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統合会議 ~調査研究体制に関する動議~

14時44分

「提案…ですか?」

「はい。こちらの資料をご参照ください。」

「…拝見いたします。」


葉島は自身の部下にはたから見ても乱暴な態度で指示を出す。それを受けた彼らは、数ページ程度の小冊子が入ったと思われる段ボールを持ち、参加者が座る席の端から十数冊程度を手に取って回すようにお願いしながら配っていく。

その様子を視界の端に入れながら、久慈屋は無言で中田にこの状況が喃々丘という疑問を示す視線を送る。しかし、彼も理解に苦しむといった感じで眉を上げながら小さく首を横に振るだけだ。

そのうち、冊子を配る官僚の一人が久慈屋たち主催側の席まで来る。冊子を受け取る久慈屋は彼の表情を伺うが、正に生気のない無表情だった。これで分かったのは、この騒ぎはあの葉島の独断専行で、使い走りにされる部下たちは、上の無茶に振り回される哀れな下僕という構図であることだ。


冊子の配布が一段落すると、葉島が癇に障る早口で話を進め始めた。

その説明により参照することを促された冊子の表紙には、笑顔な老若男女の写真の上に”特異物群調査研究機構(仮)のご提案~という文字が添えられていた。

表題や内容と使用素材に関係性が全くないというのは、チリ紙程度の価値しかない無駄な資料であることの指標になる。


「元来より、一部には民間組織のみに特異物群の調査研究を委託するという点にて根強い反発がありました。さらに、情報管理という点からも、政府が介在できる範疇が少ないと言われています。」


同じように死んだ魚のような目をした葉島の別の部下が、カタカタと省庁備品でよく見る日本メーカーのラップトップPCを操作すると、これまたがちゃがちゃと装飾の施されたプレゼン資料が大スクリーンに映し出される。言いたいことは現行の特異物群への調査に対しての”文句”なのだが、それにどこから湧いたのかもわからない”声”という指標が添えられた怪文章一歩手前のような相関図が示される。

しかし、関係性の矢印があっちこっちに飛ぶ、流れが右からなのか左からなのか統一されてない、大きな表題が複数表示されて主題が不明瞭など読みにくいことこの上ない。こうして数分もしないうちに、半分以上の人間がこの資料を読むことを放棄していた。

一方で葉島はその様子に気付いていないのか気にしていないのか不明だが、意気揚々と説明を続けていた。


「そこでご提案です。我々が選出した学術会議メンバーを御法人へ迎え入れていただきたい。」

「…は?それが政府の管理にどう関係するので?」

「…御法人と学術会議で合同部会を立ち上げ、将来的な統合機構化を目指すのですよ。」


久慈屋は提案にあからさまに顔を顰める。その意図は口に出す必要もないほど明らかだ。彼は侮蔑が滲む笑いとともに、葉島に駄々っ子を戒める大人のような態度でこの提案が愚考であることを説いた。


「…いいですか?現状、政府対策本部に我々JHELと2つの組織がすでに動いています。その状況でさらに組織を増やすのは、悪手ではないでしょうか?」

「とんでもない。御法人と合同部会が統合されるので、組織は増えませんよ?」


葉島の心底気色悪い笑顔を交えた返答に、久慈屋は溜息交じりに彼の渡された資料を読み解くことにした。曼荼羅のように読みにくい構図の中にやっと見つけたのは、調査研究の流れを示した関係図だ。

現在の流れは、もちろん政府首脳がトップにいて、その下に情報集約と精査を行う対策本部。そして直下に委託として調査研究を独占するJHELがある。

葉島の資料では、このJHELにいる部分が合同部会にそっくりそのまま入れ替わっていた。一応、部会の枠内にはJHELの名前があるにはあるが、こんなあからさまな意図には苦笑いしかない。だが、久慈屋は念のためその真意を問いただしてみた。


「…合同部会に関して詳細をうかがいましょう。議長は誰でしょう?」

「久慈屋所長で構いません。」

「ほう。では副議長及び書記は?」

「それは、部会のメンバーを選考していただければと。」


結局は、合同なんて飾りでしかなく、葉島が考えた最強の御用学者集団による権益奪取が目的だ。この手の権力闘争は、JHEL設立当初に理事会や財団で相当苦労させられた。

ここでなあなあな態度で場を収めて逃げ切るというのが波風立てない作法ではあるだろうが、久慈屋はその選択肢を取らなかった。

彼は組織の長として、そして狂気じみた頭脳集団のまとめ役として常識的な行動を求められる立場なだけで、世間一般から見れば十分不適合者である。


「…で、無駄に高い幕の内弁当とお茶を前に写真を撮らせた後に、身のない話を繰り広げて仕事した気になると。実に素晴らしい。それで給金がもらえるなら万々歳だ。」

「…決してそのような意図はございません。」

「そうですね。私は無給でしょうから。なので断りますよ。」


皮肉交じりに久慈屋は無表情で葉島の提案を一刀両断する。が、葉島もすんなりと受け入れられるとは思っていなかったようで、その言葉に次の弾を繰り出した。


「…そうですか。では政府にはこう提言しましょう。御法人の情報管理に疑義があると。」

「…それはどういう意味でしょうか?」


葉島の黒さがにじみ出る微笑みに、久慈屋はあくまでもニュートラルな態度で接する。そして彼の考えの根拠を聞いた。それに葉島はわざとらしい身振り手振りを交えながら答える。その様子は彼の線の細い体躯にはあまりに不釣り合いで滑稽だった。


「表の報道陣。会議開催の日時は厳重に管理されていたはずです。なのにあの様相…漏れたとしか思えません。」

「…それが我々だと?あり得ませんよ。」

「ほう?そう言い切れる証拠があると?」

「…」


念のため久慈屋は葉島の懸念を否定するが、彼の言う通り決定的な証拠はない。それを見た葉島は、自身の一世一代の大舞台が昇華される流れになったと思い、大きく手を腕を広げて今までで一番大きな声で言い放った。


「無いでしょう?管理されていなければ出せないものですから!」


不釣り合いな身振り手振りを交えた彼の独演会は続く。あまりの様相に場にいる面々のほとんどは若干引き気味だ。一体何が彼の原動力となっているのだろうか?それを知る由はないし、久慈屋たちを含む人々の興味もない。


「重要な会合の情報も管理できない。そんな組織が機密性の高い情報を扱えるのでしょうか!?聞けば、報道陣は昨日の0時前には一陣が到着していたと言うではありませんか!?」


握り拳を作り、力強く語る葉島。傍らの部下は至って無表情だ。だが戸惑いが無いところを見ると、多分これが彼の普段からの言動なのだろう。見た目と不釣り合いな激情する夢想家。政治の世界には意外と多く、飄々とした見た目の大物政治家は、裏では怒声を上げて備品を壊すなんて逸話もある。

発言を聞きながら、久慈屋はジルの方へと顔を向ける。彼女はそれにわざとらしい微笑みを浮かべながら顔を傾けた。これは”もっと煽れ”という意思表示だろう。ネガティブな感情を表に出さないながらも彼女は相当頭に来ているようで、葉島の資料には一切手を付けておらず、開かれてもいなかった。

葉島の話は佳境に入る。全身に力を入れながら、泡沫を飛ばしつつ高らかに叫ぼうとしていた。


「では、改めて宣言します!私は、政府に情報管理の不備を理由に合同部会設置を…」

「ありますよ。」


約1名により巻き起こされていた喧噪は、久慈屋の抑揚のない短い発言によってぴたりと止んだ。ガヤと化した他の人々も合わせて、突然の言葉に静まり返っていた。ただその視線は久慈屋へと注がれている。葉島は激しい感情の発露を寸前で止められたため、挙動不審な感じで震えながらも、久慈屋に対して発言の真意を間抜けな声で問いただそうとした。


「…えっ?」

「証拠。あります。」


手を組みながら葉島を見据える久慈屋は、淡々とした口調で語る。

情報漏洩がJHELから起こされた決定的な証拠は無い。

それは、つい先ほどまでの話になっていた。



15時15分

「…説明しましょうか?」

「どっ…どうぞ…」


良く耳をすませば、数名の囁き話が聞こえてくる程度には静かなこの場。

久慈屋は、突然の宣言に二の句を継げなくなっている葉島に対して、気色悪さのある優しい言葉をかける。彼はそれに詰まりつつ短い返答をするにとどまる。

だが久慈屋はそれを聞くとすくっと立ち上がり、議場内で聞こえる程度の声で語り始めた。


「ここにおられる方はご存知かもしれませんが、会議の開始時間変更の案内を2回ほどお送りさせていただいています。」

「ああ、そういえばそうですね。」

「はい。その節ではご迷惑をおかけしました…が、あれが情報管理において必要だったんですよ。」


久慈屋は人差し指を立てて少し高めに上げる。この会議の開催時刻に関しての変更が情報管理でどういう役割を担うのか?これにこの時点で気づいたのは、手の内を知っている研究所幹部側の人間以外では、情報の重要性を身をもって知っている数名だけだ。


「まず一昨日に発送した1回目の案内。開始を13時にするというもの。これは全員に一斉に送信しました。これは送信した数時間後には、一部マスコミに開始時間が流れています。そこで、リークを行うような輩が紛れていることを確認しました。」


先の官邸訪問で初めての取材攻勢を受けた後、JHEL内では情報管理専門のチームを立ち上げていた。これは研究所内の基幹システムが本復旧していないため、内部の管理を徹底するためと、政府側の”鼠”をあぶり出す調査体制構築という2つの目的があった。そのチームが考案した餌が統合会議の内容に関するリークの調査だ。開催時刻に関しての情報を流した直後に”網”を張るとすぐに引っ掛かった。この時、あくまでも調査の”第一段階”でしかなかったこのトラップに引っ掛かるとはと失笑に包まれたのはある意味では小気味よい噺と言えるかもしれない。

久慈屋は説明を続ける。今度は中指を上げて2本指を作っていた。


「次に昨日お送りした再変更の案内。ここで9時開始とさせていただきました。」

「ええ。あれは驚きました。おかげでリスケせざるを得なかったんですから。」


この説明にある官僚が乗っかる。その内容と彼の憮然とした表情からすると、度重なる変更にかなり不満があるようだった。久慈屋はわざとらしく謝意を表しつつ、ねぎらうように問いかけた。種明かしを1人だけでするよりは、他人を巻き込んだ方が場が映えるだろうという邪とも言える感情からの行動だ。


「大変申し訳ありません。リスケは間に合いましたか?」

「ええ。なんとか。昼頃のご連絡だったので、夜半の会合日程をずらして調整しました。」

「…えっ、昼?」

「えっ?」


久慈屋の目論見は当たる。苦情とも言える彼の語りに含まれたある要素で。他の誰かが疑問の声を上げた。これに同調するように次々と同じような声が上がる。

それらに共通しているのは”時間”だ。


「我々には10時ころでしたよ?」

「私は15時でした。」

「俺は17時だったなー。」

「うちには確か7時だったような…」

「…そうです。2回目のご案内は、案内時刻をあえてバラバラにしました。大体、一昨日の夜半から、昨日の夜にかけて均等に。」


これには事前準備が肝心だった。省庁が縦割りで横のつながりが薄いというを逆手に取り、些細な違いを付けることで”情報共有”をあえて困難にした。

各省庁の協力関係、政権内部の対立構造、会議に参加するであろう人間の”身体調査”…あらゆる要素を勘案して、どのタイミングで情報を出すことでどう漏れるかのシミュレートを幾多のパターン作り出す。これで合致した漏洩パターンを特定し、状況証拠を積み上げて、最後に決定的な要素を上げれば終わりという状態にしやすくしたのだ。

久慈屋は席から離れて壇上を降りる。彼はゆっくりと歩きながら階段状の座席に向かい、話をつづけた。


「さて、ここで思い出してみましょう。葉島さんのおっしゃる通り、最初の報道陣到着は、昨夜の11時38分でした。たしか…太陽新聞でしたね。」

「そ、それが…?」


葉島は様子の変容に焦りの表情を浮かべていた。彼は必死に自身の行動を思い起こしているだろう。自分に案内が来たのはいつだろうか?と。

久慈屋はさらに話を続ける。彼は座席の間にある通路の階段を一つずつゆっくりと上がりながら、”彼”のもとへと近づいていた。


「太陽新聞の本社からここまで、車でだいたい2時間です。そこで、先ほどの案内をお送りした時間から逆算しますと…大体21時ころですね。このタイミングで案内を送ったのは…あなたなんですよ。」


久慈屋の説明が終わると同時に、彼は葉島の横へと立つ。葉島はその言葉に目を見開いて面食らった。が、ここで黙り続けると自分の分が悪くなる。そう考えただろう彼は、机を叩きつけながら立ち上がり、久慈屋に食って掛かる様に怒鳴った。


「わ、私が漏らしたと!?馬鹿を言うんじゃない!!」

「ではなぜあなたに案内を送った直後に報道陣が動いたんでしょうか?偶然なんですか?」

「そうだ、偶然だ!!そもそも、案内には前乗りの宿泊先案内まで入れてただろう!?ならそれに合わせてくる関係者を目当…て…に…」

「…宿泊先提供の文言を入れこんだのは、あなたへ送った案内だけです。ほかの報道陣は、大体3時から4時の早朝に集まっています。」


葉島は反論しながらある可能性に気付き口ごもる。案内を出す時間をずらしているのであれば、その内容も同じであるとは限らない。馬鹿正直に内容を懇意にしている記者に流して行動をけしかけたとなると、状況証拠は全て葉島の立場を追い込む要素しかなくなってしまう。

しかし、毅然に対応すれば決定的とはならない。うまく動かせば、JHELの言いがかりで終わったはずだ。だが彼は、JHELを排除する目的を隠さないような提案を堂々と行った上に、JHEL以外の人間が知る由のない報道陣の到着時間をポロリと話した。つまり、決定的な証拠とは、彼が行動を起こすことだったということだ。


久慈屋は溜息を吐きながら、彼に淡々と語り掛ける。葉島は冷や汗を額に浮かべながら口元を震わせるしかできず、黙して言葉を受け止めるしかなかった。


「さて。あなたには2つおっしゃりたいことがあります。」


再び久慈屋が人差し指を上げる。しかし今度は高めに上げるのではなく、葉島の眼前にそれを差し出した。


「一つ。罠を仕掛ける時点で、アタリをつけてないわけがありません。そしてもう一つ…」


彼が話したの1つ目の忠告。この手の罠というのは、ある程度の絞り込みが必要であること。例えば、現在他省庁との関係が一番希薄で、JHELに対して私怨に似通った感情を持ち合わせている組織といった具合に。

次に、久慈屋はもう1本の指を上げる。そして、覇気を失った葉島に顔を近づけて彼だけに聞こえるように静かに、そして笑みを浮かべながら睨みつけて言った。


「牟田先生の私設秘書をなさっていたお兄様に、どうぞよろしくお伝えください。」


関わる人間がどういう素性で、能力で、経歴なのかを調査する”身体調査”。

その範疇には賞罰歴はおろか、表と裏それぞれの交友関係を調べ上げる。

それに親族の経歴が含まれていないわけがない。

刺すなら刺される覚悟を持て。葉島の策略は、その覚悟の欠如により最初から崩壊していた。



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