統合会議 ~特異物群の国家に関する情報共有~
11時06分
「会議を再開しまーす!ご着席くださーい!」
古湊の呼びかけにより中年男性を中心にして少しだけ女性や青年を混ぜた官僚や研究者の集団が、後方にある2つの入り口からぞろぞろと入室する。その表情は、得てして疲労感が大なり小なり見受けられるという共通点があった。魔法の説明では、全能とも言える強大な力を手に入れられる可能性に恐慌状態に陥ったためだ。
さらに、その関連と思われる、例えば彼らの話す言語をなぜ聞き取れているのかと言った疑問にも少し触れるとさらに紛糾。クールダウンの休憩を挟まざるを得なくなった。
粗方の出席者が着席する。一部はまだ移動しているが、会議は長丁場のため速やかに進行していかなければらなかった。針崎は急かす意味もあり、強制的に会議の再開を宣言した。
「えー、では午前の部、次の議題です。特異物群の世界における国家に関しての情報を確認、共有します。」
針崎が議題を発表する。そして、有るグループの方向を向いた。JHELの経済や社会、文化などの調査研究を統合する第一研究調査局だ。その責任者である丸メガネに丸顔のひょろりとした中年男性である丸内が、針崎の視線を受けてゆっくりと立ち上がり、言葉を述べた。
「はい。文化研究班の丸内です。 冒頭にて言及がありました通り、特異物群の部族や国家に関しての調査をしたところでは、我々の世界におけるいわゆる”主権国家”に等しい定義を持つものは多くありません。故に、相応の勢力を築いている国家は3つになります。」
「王国、帝国、連合国…か。」
「はい。」
誰かのつぶやきに肯定の意を示す丸内。彼は手元のタブレットを操作して、スクリーンに資料を写す。
最初に現れたのは、文字情報と簡単な図式だ。
「まずは調査が一番進んでいる、日本に現れた王国に関してです。」
王国の基本情報と共に、その簡略的な位置関係などを示した表示へとスクリーンが変化する。
日本国内に出現したとあって、研究所や政府双方の聞き取り調査はそれなりの情報量をもたらした。
故に、あらゆる情報が錯綜し雑多な状態になっていたことは否めなかった。そこでJHELと対策本部は数日で情報の取りまとめを行いこの資料を作成した。よって、この資料は初めて王国という存在の情報を対外的にわかり易く纏めたものとなった。これには各官僚や研究者も熱心に見入る。
説明は王国の国体についての概略説明へと移った。
「王国は国王を頂点とした絶対君主制国家です。が、東西南北の有力領主との関係を保ちながらその権力を保っていたため、実情は制限君主に近いと言えます。」
国王や王家の写真と共に、類似した歴史上の国家などを合わせた用例が表示されていく。若い官僚は先程からメモ帳に必死に発表を書き留めている。メモ書きは重要だ。現状を正しく書き留めると同時に、インプットを整理整頓することが出来る。
丸内がタブレットを操作すると、これまで人物中心の写真が都市や建造物へと変わった。
「文化程度は中近世、都市と言える程度の規模のものは大体数十程度ですが、村落レベルとなると数百は確認できています。人口は推定で60~80万人程度と目算されています。」
「その程度か?王政の官僚は100万と言っていたが…」
「…正確な統計を取ることができていないのと、南方領が壊滅したので減少したと推測されます…」
丸内の説明に、各々が隣り合わせの人々と短く言葉を交わした。王国の人口というのは、今後日本が彼らとどう関わっていくにしろ、かなり重要な要素となるためだ。一部省庁では自前の資料を見直すところもあった。
王国の文化風習に関する簡単なやり取りが続いたあと、次の説明へと移った。王国の各地域の詳細だ。
スクリーンの表示が変わる。最初は普通の日本全系図が映し出される。そして、丸内がタブレット操作をするとそれに、数百以上の”点”が一斉に現れた。これが、現在村落以上の彼らの生活圏だ。
「この先は、詳細な出現地点と合わせて説明していきます。まずは国王直轄の国王領です。この秩父を中心に埼玉、山梨、栃木、群馬、神奈川、新潟、長野の山間部に出現しています。次に西方領は島根や鳥取を中心とした中国地方から近畿や四国などの西日本に多く見られます。」
丸内の説明とタブレット操作に合わせて、該当地域が別々の色に分けられ淡く点滅する。国王領と西方領は日本に現れた王国でも一番広範に出現していると言える。この現実には、国交省や警察庁あたりから疲労感に溢れた溜息が聞こえてきた。国土の管理と開発、それに治安維持を行う彼らにとって、地域があまりにも広いというのは悩みの種なのだろう。
「国王領は規模の大きな都市は官公街として整備されています。商業活動も相応にみられますが、民間向けというよりは政商です。一方で村落は典型的な農村です。田園と合わせて出現している地点も多くみられます。西方領は交易都市がほとんどでした。政商の多い国王領に比べ、民間向け取引を中心とする商会が多いです。さらに、西方領都を始めとして、海運による交易も盛んだったとみられる都市が多々見受けられました。」
丸内の説明は続く。スクリーンに表示されるのは、王都や西方領の航空写真に全景写真、そして特徴的な建造物といった資料画像だ。さらに、主要な組織の一覧も一部に表示されている。国王領と西方領は言ってみれば日本の太平洋ベルトの政治・経済版と言っていい。政府機能が国王領、交易・商業が西方領と特色が出ている。
これらの地域は日本の人口密集地にほど近いところに出現しているものも多いため、安全管理や地域との関わりといった現状確認の質問が多く飛んだ。
それらが一段落すると、次は東北や北海道などの北日本が拡大表示される。
「北方領は青森を北端として秋田、山形、そして岩手と宮城の東部山間部に、東方領は宮城を中心として福島から茨城の東北南東部及び北関東東部に出現しています。」
再び、丸内の提示した該当地域が点滅した。国王領と西方領ではそれぞれに特色があったが、北方と東方は文化的下地がある点で共通していた。なので、この説明は同時に進行されることになる。
「北方と東方には共通点があります。帝国に一番近いため、軍事を念頭に置いているという点です。北方は元々山岳地帯で狩猟を生業とする獣人が多いという特徴から、防衛や諜報に特化した戦闘教義が発展しました。故に、都市は戦時要塞に近い作りになっています。」
北方の村落と都市の写真が対比的に表示される。村落はかなり質素で規模も小さいが、都市は人口や産業活動の規模からすると防壁や規模が大きいものが多い。村落では狩猟から始まった浸透戦術と潜入、諜報が発達。都市は要塞としての機能を充填に整備され、一部には山間の地形を利用していたような形跡もあった。
「一方で、東方は攻撃に特化したドクトリン…というより、”精神”が強かったようです。都市も防備は軍事都市というには最低限です。ただ、現実的に考えている統治者が多かったのか、武器開発及び生産には力を入れていたようで、鍛冶が盛んでした。」
画面は代わり東方領の主要な都市と見られる地域が次々に表示される。その特徴は、一定の規模の都市には必ず短身人が中心に切り盛りする”鍛冶屋街”が大なり小なり存在するという点だ。これは東方領が軍備増強を奨励していたために、計画経済的に”資源”を投入していたことが由来する。
「ただ、この特徴は負の部分も共通しています。それは農業の脆弱さです。北方は山岳が多いという地形から大規模な耕作が難しく、東方は鍛冶が盛んというところから、鉱床開発に人的資源が注がれていたため、農業従事者が慢性的に不足していたという理由です。」
北方領と東方領。前者は立地に、後者は治世に呪われていた。慢性的な食糧不足は、強靭な精神という土壌を双方の領地に醸成はしたが、王国成立以前には北方と東方が連携して国王領や西方領の穀倉地帯を侵略したという記録もある。特に東方領は北方領の現領主の政策で大分耐性があったのに比べ、食料は国王領に頼りきりだった。これらは王都での大規模支援活動及び西方領訪問成功後の民間救助の奨励で、如実に現れた。
その顛末及び状況は資料に詳細に描かれており、対応をこれからも管轄するであろう所管省庁の官僚は苦い表情を崩せなかった。
説明は進み、次は南方領だ。しかし、今までの王国領地に比べると説明は非常に少なかった。
「そして、南方領ですが…彼らの世界の”始まりの地”とされており禁忌や秘匿された伝承が大量にあり領民も支配層も秘密主義が強く、交流が他領に比べ盛んと言えなかったために、王都や王宮が持つ情報は多くありません。さらに、大部分が海上に出現したと思われるため…」
「資料はほぼ残っていない、と。」
「はい。特に、領都が正常に出現できなかったのが、致命的ですね…」
まるで閉鎖都市のような堅牢な防諜。王国成立前に後の国王領を納める一族に魔法戦の基礎を習得させる程の高度な魔法技術。そして伝承により洗脳や人格破壊、果ては犠牲を出すほどの”事象”を起こすと言い伝えられる禁足地の数々…これらの要素は、南方領が独自の歴史と発展を遂げ、さらにその伝統を守ることに特化していた神秘の土地としての性格を合わせて強くした。
もちろん、その伝承や資料は南方領の中核都市各地に散見され、領都はその情報を含めて一番集約されている神都とも言うべき土地だった。
だが、その秘匿主義は南方領の出現が海上だったことにより、あらゆる遺産が失われることになる。
人も10分の1程度しか残らなかった。和歌山県に出現した中核都市が、唯一ある程度の規模を誇る生活圏であり、それらの生存者を全て集約した。結果、同都市は王国の都市でも相応の規模を誇る事になっている。実に皮肉な話だ。
丸内の王国に関する説明は、王国全体に共通する問題点を提起して一区切り着く。
「現在、王国の問題点は生活基盤となる全ての産業基盤が破壊され、活動が不可能な点に尽きます。国家としての体裁は日本の協力もありなんとか保てましたが、生活は援助がなければ成り立ちません。」
「…援助を永遠にすることは不可能だ。それに王国を国家として認める可能性は低い。」
「その点は午後に意見交換を行います。今は情報確認に専念しましょう。」
その言葉を呟いたのは警察官僚か、国交官僚のようだ。彼らは治安や国土開発という現実と常に戦っているために、その価値観は冷徹なリアリストに近い。酷では有るが、一理あるのも事実だった。
だが、それらを詳細に詰めるのはもう少し後であると針崎が釘を差し、丸内に次の議題へと映るように視線で促した。
「…では、王国に関してはここまでとして次です。多民連合国の情報になります。」
丸内は議題を言うと、隣の黒縁メガネで癖毛の白髪を持つ初老男性に目配せをする。彼は地政学と国際政治学が専門の薬山博士だ。薬山はのそのそと立つ。そして、隣に控えるスーツ姿の青年もそれに合わせるように席を立った。青年は外務省官僚だ。薬山が教授をしていたころの教え子らしく、先月たまたま研究所に来たところをこれ幸いと対策本部にねじ込まれ、そのまま詳細も詰めずに研究所付きにしてしまっているらしい。この博士、見た目によらずかなり豪胆だと久慈屋は期待しつつも警戒している。
薬山は紙資料を掲げると、メガネを上げ下げしながら説明を始めた。
「連合国は東は中国及びロシアのシベリア地域、西はフランス西部までのユーラシア大陸全般において広範に出現しています。」
薬山はアナログ人間らしく、ラップトップやタブレットの類を触ろうとする気配はない。代わりに官僚君が忙しなく操作を始めた。恐らく、電子媒体の資料は彼が必死こいて作ったのだろう。海千山千の外交官を相手にする外務省の仕事と、我が道を行く偏屈学者のお守り。どちらが大変なのかは甲乙着け難いかもしれない。
「さて、連合国とは言いますが、実態は都市国家や極々小さな規模の小国が相互協定により協力関係を結んでいる共同体に近いです。平時においては各構成国の自治が優先されます。」
連合国の説明では、ユーラシア大陸の全景が映し出され、そこに判別できるだけの都市と地域が記載されているだけだ。日本国内に現れ直に情報を聞ける王国とは違い、やはりその量は少なくならざるをえなかった。
「さらに協定もかなり緩く、盟主国となっているアスモ専制公国周辺が中枢を占めており、西側に行くに従い関係は希薄になり、果ては署名のみを行っている程度です。」
「…差し詰め、幽霊部員みたいなもんか?」
「名義借りだろう?」
連合国の国体説明に、一部官僚からは少々失礼な言葉が飛び出す。
ここに王国関係者を呼ばなくてよかったと、久慈屋たちは少し安心していた。
説明は文字ベースでの資料に映る。スクリーンも箇条書きの要点のみになり、参加者たちは見やすい手元の冊子に目を落とし始めた。
「さて、連合の構成国毎での差異は多々ありますが、共通点は交易により繁栄をしていたという点です。」
「その交易相手が王国か。」
「はい。特に王国の西方領です。同地で海運が発達したのはそのためでしょう。」
連合国と王国の関係。そもそも、どちらも始まりは王国のあった地にある始祖国とでもいう共同体が始まりだ。それが紆余曲折あり内戦状態に突入。西側に居た民は、西に広がる大海に将来を賭けた。証言からすると大陸棚に近く、季節によってはほとんど荒れない静かな海だったと推測されるそれは、大量の民族を新天地へと送り込んだらしい。彼らが部族国家を形成する頃、始祖国の内戦も終わり、安定した支配層が少しずつ出てくる。混乱が収まれば後は復旧、復興、そして発展だ。玄関口である王国西側は最初に発展し、新大陸に渡った彼らも釣られるように発展する。つまり、王国が成立する前から懇意にしている関係だ。
実に素晴らしいウィンーウィンな関係では有る。だが、王国と連合国の友好関係は今現在では日本にとって厄介な問題を引き起こす。
「そりゃあ、王国と連合国の関係が良好なわけだ。」
「…そこで、連合国への対応の問題点が出てきます。」
「…”我々の地政学”か。本当に厄介だな。」
連合国、特に王国と交流が盛んだった盟主やその周辺の中枢国と言われる国々。事もあろうにこれら全てが中国かロシアに現れている。御存知の通り、日本と敵対しているわけではないが、何かとイザコザが起きやすい間柄だ。スクリーンには中国とロシアの出現したと思われる地域が映し出されるが、それを見た面々の表情は重かった。
これも、ここで掘り下げると会議が終わらないだろう。久慈屋が進行に促した。
「これも午後の部に持ち越しでしょう。さっさと次に行きましょう…」
「…はい。では、最後に米国に出現しているリヒガル帝国です。次頁を参照してください。」
最後の帝国。実は、この時点で”先走っていた”一部には妙な雰囲気が流れていた。会議用に渡された資料の冊子は相応に分厚い。今までに蓄えられた情報は非常に多く、問題点を列挙するだけでも数千文字は突破してしまうほどだ。
もちろん、目次でもその様子は確認できる。ただ、その中で帝国に関する項目だけが異彩を放っていた。
なにせ、他の項目が最低でも7ページはあるのに、この項目だけは1ページなのだから。
「…これだけ?」
「帝国は王国と対立し、度重なる侵攻を行っていた。最近になり技術革新を成し遂げたために、第七次戦争にて王国を圧倒した。政治体制不明、現代に通じる鉄鋼技術を保持している可能性アリ、それ以外の主産業不明、主要都市及び拠点などの情報不明…ほとんど情報がないじゃないか!」
しかも記載されている情報は10行かせいぜい20行。空白のほうがもちろん広い。これを見た官僚の何人かは戸惑いや憤りを顕にする。ただ、引き続き説明を行う薬山は、この反応は想定内だった。
彼はもっさりと手を挙げると、指を2本だけ上げて言った。
「それは2つの理由があります。一つは帝国の徹底した秘密主義です。鎖国政策を取っているため、民間交流は皆無。さらに国境を接している状態の王国とは定期的に戦争をするほど険悪な関係です。基礎情報を得られる下地がありません。」
「もう一つの理由は?」
「…これも”我々の地政学”です。推測ではありますが、王国が全く情報を仕入れてないわけではないでしょう。それを教えてくれないというのは…」
「…日米関係か。米国経由で王国の情報が漏洩するのを恐れている、と。」
ここでも自分たちの国家関係が影響している可能性が示唆される。今度は逆パターンだ。
予想としては筋が通っていて、日本が王国の立場でも、情報をおいそれと渡さないことは明白だ。
再び問題にあたり空気が重くなる講堂。この様子に、久慈屋とジルはため息交じりに呟いた。
「問題山積みだな…」
「こうして羅列されるとねー」
針崎が午前の部の議題が全て片付いたことを確認する話を始める。
彼らはこの重苦しい空気のまま、昼食を経て午後の部へと挑む。




