統合会議 ~最後に~
15時32分
「…楽しい余興でしたね。失礼しました。」
葉島が羞恥と憤怒の入り混じった感情により生気をなくして、自身の椅子へと座り込んだのを見届けた久慈屋は、全員に簡単な詫びを入れつつ速足で壇上の自席へと戻る。
少々意味不明とも言える”喜劇”が繰り広げられたことにより、講堂の雰囲気の異様さはピークに達していた。旧権力層の子飼いが下手こいたことによる醜態をあざ笑うものや我関せずと無関心を装うものなど多々表情が見え隠れしているが、全員が共通している感情がある。それは不安だ。
個人間での嫉妬、省庁内部での軋轢、省庁間での縄張り争い、政権内部での権力争いに、協力機関との痴話喧嘩。挙国一致で困難な課題に対してまともに取り組めるのかという疑問を抱くのも当然だ。
久慈屋が椅子に座ると、針崎に視線を送り進行を促す。だが、彼も戸惑いを隠せない者の一人と化しており、どう収拾を付けるかというところで考えをまとめきれずにいた。
そこにある人物が挙手をする。それは久慈屋の隣に座る、政府側の実質責任者だった。
「すいません。こんな後に申し訳ないのですが、情報管理に関しては一つ提案があります。」
「…え?はい、なんでしょう、か…?」
久慈屋は少し落ち着きに欠いた感じではあるが、中田の提案を聞く素振りを見せる。しかし、予想外のところからの想定外の発言には戸惑いを隠せないでいた。
中田は久慈屋を中心に、しかし全員に聞こえるように話を続ける。
「現在、特異物群の調査研究情報は御法人が一次集約場のようになっています。そこから対策本部、そして総理と官房長官に報告して会議、そのうえで会見というので…その…」
「…もしや、記者クラブから?」
「はい。あまりに遅いと。そこで、体制を作るという前提ではありますが…御法人で定例会見を行えませんか?」
「…て、定例…ですか…」
中田の話は単純だった。情報稼業の方々が、情報を集められないから協力してくれと駄々をこね始めたという内容だ。久慈屋は内心、”それがあんたらの仕事だから甘えたこと言うなよ”と不満を抱いたが、ふと周りの視線に気づいてそれを表に出すことをためらった。
官僚たちはおろか、研究所の所員の半数までもがやむなしといった感じで頷いていたからだ。
「もちろん、情報開示の取捨選択を行う体制は政府が協力して整えます。御法人には、なるべく早い段階で記者受け入れの体制を構築していただきたいのです。」
「…報道陣の受け入れ…か。」
中田はやや申し訳なさを含みつつも力強く久慈屋にその必要性を説く。
内心嫌だとつっぱねたい久慈屋だが、筋の通った説得に反論するのは骨が折れる上に、場の雰囲気からしてそれが悪手であることが解り切っていたため、彼は返答に窮していた。
しかし、久慈屋個人的な感情以外にも理由はある。なにせ記者会見というのは相当に面倒だ。情報の選択に資料の作成、報道各社への周知に機材準備とリハーサル…会見自体はせいぜい数時間しか行われないが、そのためにほとんどの人員が多大な労力をかけて準備を行う。
王国の調査研究と事故原因調査、それらを円滑に行う組織運営。今の研究所に定期的に会見を行えるような人的リソースや時間的猶予があるのだろうか?
管理者としての立場からも、久慈屋は頭を捻り唸る事しかできないでいた。
そこにもう一人の人物から声がかかる。それは、久慈屋の悩みを捻じ伏せる言葉だった。
「…私は賛成です。そろそろ、表に出ないというのは難しくなっていると思います。」
「限界、ですか…」
薫子の言葉に久慈屋は吐き出すようにつぶやく。それに彼女は優雅に頷いた。
研究所の事務の最高責任者とも言える薫子は、もちろん広報も統括している。扱う情報の特異さに加え、事故事態の情報がほとんど無い状態での責任追及を避けるために、あらゆる手段を駆使して雲隠れをしてきたJHELではあるが、表に出ないことは世論の反発を予想外に招いていた。
JHELに委託をしているのは現政権であり、このままでは本業以外の理由で久慈屋たちが”切られる”可能性さえ出てきていた。
状況の悪さ故に考えをまとめるのに手間取っている久慈屋に代わり、薫子は中田に条件を問う。
「政府としてはどの程度の期間を要望しますか?」
「…遅くとも2週間以内に。」
2週間というのは、政府からすればかなり譲歩した時間設定と言える。世論の状況はかれらも切々と見守っているし、JHELの態度が政権のアキレス腱となりつつあることも重々理解しているはずだ。であれば、今日は無理でも明日明後日には開いてほしいと思うのが普通だ。
それらを踏まえると、この期限設定は決してJHELの能力を過分に評価しているとか、あるいは無理強いしたら何をしてくるかわからないからと恐れているのではない。
”これだけ猶予を与えるから絶対実施してね”という、譲歩を入れこんだ”命令”なのだ。
薫子と中田の簡単なやり取りを聞きつつ結論をやっと出した久慈屋は、大きな溜息を勢いよく出してから、非常に重々しく”段取り”を語り始めた。
「…広報部を大幅に拡充。プレスセンターはこの講堂を使うしかない。会見場はここで兼用かな。」
「広報拡充はすぐに手配できますよ。」
「…副大臣。政府対策本部及び内閣府の広報を若干名常駐お願いできますか?であれば対応できるかと。」
「わかりました。すぐ手配しましょう。」
中田は薫子と久慈屋の言葉に即答で答える。政府側の人員派遣を即決したあたり、事前に選定は終わっていたようだ。既定路線かと久慈屋は天を仰いだ。
ともかく、これでJHELは近日中に定例会見を開始することになった。会議が終わればすぐに情報が出て、取材希望者が殺到するだろう。もうすぐ始まる”狂騒サーカス”の風景を主浮かべた久慈屋は、今度はこめかみを抑えながら下を向いてまた溜息を吐いた。
しかし、彼にとっての試練はここからだった。中田がふと久慈屋の方を向いて言った。
「あと、どこかで久慈屋さんが会見を行ってください。」
「…えぇっ!?」
中田の言葉に久慈屋は間抜けな大声を出しながら、勢いよく首を回して彼の方向を向いた。しかし、中田は淡々とその必要性をまた説くだけだった。
結局、JHELの責任者は久慈屋。そして、事故が発生した際の責任者も彼。であれば、彼が何らかの形で直接話すことは避けられない。それにJHELが定例会見をするのであれば、早い段階でトップが出る方が、世論の悪化を避けられる。
再びの正論の羅列にまた言葉に窮する。が、少しでも回避しようと縋っていた。
「隠れるのが無理なのは、JHELだけではなく久慈屋さんも同じなんです。」
「…私、マスコミと幾度となく大ゲンカしてるんですが…」
「それでもです…喧嘩はご勘弁願いたいですが。」
「久慈屋さん。副大臣の言う通りです。もう”限界”ですよ。」
なおも久慈屋は自分が表に出るべきではない理由を語る。確かに彼はマスコミ対応が苦手だ。例えば、JHEL発足直後は、世界的に有名な日本人科学者ということでマスコミにちやほやされた。しかし、彼らの不理解と不勉強から繰り出される明後日の方向に飛んでいく質問の連続に、元々の人当たりの悪さから徐々に対応が雑になってきた。そこに、ゴシップを扱うしか能のない輩が、同僚であるジルとの”関係”を突っ込んできたものだから罵詈雑言を浴びせて追い払った。結果、2か月ほどワイドショーのおもちゃになったことがある。さらに、この時彼が記者に最後に放った”馬鹿が伝染る”という暴言が流行語にノミネートされるというオチまでつけて。
久慈屋は下種を追い払ったことは全く後悔していないが、追い掛け回してくるハイエナのお守りで本業に支障をきたした苦労は忘れていなかった。
そこで彼は咄嗟に隣の”同僚”に顔を向け、そして懇願するようにつぶやいた。
だがそれは悪手だ。久慈屋もそれをすぐに思い出した。
「…ジル?」
「私が会見できると思う?」
「…さらに騒ぎになるな。忘れて。」
先のワイドショーのおもちゃになっていた時。世界的に知名度があり、見た目がよく人当たりが良いように”見える”ジルを出したら収まるかと思い、1回だけ表に出してみた。結果、英国仕込みの皮肉と毒舌を笑顔でばらまいた挙句、最後にまた久慈屋との関係を聞いてきたゴシップ記者にドン引きするような下ネタの雨あられを浴びせて中指立てて去ってきたことがある。この映像はネット上でコラ素材にされて世界中にばらまかれた。彼女は”実家”からも苦言を呈されて、極力表に出さない方針が改めて決められた。
このように、対外的な対応に致命的に向かない2人であるが、ここは紙一重の肩書の差により久慈屋が適当である流れになってしまっていた。
結局久慈屋も渋々それを受け入れ、項垂れながらも了承する返事をした。
「わかりました。近日中に準備しましょう。」
「はい。お願いいたします。」
久慈屋の言葉を受けた中田が針崎に視線を向け、提議された議題は方針が決まった。定例会見の開始と、久慈屋の記者会見だ。針崎が了承する旨を問いかけて、全会一致で了承される。
一方で、久慈屋は現在自分が抱えている業務を頭の中でくみ上げていた。
人事承認に稟議、事故調査計画のまとめに魔法研究体制の構築、さらに王国の定期調査体制拡充に定例会見の体制構築、国勢調査委任に備えた統計システムの設計に法人としての研究所運営に財団理事会への参加…
明らかにキャパオーバー。特に、雑務の面が壊滅的だ。そこで久慈屋は考えた。
自分がやらなければいけない業務の中で、何を最優先でこなせばいいのか?
色々なタスクを浮かべては消しを繰り返して、一つの結論に至る。そして彼はつぶやいた。
「…復旧させよう。じゃなきゃ仕事が回らん…」
「…復旧?」
「副大臣、会見は2週間後以降でお願いします。それまでに雑務を片付けるので…」
「え、ええ。それは万全な準備ができた時で構いませんよ…?」
彼は決めた。明日からの数日は”再起動”することに全力を尽くす。
”彼女”がいれば、書類仕事も資料作成も情報精査も統計解析も一瞬だ、と。
中田は久慈屋の呟きとお願いに反応しつつも、その真意は理解できなかった。
会議は針崎が最後のまとめの言葉を告げ始めた。あとは議事録を作成し全員に配り終わりだ。
だが、この会議で方針が示されたことにより、あらゆる場面で新たに事が動き出す。
何かが終わればまた始まる。その繰り返しだ。




