明白だろう?」
「ええ。同意します。」
「とりあえず、中隊から数班程抽出して転々と配備はしておいた。通信は…知ってると思うが、役に立たん。だから、何かあれば信号弾を打ち上げる。」
「信号弾…まあ、一番確実ですね。」
ガーバー大尉は、乱雑に自分たちがいた方向を指さしながら説明した。中尉も腕汲みをして聞き入り、素直にそれを受け入れる。
先進的装備による高度な作戦行動…これこそ現代的軍の真骨頂だ。ただ、その中核をなすネット通信や極々基本的な無線通信さえも、”光の壁”によりその機能を失っていた。であれば、あとは泥臭い原始的な方法しかない。等間隔で、最低限の人員を配置して”狼煙”を上げる。煙を出すために火をくべる必要が無いところが、現代の方がマシであるポイントとも言える。
説明の後、中尉は大尉が指さした方向を黙って見つめていた。大尉は会話の続きを待っているが、中尉はそれをすぐに始めなかった。
大尉がしびれを切らそうとしたとき、中尉は腕汲みを解き、右手を自身の口元にあてながら彼に聞いた。
「で、赤の信号弾は何を示します?」
「あ?そりゃあ…危険に決まってんだろう。敵の大軍が出てきたとかさ。」
「…そうですか…」
古今東西、赤は危険を知らせる色だ。大尉の表情はそれを言わずして表していた。中尉ももちろんそれを理解していたが、コミュニケーションエラーを防ぐために念のため確認したのだ。ただ、それであれば全部の色の意味を確認すればいい。彼がそうしなかったのには理由がある。大尉の呆れ半分な説明を聞いた中尉は、大尉にゆっくりと”促した”。
「大尉。では、後ろをご覧いただけますか?」
「…お前、そんなわけ…」
あまりの杜撰な展開に、大尉は溜息をつく。ただ、一応は促されているわけで、後ろを確認しないわけにはいかなかった。
もちろん、中尉もこの状況で冗談を打ち込むほど空気が読めないわけもない。
2人の視線の先…恐らく10~13マイル先に、細くて赤い煙が立ち上るのが、しっかりと見て取れた。
押し寄せる疲労感を纏う短い沈黙の後、2人は短く言った。
「くそったれだな。」
「ええ、くそったれです。」
「さて、覚悟決めるか。」




