統合会議 ~特異物群への対応策の提言案1~
13時13分
「では、これより統合会議午後の部を開始いたします。」
仕出しの幕の内弁当による昼食も終わり、いよいよ午後の部が開始される。昼食後というのもあり、先ほどまでの緊張感や発表内容からくる焦燥感に駆られた空気は多少和らいでいた。しかし、それには久慈屋や薫子、それに副大臣といった会議主催側の事前準備が功を奏している。一例は昼食の会場だ。政府側関係者と研究所関係者を分けて、なおかつ会場もなるべく距離を置いた。教養溢れる野犬の群れである研究所関係者と弁舌で殺し合いをする役人とが管理の及ばない場所で遭遇すると、どんな場外乱闘が勃発するか気が気じゃないのが理由だ。今の会場の雰囲気は、そうした数多くの善後策がきっちり機能していることを表していた。
針崎が午後の部の命題を改めて確認する。そして、最初の発言者を募った。
「午後の部は確認されている情報や現状の報告から提起された問題点に関して、ここにいる皆様で意見を募り、解決策を模索していきます。どうぞ、忌憚のない議論を行いましょう。では…」
「我々からお願いいたします。」
最初に手を挙げたのは外務省と総務省だ。外務省側の発表者は対策本部のメンバーでもある和泉で、総務省は見たことのない中年の平凡な男性だった。
「まず、現在の王国の取り扱いは、あくまでも国に準ずる組織としています。故に対応を外務省が管轄しておりましたが、日本国内に存在するという状況では、この扱いは限界に来ております。」
「そこで、外務省と総務省にて王国の取り扱いに関する共同作業部会を設置しました。現在、王国の日本における存在をどうするかという点について、2つの案に絞り込みました。」
「一つは現在の出現地点のまま生活拠点を維持。その代わり、行政区分に”特殊行政区”を設定し、日本の行政に組み込む合併案。もう一つは、特別な自治をしばらく認める代わりに、全国の適した土地への転居をしてもらう自治区案です。」
「そこで、各省庁並びに調査研究を担う研究所の専門家の皆様に、どちらが有力なのか、あるいは他に案があるかなどの意見を募りたいと思います。」
和泉と総務省の官僚…郷田は、要所でを交代しながら黙々と説明を続ける。そもそも、今回の対応について、外務省が噛んでいる理由はなぜか?その背景は、一つは王国が他国であるという点。国家間の対応に関しては、外務省が良いだろうという政府の判断だ。だが、これは建前としての側面が強い。最大の理由は、現第一党が長を務める外務省に、旧保守政党出身者が長を務める総務省他が押し付けた。その中で防衛を命題として共同対応を申し出た防衛省は、まだ有能なのかもしれない。
この対応は思いのほか効果が高かった。なにせ、王国は外交を担う行政当局が対応してくれるというので、自分たちを国として扱ってくれているというある種の安心感を与えられたのだから。だがそれもすでに難しい。彼らは日本国内に存在しているため、他国として扱い続けると日本の主権に関して中長期的に悪影響が及ぶ可能性が高いからだ。
そこで所管を総務省へ移すことを前提に、総務省と外務省が手を組んだ。
総務省へ移すということは、王国を他国としてではなく日本の一部として扱いたいという意思が強く反映されている。だが、これをそのまま王国へぶつければどうなるだろうか?反発は避けられない。しかし計画は立案しなければならない。ここは、広範に意見を募り、将来的に必ず訪れる”衝撃”を和らげる方法を一つでも見出さなければならない事情があった。
「警察庁の大隈です。日本の行政に組み込んだうえでの転居というのは駄目でしょうか?どちらにしろ将来的にはそうなると、個人的に思うのですが…」
「…転居というのは、語弊を恐れずに言えば強制移住です。そこで国体まで一度に捨てさせるとなると、了承する国家はどんな世界でも存在しないでしょう。」
纏められた案は、言ってみればどちらもリスクが大きい。雑に言えば、国体を捨てるか、生活を根底から変えるかの2択を迫るものだ。郷田の危惧通り、首を縦に振る国がいるだろうか?
その説明で事情を正しく理解した警察官僚の大隈は、少し間を開けて一つの案に支持を表明した。
「…事情はわかりました。警察庁としては、自治区案を支持します。現在彼らが現れているのは人口の空白地帯が多いため、自衛隊の防衛出動が解除された場合には、警察だけで治安維持を行うのはかなり難しいでしょう。」
「確かに、最初から整備した地域に集約すれば管理はしやすい…あと、王国軍の解体や再編も迅速に行える。」
大隈の意思には思わぬ賛同者がいた。防衛省だ。この2つの省庁は、今回の事態においては割と責任を押し付けあっている形ではあったが、ここにきて初めて意見の一致を見せたようだ。
例えば警察は、統合を行った場合には名ばかりの国道や軽自動車1台が通るのもやっとの山道の先まで警官を駐在させなければならなくなる。はっきり言って、そんな人員も予算も無いというのが彼らの主張だ。一方で防衛省は王国の先を見据えていた。その主眼は王国が持つ軍事組織である王国軍及び領軍だ。もし王国がほとんど国体を失わない状況になったとしても、唯一大幅な改変を要求されるのがそれらだろう。1つの国家に複数の暴力装置なんて騒ぎの種だ。
だが、それらを一度に奪うと心情の問題に加えて、兵士という身分により得ている糧を失うことによる社会不安も増大する。となると、かえって混乱を招くことになる。防衛省内部では国防や軍事という側面から、その問題がやや活発に議論されており、もし軍備を保持するのであれば、管理しやすいようにある程度集約するという方針が多数派となっていた。
他にも意見がいくつか飛び交う。例えば国交省や経産省はインフラ整備の簡略化と数十万の人々が移住する居住区整備という公共事業の可能性に自治区案を支持したかと思えば、財務省は予算を盾に統合案を推す。面白いのは、出現しているのが山間や森林という地域が多いという側面から、放置されている山林の整備につながると農水省や環境省も統合案を支持したところだ。
総務省と外務省は発議者であるため支持を語らないが、どうもそれぞれでも意見が割れているようだった。
議論は盛んに行われているが、研究所の面々は少し不愉快な気持ちとなっていた。なぜなら、この議題には重要な視点が欠如しているためだ。それを指摘したのは、小柄でひょろりとしていて、骨ばった顔に大き目なメガネをつけた初老の男性研究員だった。彼はその見た目からは意外なほどきれいな姿勢で挙手をして、それを見た針崎が場に間を作り、彼が発言する環境を整えた。
「えー、JHELの城島です。政治学と民俗学を専門としています。お伺いした案はかなり危険であると考えられます。恐らくは、王国の分断を招くでしょう。」
「…と、言いますと?」
針崎がこの場にいる殆どの面子の疑問を代弁する。それに城島は淡々とした口調で説明を始めた。彼が説明を行う様相は、まるで老練な大学教授の講義のようだ。
「まず合併案です。これは王国の施政者側が難色を示します。権力を行使できる環境が無くなるためです。特に、権力の大きな層ほど危機感を抱きます。次に自治区案。これは民衆の反発を招きます。生活の糧を失った彼らの縋る場所は、今や自分が暮らす土地や家だけです。捨てさせるとなると悪感情を抱くことは避けられません。」
城島の説明を要約すれば、王国としての視点が欠けているということだった。問題が雑多に複数存在すると、根源的な部分を見失った状態で議論を進めるというのはよくあることだ。それが、国家という地球上最大規模の単位を持つ組織であれば尚更だ。今回は、JHELという外様が、政府や官僚の議論の中に入ったことでそれに気づくことが出来たと言える。
「…両立は無理ねー…」
ジルがぼそりと呟く。本来であれば隣りにいる久慈屋や中田くらいにしか聞こえないはずのそれは、議論の行き詰まりに当たって静寂が包むこの場では半分以上の人間の耳に入ったことだろう。
停滞したこの場を進める一手を打つ必要が出てきた。ジルは呟いた後、傍らの久慈屋に顔を向けて視線を送る。久慈屋はそれに対して、自分がするのかという拒否感のある仕草を示した。だが、彼女はおどけた表情で彼を見続ける。根負けした久慈屋は、中田に顔を向けて自分がまとめることを示す合図を出す。実は中田もなぜか久慈屋にそれを求めていらしく、すぐに了承の返事を無言で返してきた。それを見た久慈屋は、軽く手を上げて発言権を針崎に要求、そして了承された。
「ではこうしましょう。これは王国を巻き込むしかありません。幸いにも中枢に近い人物とのパイプがありますので、各案を話して反応を見ましょう。その上で、日本と王国の作業部会立ち上げを目指すというところが、今の落としどころではないでしょうか?」
久慈屋のかなりまともな提案に、この場の半分以上が肯定の意を示す頷きを返した。中には、久慈屋がこんな意見を出せるとは思わなかたっと言うような表情をしているものもいる。久慈屋自身、議論をまとめ上げることは得意ではないが、できないわけではない。なので、そのような反応は侵害だと内心憤っていた。
それはいいとして、議論は次の議題へと映る。針崎の進行に手を上げたのは、先程から意見を述べることの多い警察官僚の大隈だった。何らかの武術を嗜んでいたと思われる大きな肩幅の巨体を揺らしながら席を立った彼は、室内に響き渡る大きな声で、簡潔に意見を述べた。
「では次は警察庁からです。単刀直入に申し上げます。魔法を規制しましょう。」
「…規制とは?」
「理想は、一切の使用を禁止…ですかね。」
かなり直接的な意見に、室内はざわつき始める。特に、現在魔法を研究しているJHELの面々は明らかにありえないという感じで表情を曇らせていた。学者組から物言いが入ろうとしていたところで、別のところからも声が上がる。その主も、度々意見を寄せていた省庁だった。
「…防衛省も警察庁の意見に賛同します。魔法は不確定要素が多すぎる。」
ざわつきはさらに大きくなる。ここでやっと学者たちが声を上げ始めた。
その急先鋒を努めたのは、久慈屋の隣に座る彼女だった。
「はいはいはい!絶対反対です!」
「わ、私もです!」
ジルは腕を真っ直ぐに上げながら立ち上がると、騒ぎ立てるように反対であることを叫ぶ。それに釣られたのかわからないが、おぼつかなくも席を素早く立ち上がった丸内もその意見に賛同を示した。ジルはそのままの勢いで、魔法を規制することの愚かさを並び立てる。
「魔法は科学に革命を起こす可能性を多分に含んでいます!今の段階で禁止してしまうと、その性質を推し量ることが難しくなります!規制するにしても、研究が進んでからではないと全面禁止意外に術が無くなります!」
「私は文化面から反対します。魔法は老若男女問わず誰でも使用可能であり、彼らの文化に深く根付いています。それをある日突然禁止されれば、身分を問わず反発の声が高まるでしょう。」
ジルの理由は、魔法に秘められる可能性の利点を刻々と語る。森羅万象に介在できる魔法という技術は、現在の科学技術を大きく発展させられるためそれを利用しない手はないという論法だ。ただ、公共の利益を解いているように見えているが、その実は彼女の知的好奇心を満たしたいだけだったりもする。
一方で丸内の説明は王国人に立ったものだ。彼らにとって魔法とは物心ついた頃から存在する身近なものであり、誰でも使用できる。それを突然規制するというのは、こちらで言えば口笛を吹くなと言っているの同じだということだ。そもそもそんな物どうやって規制するのか?それだけ親しまれた文化を突然禁じられたらどう感じるのか?想像に容易いだろう。
魔法に関して喧々諤々な議論が進む。だが、実は推進派は研究所の学者だけだ。しかし、反対派も警察庁と防衛省以外に明確に立場を表明していない。恐らく情報が少ないのだろう。
ただし、久慈屋はもっと別のところが気になった。彼はその内情を知るであろう人物にこっそりと問いただした。
「…副大臣?」
「なんでしょう?」
「もしかして、防衛省と警察庁は組んでません?」
「…そう見えますね。なにせ、あそこの長は旧保守勢力なので…」
現政権内部の権力構造。これは連立を組む政党の重鎮が半々で入閣しているのも関係している。
防衛省の長は言わずもがなの旧保守政党議員だ。ただ、警察は公務員からの任命では…?
と思った久慈屋はすぐに思い出す。危機管理監だ。
内閣危機管理監というポストは、警察官僚から選出される。その人事選考で、旧保守政党からの要求を通したと考えれば、繋がっていると考えやすいだろう。
久慈屋が中田から権力争いの悲哀を説かれている間、議論は熱を帯びていたようだ。
いつもは落ち着いているはずの丸内でさえも声を荒げていた。
この様子に気づいた久慈屋はすぐに間に割って入る。
「であれば、こういう折衷案はどうでしょう?自治区案を採用して、自治区内のみで使用可能なら?これなら管理もやり易くなって一石二鳥だ!」
「絶対的な文化の保護を盾にして服従しろとか独裁そのものでしょう!?それこそ反発を招きかねない!」
「はい、そこまで!!」
久慈屋は叫びながら立ち上がる。それで議論は一旦止まり、沈黙が場を支配した。この時点で、この場を修める役割は久慈屋になった。その状況に彼は頭をかきながら溜息を吐く。
そして、少し考えてから話し始めた。
「…魔法に関しては調査研究の時間をください。これは科学分野においてあらゆる可能性を秘めています。有用さを証明できれば、全面規制は悪手かもしれません。その素性を掴んでからでも遅くないでしょう。」
「し、しかし…」
久慈屋とて、魔法の有用性は証明したい。つまり、魔法規制への慎重論は研究所としての総意だ。それを汲んだ意見を大隈にぶつけたことで、学者たちはその矛を収めたようだ。だが、大隈は不服といった感じで唸る。彼らは日本国内の治安に関して全ての責任を負う警察だ。将来的に魔法を使用した犯罪が起こらないとも限らない。そうなったときに対応を行うのは彼らであり、世論の矢面に立つのも彼らだ。これは言ってみれば、双方の利益を天秤にかける話なのだ。
腰に手を当てながら考える久慈屋。魔法を研究したいが、ここでゴリ押ししてその技術の情報が”洩れたり”でもすれば騒動になる。そうなると規制の口実となってしまう。だから、彼らにはしばらく分裂してもらう必要がある。そう考えた彼は、こう話し始めた。
「本当に有用なんですよ。医療、化学、機械、電子、果ては軍事まで応用が可能かもしれないんですよ?こんな技術は早々ありません。」
久慈屋の説明に反応を示したのは防衛省だ。今回の会議への防衛省の参加者は、背広組2名に制服組1名という構成だった。久慈屋はこの制服組がどうも気になっていたのだ。なにせ、彼は議題というよりもこの研究所を含めたこの場を入念に観察しているような雰囲気を持っていたのだから。
恐らく、彼は”情報”を扱うことを専門にしているのではないか?だからこそのこの直接的な言及だった。
久慈屋の読みは当たったようだ。今まで黙して語らなかった制服組の彼は、初めて挙手して久慈屋に短く問いかけてきた。
「…軍事、ですか?」
「ええ。防衛省の方々にも、きっと利益があるはずです。」
「…そうですか。」
久慈屋の読み。それは、完璧に的を射ていた。久慈屋の返答は短く、ともすれば何も説明していないはずなのに、彼はじっくりと考えるように黙り込んだ。やはり、”あの魔法”の情報を彼は知っている。それを知れる立場というのは、そういうことだ。
しばらくして、制服組が隣の背広組に声をかける。顔を寄せ合いこそこそと話をした後、立場を保留することを決めたようだ。話を終えた背広組が警察庁の方を見て小さく頷く。それを見た大隈は仕方ないといった感じで溜息をつき、重々しくも久慈屋の意見に賛同を示した。
「わかりました。時間を設けましょう。」
「ありがとうございます。」
恒久的ではなく、一時的な規制保留。現時点での最良の落としどころだろう。
久慈屋が礼を述べた後にゆっくりと着席すると、隣のジルが口の動きで感謝を述べてきた。それに彼は気にするなという表情で返した。




