統合会議 ~特異物群への対応策の提言案2~
変な区切りになりました。すいません。
13時58分
「…では、次の議題です。経済及び金融に関してですが…」
「はい、これは経産省と財務省から…」
魔法の取り扱いというやや繊細な議題の後で、少し息苦しさを感じる緊張感が包む室内。しかし、課題は山積みのため、次の議題へと進んでいた。
針崎の進行で次に発言を行うのは財務省、経産省、金融庁の合同チームだ。議題の発表がなくとも、字面だけで経済関連の対応を行っていることが分かる。
主に発言するのは官僚にしてはややきざったい髪型が特徴の優男のような経産省官僚の小松。その傍らには、絵に書いたような堅物眼鏡の中肉中背青年な財務省官僚の加屋に、特徴のないしおれた中年男性に見える金融庁官僚の井上が控える。
見た目に反して真面目な口調の小松は、淡々と説明を始めた。
「現在、我々も共同作業部会を立ち上げて対応策を考えています。現状では、王国内の資産を王国の物価と日本の物価をもとにして算出し、買取という形で相当額の日本円を給付するという案が濃厚です。」
「…持続可能な経済活動を行わせるには、妥当ですね。」
「ただ問題があります。情報が足りません。」
この経済統合はかなりのインパクトをもった”事業”となることが確実視されている。なにせ、どんなに低く見積もっても数千億後半の”金”が動く。それも、無償で数十万人いる王国人の資産を買い取るという形でだ。
だがそれには、平民、富裕層、資産家、商家、商会に金融業者に貴族と領主とあらゆるマスとケースを揃えた情報が必要だった。この情報の少なさにより政策提言に必要な必要予算が省庁や部署とう組織単位ではなく、”個人”単位でぶれているため、議論が一向に纏まらなかった。ちなみに最悪のケースで必要予算は19兆9800億と言われている。これより多い予算は社会福祉だけだ。
「…つまり、物価だけでなく平均収入や階級、個人と組織それぞれの債務状況といった情報がすべて必要、と。」
「そうです。そこで最大の問題は…」
「正確な帳簿が存在するか、あるいは付けているのか…商会や貴族は問題ないでしょうけど、平民は…」
「望み薄ですね…」
「…情報が出揃えば、こちらの世界の類似事例を参考に最善策を検討を進められます。」
「…類似事例?」
「東西ドイツ統合や、廃藩置県ですかね…」
「それ参考になります?」
「…無いよりマシです…」
久慈屋の素朴な感想に、加屋はうんざりとした感じで答えた。
情報が出揃っても、その正確さに難がある可能性が高い。統計という数字に縛られた現代社会の国家組織においては、そんな代物危なすぎて扱いたくないというのが本音だった。
なにせ、目敏い人間が過大報告すれば、一夜にして中産階級の仲間入りできる可能性があるのだ。
これには王国の協力が必要不可欠だった。
しかし、この問題はそれでも前途多難である。それは参考になるような事例が殆どないことだ。
加屋が上げたのは、”旧経済体制から新経済体制への転換”と、”経済格差のある2地域の統合”というこちらの世界の前例だ。
しかし、転換例である廃藩置県は、それまでの大判小判という通貨や藩の資産だった”石”を全て円と銭にして新政府が買い取るという荒業、しかもそれまでの藩の抱えていた負債も不問という”徳政令のご褒美付”によって成し遂げたものだ…その後、戦争経済の失敗を引き金に昭和の恐慌祭りで大混乱したのは歴史が語っている。
一方で、統合例である東西ドイツでは、経済格差の無理やりな是正により好調だった西ドイツは苦境に陥った。これは大きな格差があるのに同じマルクだからと1:1というおかしなレートで通貨統合を行った当時の政府にも責任があるが、社会体制の違いも相まって好景気というものを統一後ドイツが享受できたのはEUという枠組みがドイツのものになってからだ。
解決策を各々が考えて唸り、重い空気が場を支配する。その中で申し訳無さそうに手を挙げる一人の官僚が居た。彼は遠慮しつつも、ここで自分の意見を言うべきだと判断したのか言葉を続ける。
「あのー、実は我々も情報の不足に悩まされてまして…」
「え?えーと、あなたは…」
「厚労省の馬場です。」
「…もしかして社会福祉?」
久慈屋を始めとしたこの場の面々は、その官僚の所属で何を提起したいかすぐに察してしまった。
まともな現代国家の頭痛の種である、福祉だ。
「もちろん、彼らを今すぐ日本の福祉制度に組み込むのは不可能です。が、税制の統合や経済合併が成し遂げられると、早急に対応策を実行しないといけません。」
「…年金や医療保険ね。今の俺らでも頭抱えてるのに…」
厚労省官僚はゆったりとした口調でその必要性をこんこんと説明した。王国がこの先どういう立場になるのであれど、日本の一部として生きていく可能性は高い。であれば、その制度にある程度組み込まなければならない。義務を果たせるようになるのだから、それは当然のことだ。
だが何度も言うように、その最大の悩みは社会福祉である。そもそもそういう制度に馴染めるのか?彼らが病院で診察を受けたとして、通常の治療法でいいのか?違う場合の診療点数加算は?疑問は尽きることがない。
さらに、ジルがあることに気づいて発言した。さらに厄介な点だ。
「あー、一つ嫌なことに気付いたんですけどー…」
「え?何?」
「彼らって、私達より”長命”じゃない?」
「…げっ。」
「…短身種で110年、長耳種は150年…」
「あ…実は混合種も考慮しないと…」
「…つまり、始人や長耳種のハーフは…」
「寿命が延びるでしょう。」
堰を切ったようにそこらで議論が勃発し、彼らの持つ最大の特徴である”寿命”が最大の問題であることを全員が認識した。日本の現在の制度に当てはめるなら、一番長寿な長耳人は、一人の人間が年金受給年齢に達する寸前まで社会福祉の対象にしなければならない。もし年金受給に必要な条件である25年間の納付を厳格に当てはめても、受給期間40年は固い。さらに頭の痛いことに、長耳人は王国で4番目に多い種族であり混血も進んでいる。”ハーフ”でも総じて100年前後が想定寿命だ。つまり、我々の受給期間より10年は長い。それだけ負担も増える。
一体どこから予算を捻出するのか?ここにいる面々は頭を抱えた。特に財務省組は顔が青かった。
久慈屋もわからないなりに頭の中で試算をしてみるが、必要な予算が数十兆を超えるんじゃないかと思ったところで考えるのをやめた。自分の仕事ではないと理由をつけながら。
しかし、ここで皮算用を続けても埒が明かない。大体の人々がその結論に至り始めた頃、中田がしんみりと言った。
「…国勢調査しか手立てはないですね。」
「そうなりますよねー…」
中田の呟きに、針崎を始め倒した何人かの官僚が肯定の言葉やうなずきを返す。
人海戦術により、全国の世帯を調べ上げて人口や年齢やらなんやらを調べ上げる国勢調査。5年に1度行われるそれは、普通の人には紙に書いて終わりだが国にとっては重要だ。
なにせ、例えば先程全員が頭を抱えた社会福祉だって、中長期の政策はこの国勢調査の結果が大きく影響するのだ。
さて、王国という一切の情報蓄積がない”国民に準ずる者”が現れたことへの最初の対処。それは、彼らを”調査する”ということ以外になかった。
久慈屋はふと、前回の国勢調査がいつなのかを手元のラップトップで調べる。
最後は2020年。そして、次は…これを見た久慈屋は全員に聞こえるように言った。
「あれ?今年じゃないそれ?」
「…予算計上はとっくに終わってます。」
「…臨時実施も可能ですよね?」
「それでは、政府への提言に間に合いません。」
そう、次の国勢調査は2025年の10月1日だ。久慈屋は暗にそれに入れ込めばいいのではないかと言いたかった。が、総務省や厚労省あたりからツッコミが入る。電子調査も導入されているとはいえ、やはりメインは未だに世帯訪問による調査であり、人を使う分経費もそれなりにかかる。なので、予算は前年度と今年度でガチガチに組まれていた。
必要に応じれば臨時に行うというのもあるが、準備や通常の国勢調査実施を踏まえると現実的ではない。政府提言は遅くとも2ヶ月以内に行わなければならないのだ。
ここで、この一連の苦悩を与えた格好になった厚労省官僚が、再び手を上げて発言を要求する。針崎が無言で手振りをして発言を許可すると、彼は久慈屋に丁重に話し始めた。
「そこで、です。JHELにお願いできないかと…」
「国勢調査を?民間に?」
「多分、世論調査の範疇で行けるはずです!」
「あの、市場調査や財務調査も!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
とんでもない無茶振りに久慈屋は慌てる。乗っかってきた財務省や経産省も、彼にとっては悪ふざけの類に思えた。久慈屋は一旦場を静まらせて、淡々とした口調でその正当性を問い質した。
「我々は学術研究が専門ですよ?それに、実例から見ると、実施するのは王国が行うのが妥当では?」
「王国には現代的な統計機関が存在していません。準備を考えると、2年ほど必要と試算されています。そこで、今回は御法人の人材と設備をお借りできないかと…!」
「…ルコさん…」
久慈屋は、ジルとは反対にいる薫子に助けを求める。彼女は会議が始まってから、柔らかい表情でその成行きを見守るだけだった。しかし、別にお飾りというわけではない。彼女は必要がないときは決して喋らない。逆に、その要が発生すればしっかりとした意見を言う。だからこその久慈屋の懇願だった。
彼女は柔和な表情は一切崩さず、しかし強い口調でここに集う官僚たちに要求を出した。
「…国勢調査は総務省と厚労省から、経済及び財政の調査は財務省、経産省、金融庁から人員を派遣していただく。その上で、一般的な調査向けの臨時組織立ち上げを準備しましょう。そのくらいの資金力はあります。」
「…と、いうわけです。」
「「よろしくお願いします!!」」
彼女の発言には2つの意味合いがある。一つは、政府が完全にバックアップすることを確約させる。もう一つは、自分がその組織を運営するという意思表示だ。
久慈屋はそれを聞いて静かに頷く。はたから見ると、政府側の要求に民間が屈したように見える。だがそれは杞憂だ。薫子の次の言葉を聞けばそれは明白だった。
「あ、調査結果は我々の資産ですので。こちらでも各種研究に役立てますね?」
「…えっ?」
「あら?当然ですよね?我々は民間組織ですから。」
「…管理だけは、厳重にお願いいたします。」
「もちろん。日本一の防諜体制を自負してますので。」
組織は自分たちが立ち上げるのだから、それが保持する情報を自分たちが使う権利がもちろんある。当然の道理を彼女は説いただけだ。この点、官僚たちの勇み足であることは否めない。しかし、すぐに分が悪いことを理解した彼らは、情報漏洩だけは嫌だという細やかな釘を刺すしかできなかった。言うまでもなく、研究所は世界中相手に情報統制を行っていたので朝飯前だ。
薫子は、官僚がそれを事実上了承したことに対して慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。




