統合会議 ~特異物群への対応策の提言案3~
妙な流れの会議により、場の雰囲気はなんとも気持ち悪いものとなりつつあった。
針崎はその空気を変えるべく、議題の転換を申し出た。
「さて、王国に関してはここでいったん区切りましょう。次は王国以外の特異物群に対してです。」
王国以外の特異物群。つまり国外に現れた彼らの対応をどうするかという点。
これらには、国内問題としてかなり大きいことを再確認させられた特異物群への対応に加えて、外交という内政なんて比べ物にならないほど反吐の出る政治の鬼門が立ちふさがる。
ここからは外務省が中心になって議論が進む。
「まず連合国ですが、これは中露とどう関わるか、王国と連合国の友好関係を保つにはどうするか、というところが争点となります。」
中露に現れた連合国。和泉の提議に、少しだけ沈黙が漂う。
普通に関わるだけでも厄介な彼らとどう関わるか。出来うることなら触れたくないというのが、他省庁の本音だった。
その中で果敢にも発言を要求した省庁がいた。針崎が挙手したその官僚を省庁名で呼び、発言を促した。
「はい、防衛省さん。」
「できうる限り引き延ばしてください。」
「具体的には?」
「魔法の調査研究が一段落するまでです。」
先程久慈屋が撒いた”魔法の軍事利用”という種がかなり強く作用しているようだ。
しかし、防衛省の言い分はよく理解できる。万能の術と思われる魔法の素性が中露にバレるのは時間の問題だ。しかし、これは今現在日本がコントロール出来る。なにせ、連合国中枢が中露と関わるように行動を促せるのは、彼らと友好関係を築いていた王国だけだ。
日本が動かなければ、中露も大した行動をしばらく取れない。
だから、引き伸ばす方法は簡単だった。が、事情はそう単純ではない。
それを説明するために、久慈屋が手をひらひらと上げて針崎に発言権を要求し、了承された。
「ん~、我々としてもその意見に賛同したいんですがね…」
「…何か問題が?」
「数日前の調査で、やんわりと王国から聞かれちゃってるんですよ。連合国の状況を。」
連合国の友好国である王国。その王国第一王女及び王宮首席政官から、定期調査時に遠回しに連合国の概況を聞かれていた。最後に”早く友邦と手を結べるといいのですが”との重い言葉を添えて。
これに外務省の和泉は口元に手を当てて唸るように考え込み、そして呟いた。
「…王国と日本の関係を考えると、動かないのもよろしくないですね…」
「ええ。しかし、うかつに動くと中露に厄介な技術の素性がバレます。」
あちらの外交とこちらの外交。ただでさえ厄介な外交という政治の要素が、事情が異なる組織の混在という状況により複雑化していた。言ってみれば、今までxとyの計算で終わっていたものに、突然zだのtだのが加わってきた感じだ。
全員が何度目かわからない沈黙による思考タイムへと突入するが、思いの外早く案が出た。
中田が小さく手を叩くと、挙手しながら全員に問いかけた。
「あ、一つ思いついたんですけど。」
「はい?」
「まず欧州の特異物群で状況を見るというのどうでしょう?」
中田の案は、管理統制にまだ信頼が置ける欧州で行うという案だった。
これにいくつかの省庁から散弾的な質問が飛ぶ。しかし、議論が進むに連れこの案が有用であることが立証されていった。
議論の終わりには、久慈屋が呟くように概要をまとめた。それに外務省なども続く。
「…欧州はエリーゼが責任者。ロシアは機構参加を強要されて断れなくなったし、情報を確実に得られる機会になびく。」
「中国もロシアとのほうが強調しやすいため様子を見る、と…」
「え?大丈夫ですか?連合国の西端は”幽霊加盟国”なんじゃ…」
「…使用言語は同系統。さらに、連合国の内情はまだ知られていない。」
日本が握っている情報は多い。そして、他が知らない情報も多い。
この状況は厄介ではあるが、やはり極端に有利でもある。そういう立場に慣れていない日本は、その利点を活かすところまで頭が回らなかったようだ。
その後詳細の詰めが議論され、初めて方針と言えるモノが固まる。
最後に針崎が決裁を取り、満場一致で連合国への対応が決定された。
「…決まりましたね。今日初めてだ。」
「ええ、実に気持ちがいい。」
中田が冗談めいた軽口を叩き、久慈屋もそれにニヤつきながら応える。
だが周りも初めての方針決定に少し空気が和らぎ、細やかではあるが笑いも起きた。
しかし、すぐに現実は立ちふさがる。主要な国外の特異物群はもう一つ有るからだ。
「さて、最後は帝国ですが…議論できるだけの情報が無いですね。それに…」
「はーい、米国はまだ一切動きませーん。」
「やっぱりかー…」
針崎の提起に、外務省の和泉…の部下と思われる、官僚にしてはやけに華やかでカールしたロングヘアーを揺らす女性官僚が、その様相にふさわしい軽い口調で答える。
彼女はあれでもどうやら北米局の所属らしい。つまりエリート中のエリートだ。
それはさておき、帝国が現れた中心地である米国が動きを見せないことに、ここにいる面々は意外さと状況の進展のなさから落胆の表情を次々に浮かべた。
さらに、ちらほらと恨み言が聞こえる。それに事情通が補足して、ガヤガヤと騒がしくなっていた。
「なんでこんな動きが遅いんだ?」
「…ホワイトハウス内の抗争が激しいらしい。レームダック化しつつある現大統領の後釜を狙う副大統領と国防長官が中心になって割れている。」
「…内ゲバか。米国らしくない…」
このような危機では愛国心により気味が悪いほどの連帯感を見せる米国が未だにまとまりきれていない。愚か、分裂の兆しさえ見え始めている。どうやら、前政権の過度なポピュリズム路線により既存政党の機能は著しく落ちているようだ。
しかし、こればかりは米国を待つしか無い。よって、米国と連携を密に行い必要とあらば同盟国として協力を行うという名の”棚上げ”が提言として決定された。
その後、細かい議題が散弾的に議論される。途中喧騒や暗い雰囲気に支配されることはあっても、推移事態は非常に順調と言える。
各々がこの会議の終わりが見えてきたことにより、責任者間で纏めに入ることが決定された。そこで、久慈屋が締めの言葉を述べることとなる。
「…さて、大方の議題は方針が決まりました。予想以上に順調に推移しております。これはひとえに、皆様のご協力あってのことと…」
「一つ、よろしいですかな?」
空気が読めないとはこのことだろう。終わるという予定調和を崩してまで発言を要求した誰かがいるのだ。久慈屋は嫌悪感を隠さない表情で声が発せられた方向を見る。
そこには骨ばった顔で枠無しメガネを光らせる、骸骨のような薄気味悪い官僚が挙手していた。
「…はい…えーと、すいません…」
「…文科省の葉島です。」
「あ、はい。なんでしょうか?」
久慈屋がぶっきらぼうに彼に問いかける。葉島はそれに同じように雑に紹介をした。
久慈屋はそれにさらに憤りを覚えながらも、彼にその真意を問い質した。
葉島はそれに、カッコつけたようにメガネの端を持ち、上げ下げしながら口角を上げて高らかに言った。
「調査研究体制に関して、一つご提案があります。」
官僚たちはこの発議にざわついていた。ここで一体何を提案することが有るのか?
しかし久慈屋はそれを冷めた表情で受け入れる。
なぜなら、想定内の事態だからだ。




