姿なき人 ~53%の圧縮~ 1
6月17日 9時12分 JHEL1F廊下
「…じゃあ、久慈屋さんは…完全な人工の人格を作り上げたと!?」
「ええ。結構前に。」
久慈屋たちは地下を抜け出し、研究所内を回っていた。その目的はテオドラの使用法だ。
なにせ、事故以降に研究所の体制が大きく変わり、半分近い人員が入れ替わった。それも、3割は研究所や財団以外から引っ張ってきている。つまり、彼女との”面識”がない。
そこで、久慈屋が自ら各部署を周り、その存在を周知している…だが、彼女の使い方は至ってシンプル。テオドラを主語にして命令を声に出す、或いは研究所所有の設備PCにインストールされた専用アプリの対話モードで指示を出す。この2つだけだ。なので使用法の周知というよりは、彼女の面通しが主目的だった。
テオドラの存在に気が気じゃないのは、完全な外部の人間として初めて存在を目の当たりにした中田たち政府の人間だ。まさか自国内にこんな代物があったとは思いもせず、落ち着きを欠いていた。
特に動揺しているのが、対策本部メンバーで経産省官僚の町田だ。奇しくも彼は、産業分野でのAi開発政策を担当していたこともあるとの話で、人工知能分野の最低限の知識を持っていた。地下から出る道すがら、テオドラの概要を久慈屋に散々聴き倒して、その性能と有用性に衝撃を受け、久慈屋の返答を受けては独り言を呟いて頭を抱えるというのをこの十数分繰り返している。
そんな彼をそっとしておきつつ、中田は久慈屋にお世辞を交えた賛辞を言った。
「…しかし、改めて敬服しました。人工知能の見識まであるとは…」
「…ああ、人工の人格を作り上げる理論自体は先人の方々が数多考えてましたよ。私は発想をちょっと変えただけです。」
そもそも、人工知能は最初の理論は1950年代にできていて、そこから70年の間に十数年単位での停滞とブレイクスルーを繰り返している歴史のある技術だ。停滞の主な理由は、”そんな処理できる計算機無いぞ”というものと、”処理を複雑化したらある時点から問題が発生する”というものだった。しかし、処理能力の問題は時代と技術革新が、処理の方法は真面目な科学者さんがきちっと解決してくれた。結果、一気に精度が上がったのが00年代後半である。そのあたりで、様々な人工知能システムのアイデアが世界中から提起された。
久慈屋は十代のころ、そのうちの一つである人工人格を形成する基礎理論の論文が気になった。そこで自分なりの解釈で人工知能の利用方法を学び始めた。だが、最初は全くうまく行かず、せいぜいbotを作るのが精一杯だった。それが変わったのはジルやヘンリーとの出会いだ。突飛もない発想と言動を昼夜問わず繰り出すジルと、やや押しが弱いが確固たる”美学”をもって計算機科学を研究するヘンリーの影響で、久慈屋はとうとう発想の転換を成功させる。
”1つの器で完璧な人格を形成させる必要はない”
…ということに気づいたのだ。
そこで彼は”特化した”人格の形成を念頭にシステムを組み直す。結果、煩雑な処理をしなくて良くなった最初の人格は、久慈屋のお古のゲーミングPCに型落ちGPU3枚を積んだだけの粗野な鉄箱の中で産声を上げた。
それが”テオドラ・アルファ”という最初の彼女だった。これが10年近く前のことになる。
ここで久慈屋の昔話を交えた説明に聞き入っていた町田が、あることに気づいて言葉を発した。
「…わかりましたよ。この研究所や世界各国の関係支部がとんでもない情報量を処理していた秘密が。」
「そう。24時間365日、不眠不休で情報収集に各種処理を行ってくれる働き者を雇ったんです。」
「楽したかったからねー。」
「…本当に…」
ジルの研究を手伝い、その中でジルがテオドラと出会い、テオドラはベータを経てオリジナルとして生まれ変わることになる。ジルが考え出した理論を実証できる環境は並大抵の設備では管理しきれないもので、テオドラは管理者としてうってつけだったからだ。
アップデートを重ねるごとに処理できる事柄も増えていき、気づけば財団と研究所の業務システムを支えていた。多大な業務は、テオドラの無い頃よりも半分以上に圧縮されていたのだ。
”線”さえ繋がっていれば、どこにでも現れて処理を行う不眠不休の”人”として、テオドラはその地位を確固たるものにしている。
久慈屋やジルの昔話に聞き入る中田たちの一方で、先程から別の意味で落ち着かない者もいる。
それはリリーとアミナだ。特にアミナは、恐れを隠さず潜むような小声で久慈屋に問いかけた。
「なんか、声怖い…」
「機械音声ってそういうもんだよ。まあ、わざと機械らしくさせてるのもあるけど。」
「え?なんで?」
「…趣味。機械は機械らしくあるべきっていうこだわり。」
久慈屋のあられもない返答に、リリーとアミナはやや力なく目を見開いたあと、やれやれと言った雰囲気で顔を見合わせる。いわゆる”不気味の谷”の底に位置するようなテオドラの声は、生みの親の趣味で作られていたものだったという点に、少し理解しがたいこだわりを見せられたためだ。
そこで、リリーは気を取り直して久慈屋に言った。
「で、その”姿なき人”はどれだけ万能なの?」
「…これから分かるさ。」
久慈屋は大げさで演技がかった言動とともに、目の前の扉を押し開けた。
9時23分 JHEL1F 中央管理室
「テオドラ?」
「…ハイ、何でしょうか、所長。」
「現状把握はどこまで完了した?」
久慈屋は天井に向かってテオドラを呼び出す。それに彼女は館内放送スピーカーから答えた。テオドラが話しているとき、館内スピーカーの近くにある緑色のランプがその発声に合わせて点滅する。久慈屋から説明を受けたテオドラを知らない研究員たちは、あの謎の機構の役割をそこで初めて知り、興味深そうにその様子を注視していた。
テオドラは久慈屋の質問にしばしの間を経てから答える。
「…現在、我々は世界各地ニ現れた別次元の世界のモノである”特異物群”に対応。JHELはその調査研究を担当してイル。」
「上出来…じゃあ、仕事だ!」
「はい。指示はなんでショウ?」
久慈屋が何らかの指示があることを匂わせる発言をすると、テオドラは”指示を受け入れる”体制となる。それはランプが彼女の発声と共に灯る不規則なものから、1秒間隔で灯る点滅へと変わったことで判別できる。
久慈屋はその様子を周りに説明しながら、中央の作業机に設置された1台のラップトップを引き寄せて素早く操作し、管理システムから特異物群の監視モジュールを呼び出す。
中央上部の大スクリーンには、全国の数十地点以上の監視画像が一斉に呼び出された。
これを確認した久慈屋は、テオドラに本題の指示を出した。
「特異物群の監視ネットワークにアクセスして、観測任務を24時間行うように。変化があれば連絡を入れてくれ。」
「わかりマシタ…解析したとこロ、外部のシステムも混在しますが実行しまスか?」
「…いいよ。」
「了解しまシタ。監視を開始しまス。」
久慈屋の指示を受けたテオドラが処理モードへ移行する。すると、程なくして中央スクリーンに映し出された全国の特異物群の監視画像の状態に”SLAVE”という文字が付いていく。これは監視を行っているシステムの”管理者”が、そのシステム単体から別のものに変わったことを示していた。その新しい管理者はもちろんテオドラだ。
ただ、一部には”CONNECTED”表示のものもある。これが先程テオドラが指示を仰いだ”外部のシステム”だ。外様のものを”従属”させるのは、流石に行儀が悪いと久慈屋もテオドラも判断しているからこその処理だった。
ここでジルが素朴な疑問を投げかける。
「…ねえ、外部のシステムって?」
「多分、警察とか自衛隊じゃない?地方はまだうちのシステム動いてないでしょ?」
久慈屋の返答にジルは悪どさを交えた笑顔を返した。
実際、特異物群の出現地点は100以上に上り、その全てをリアルタイムで監視するのは現実的ではない。なので、ある程度の人口を要していたり、王国から重要だと言われた地点など50地点に絞って監視を行っている。だが、それでも数が多かった。研究所は本体のシステム復旧や組織再編もあり、かなり無理しても関東と中部地方しか監視システムを構築できなかった。それ以外の地方では、警察や自衛隊が定点を設置して監視を続けている。
この監視情報は、調査研究名目で研究所にも来ていた。しかしそれはあくまでも”見るだけ”。ただそれでも燃やしたくなるほどの守秘義務条項や身体調査といった膨大な申請を異例の短期間で仕上げてなんとか接続にこぎつけたのだ。
しかし、”見るだけ”だったのはつい数分前までのことなった。
傍らでジルと久慈屋の会話を聞いていた中田は、やや焦りながら二人に低い声で周りに悟られないように確認した。
「…待ってください。じゃあ警察庁や防衛省のシステムに今入りました?」
「ええ、多分。」
「えっ!?」
久慈屋のそっけない返答に中田が驚きの声を上げる前に、別の誰かがひときわ大きな声を上げる。
その主は、久慈屋たちが振り返ると同時に素早く彼らの元へと移動してきた。そして、縋るような表情で久慈屋に問いかけた。それはもちろん、”そんなことしていない”という返答を期待したものだ。
「久慈屋さん…今”うち”のシステムに入ったとか聞こえたんですが…!」
「…あれ、圃場君。いたの?」
「久慈屋さん!!」
久慈屋たちから少し離れたところで作業をしていた圃場。彼はそちらに気を取られ、久慈屋のテオドラに関する説明をあまり聞いていなかった。久慈屋たちも、中央管理室にいることに気づいていなかった。
しかし、彼は第六感が囁いたのか、なぜか中田と久慈屋の会話だけを耳にした。結果がこの有様だ。
流石に久慈屋も”よろしくない”ことをやった自覚はあるのでなんとか話を逸らそうとするが、圃場はここ最近の特異物群対応で”経験値”が上がっていた。偏屈科学者の下手な小芝居を凌駕するほどの気迫くらいは出せるようになっていたのだ。
「誰が!どうやって入ったんです!?」
「…うちの人工知能が…多分、”内部通信”を模倣して。」
「暗号化は!?」
「…うちの人工知能、世界の各支部とリンクしてるし…基幹は量子演算だから…」
久慈屋は圃場の勢いに押されつつ、彼の質問に端的に答えていく。警察はともかく、防衛省の通信システムは機密の塊だ。その内部にズカズカと入ることは決して許されるものではないし、それをしでかそうものなら”色々な所”から様々なお誘いを受けるだろう。
だが、テオドラはそれをいとも簡単にやっている。彼女の基幹部は量子演算の特別なメインフレームを世界に点在する兄弟研究所や財団支部と並列で繋いで処理を行う。そして、計算は自分自身で行える。
ひた隠しにしてきただけあり、その”腕前”は未知数だ。日本の機関が戦うにはいささか分が悪かった。
厳重に施された暗号化も数分で”模倣”され、自衛隊が監視を行う特異物群の映像には成功したことを示す”CONNECTED”が静かに表示されていた。
久慈屋はとりあえず圃場を宥めることに全力を尽くす。
「…ま、多分バレないよ。うちのテオドラは優秀だから!」
「バレたらどうするんですかぁ!?」
「…その時考えよ?」
「絶対ばれマセン。安心してくだサイ、圃場課長代理サン。」
テオドラの無機質で無邪気な語りかけに、圃場は項垂れるように中央の作業机に倒れかかった。
そして、恨めしそうな顔で緑のランプを微笑むように点滅させるテオドラ(が喋るスピーカー)を見つめた後、頭を抱えて黙り込んだ。
久慈屋はこれ幸いと、全員に取り繕うようにして話しかけた。
「…じ、じゃあ、僕らは他に行きましょう。みんなもテオドラ使っていいから!」
「ハイ、なんなりとお申し付けくだサイ。」
久慈屋が足早に出口へと向かう。中田や町田もそれに倣うようだ。恐らく、関わりたくないのだろう。賢明だ。
ジルは頭を抱える圃場の前にラップトップを差し出して、”何をしたかはテオドラちゃんに聞けばいいよ”と語りかけ、彼の背中を軽く叩いて久慈屋たちの後を追う。
久慈屋はその様子を見ていたが、それが圃場の慰めになるとは全く思っていなかった。




